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夢じゃなかった…

私の、記憶にある名前は佐藤陽子、46歳。


特にコレと言った、特筆できるような人生ではなかった。


両親も健在、兄弟は2つ上に兄が一人。仕事は成績が常に底辺を走っている生命保険の販売とスーパーのレジのアルバイトを掛け持ちしていた。


しかし、それも半年前まで。


年々生理が重たく感じ始め、痛みが強くなってきたなぁとは思ってはいたが、月に一度のこと、と痛み止めでだましだましやってきていた。


だが周期的に不自然な出血、常にある体調の悪さに、流石に一度病院に行ったほうがいいかしらぁ、なんて思って個人開業の婦人科へ行ってみればあれよあれよと言う間に、やれ紹介状だ大学病院だと話を進められ、結果が出てみれば子宮がんのほぼ末期。しかも肺にも転移が見られると。


医者から痛みや他の症状などはなかったのかと聞かれたけれど、背中の痛みはレジのバイトで重たいものを持つせいか、と思っていたし、咳も煙草を吸っているからそろそろタールの低いものに変えたほうがいいのかしらと思っていたくらい…なんて伝えると、呆れたようななんとも言えない顔をされた。


不幸中の幸いと言って良いのだろうか、仕事がそれこそ生命保険の販売であったため、自分の保険もそれこそ金額的にも内容的にも納得できるプランを作っていたので金銭面の問題はそれほど問題にはならなかった。


余命宣告も受けたので、生命保険を生前に支給してもらい、職場からの傷病手当金ももらいつつ、しかし一人暮らしのため賃貸アパートは流石に解約し、住所だけ兄のマンションに移して家具家財はすべて整理した。


若い頃に色々あって、実家はもう縁も切れていたが兄だけは気にはかけてくれていて、兄と実家がこじれないように本当に数年に一回連絡をこっそり取る程度となっていた。


その兄に、事情を説明してもう病院から出られる見込みは薄いこと、アパートを持続することも出来ないだろうから入院手続きに必要な住所だけ貸してもらえないかと話して了承してもらった。


もちろん、兄家族に迷惑はかけられないので入院中の世話や見舞いは断り、今までどおり知らぬ存ぜぬという体をとってくれと言う流れを作っていた。


それからというもの、入院生活はほとんどベッドの上で相部屋の中で一人の時間をひたすら過ごしていたのだが流石に暇であったため、スマートフォンを触っていた時に見つけたのがネット小説のウェブサイトだった。


たくさんの小説が掲載されている中、私が好んで読んだ物が所謂乙女ゲーム転生と呼ばれるジャンルで、多く見かける作品は主人公が生前プレイしていたゲームの主人公ではなくライバル役の悪役令嬢に転生して、ゲーム上のストーリーを覆したり、幸せになったりするもので、更には主人公も転生した記憶を持っており、主人公補正で悪役令嬢(小説の主人公)を蹴落とそうとするのを防いだり戦ったり逆に断罪したりと様々なエンディングがあって、今度の主人公はどんな悪役令嬢なのかしら、と楽しんでいた。




その私が、その私が!!


なんとそれっぽい設定の世界に生まれ変わってしまうなんて!!


波乱万丈や特別なスキルなんて縁のない人生を送るんだわ、なんて思っていたために正に晴天のなんとやら、しかも聞けば聞くほど悪役令嬢っぽい!!


そんな刺激はいらないの!!


平和に平穏に生きていければよかったのよ!!


と、目の前に広がっている、それはそれは豪華な部屋を見渡して、オロオロとしているメイド5人を順番に見て、私はゆっくり頷いた。


「そうよ、今のうちに婚約を破棄しましょう」


私の言葉にメイドたちは目をむいた。


「何をおっしゃるのです、アズベルト様とのご婚約をあんなに喜んでおられたではないですか!」


ジェサーシアは困惑顔で私を見つめ返してくる。


「そもそもアズベルト様には他のご令嬢方とのご婚約のお話もあり、姫様には隣国の皇太子様とのお話も上がってきていた中、姫様がごりお…強い希望を出されて陛下とイスタッド公爵を無理やりまるめこん…なんどもご説得されてやっとご婚約されたのですよ!?」


そのちょいちょい顔を出す本音はどうにかならんのかね…


と、ジト目で見つめ返すがジェサーシアはなんのその、私をまっすぐ見つめたままだ。


「そうは言っても、私、アズ…なんとか君のことを一切これっぽっちの欠片を削った際に出る粉分も覚えてないのよ。何がどんなふうに良かった人なのかわからないけれど、その、眠ったまま成人の義?をすっぽかした不良物件ですのでこのお話はなかったことに~とか出来ない?」


私の申し出にジェサーシアはじめ他のメイドたちは口をあんぐりと開ける。


「なんてこと…確かにアズベルト様はぼーっとしt…おっとりと穏やかな性格をなさっていて、たよりにならn…姫様のご意思を尊重される、つかえn…お優しい方ですし、姫様のむちゃぶr…可愛らしいご要望を笑ってききなが…お答えになられる方ですのに…」


「わかったわ、ジェシー。とりあえず怒らないから取り繕わずにまっすぐ言って頂戴?」


取り繕われると逆に切ないわ、と言えば、かしこまりまして…と頷いてくる。


「アズベルト様はぼーっとしていて頼りになるような性格はされておらず、姫様の無茶振りも毎度毎度笑って聞き流されており制止することもされない使えない方でいらっしゃいます。もう少し姫様のストッパーになってくださるんじゃないかとご期待しておりましたが、その願いも儚く散っていく未来が待っております」


「よくわかったわ…」


同意する四人に間違いなく、つまりエフィレーディアはそのワガママで婚約者をアズなんとか君にゴリ押しして無茶振りしまくっては、そのアズなんとか君に笑って流されているわけね…


「その、頼りない?アズなんとか君を私はなぜそこまで強く婚約者に推したのかしら…」


「ご自分に絶対逆らわない心意気が気に入ったと申されておりましたので…」


それでいいのか、エフィレーディアちゃん!!


