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ステップ1 異物混入④

メイドがお嬢様の手作りを勝手に食べて失神したと言うツッコミ所満載のニュースは、すぐに屋敷中を駆け巡った。


普通のお嬢様は料理なんてしないと言うのがまず第一点のツッコミポイント。

存在を感じさせないのが当たり前なはずのメイドが、主人の手作りを勝手に食べたと言うのが第二点。

そして失神したと言うのが第三点。


このように不可解なところが多々ある事件だったが、屋敷で問題とされたのは一番最後のところのみだった。


と言うのも、以前からルイーザは少々変わり者の令嬢であり、エマにメイドとしてではなく、友人として、もしくは教育係として接するよう望んでいたからだ。

ストレートに口に出したことはないけれど、ルイーザは婉曲的にそれを匂わせていた。


まあルイーザ様だからね。そして相手はエマだからね。料理くらいするし食べさせるよね。

けど倒れるほどの料理って一体?と言う屋敷の人物の認識。


かくしてこの事件は、「ルイーザお嬢様毒殺未遂」と不名誉極まるネーミングを与えられるところとなった。一歩間違えば正反対の意味にもとらえられてしまいそうだ。



(……懐かしいけどやっぱりちょっと腹