「そ、そう…それはなんというか…その…あー…」


「はい、そのアスベスト様は…」


「ちょっとまって、それじゃ石綿だわ!!」


いきなりボケてくるジェサーシアについ間髪入れずツッコミを入れてしまう。


「さすがです、姫様!そう、そのアスファルト様は…」


「それは道路の舗装に使うやつ!!」


「さすが姫様、そのお彗眼に私めは感涙でございます」


「ちっとも褒められてる気がしない!!」


「そんな…」


ジェサーシアは目尻にハンカチを当てて実際に「およよ」と言い始める。


「で、その、アズ…ベルトだっけ?がどうしたって?」


腕を組みジト目で続きを促せば、やっぱり嘘泣きじゃねぇかと言わんばかりのさらりとした顔でジェサーシアは頷く。


「はい、イスタッド公爵家の次男ですので、公爵家の跡継ぎは兄君のカイン様がいらっしゃいますし、姫様からの強いご希望で皇家への婚約が決まった折から不勉強が続いているとのお話もあります。


噂では次期皇帝の公務は全て姫様にさせておけば楽が出来ると思っているフシがあるとのことでございます」


ジェサーシアの言葉に今度は私が目をむく番である。


「どういうこと?私にはお兄様がいるでしょう?婚約して結婚ということは私が降嫁するのではないの?」


私の疑問にジェサーシアは「いいえ」と否定を返してくる。


「我がレインスター帝国は国家設立の折から代々女帝国家でございますから、男児であるフィリクス殿下に皇位継承権はございません。女児であり第一皇女であらせられるエフィレーディア様が皇位継承権第一位であり、次期皇帝は確定されているのです」


な、ナンダッテー!?


使えない婚約者の他に御家騒動の匂いまでするじゃないか!!


これ絶対、大臣とかなんとかが出てきて古き伝統は時代に合わせて改革すべきとかなんとか言い出してお兄様派と私派に分かれて悶着起こしたり、その婚約者とかがしゃしゃり出てきて権力だけ寄越せとか言い出したりするやつじゃん!!


私知ってるんだから!!


お風呂と着替えのたかだか1時間くらいでかなり目に面倒臭そうな問題がてんこ盛りなのだけはわかったよ!!


問題山積み盛り盛りな状態にお腹いっぱい通り越して胃もたれ起こしそう…


遠い目になってしまうのをどうか許してほしい。


目線の先、窓の外はいかにも平和ですと言わんばかりの青空が広がっているのに私の脳内はひっちゃかめっちゃか雷落ちまくってる嵐そのものだよ…


「それにしても、まずその問題ありそうな婚約者に対して、何かしようとはしなかったの?


あれかしら、私が決めた婚約者だから見守って…ていう流れだったのかしら」


だとしたら、むしろ私のために婚約破棄に協力して欲しかったりするんだけれど、と心の中で付け足せばジェサーシアも他のメイドたちも頷きながら


「いえ、熱が上がっている姫様に何を言っても火山にダイナマイトを放り込むだけですから時期を見て現実を見ていただこうと思っておりましたし、姫様がとんでもなくお忙しくなったとしても、まぁ、自業自得でございますし」


「私への忠信なんとやらはどこに行ったの!?」


「何を仰っているのです!姫様のお立場が悪くなることはございません!例えどんなに使えない役立たずをご夫君に擁立されたとしても姫様が公務二人分で忙しいだけで姫様のお力は絶対なのですから!!」


それはそれ、これはこれで御座います!と、爽やかな顔を見せられて目眩がしてきそう。


「ご安心くださいませ、私達が誠心誠意、姫様のご公務が恙無く行えますようご助力は致します」


「それって、公務にかかる負担が軽減できるようにしてくれたりとかじゃ…?」


「そんな、私達がご公務に手出しなぞ出来るわけがございません!姫様がお疲れの時に疲労回復薬をご用意して、いつでもどこでも準備万端、最高のポテンシャルでご公務に徹していただけるようご助力させていただきます!」


「どこの世界に忠誠誓った主に過労死を勧める臣下がいるの!!」


「ここにございます!!」


「開き直るなぁ!!どこのブラック企業もといブラック帝国よ!!」


思いっきり地団駄を踏めば、ジェサーシアはキラキラした顔で


「まぁ、姫様、まるで悪の組織のようですわね!私、ワクワク致します!!」


などと言ってくる。


「ワクワクすんな!楽しむな!!今後に考えられる状況を少しでも良くする方向に思考を向けなさい!!」


「そうはおっしゃられましても、現皇帝であり姫様のお祖母様、アナスタシア様もお付きの方々からの疲労回復薬で24時間ご公務と戦っておられますし…」


「だったらその状況を改善しろと言っているのよ!!」


すでにブラックだったよ!!


「とりあえず、目下の目標が決まったわ。絶対何かやらかしそうなアズベルトをどうにかするのと、お祖母様を社畜から開放するわ…」


私の決意にジェサーシアは「素晴らしゅうございます…」と、再度目尻にハンカチを当てる。


私、知ってるわ、これ、絶対泣いてないやつだ。



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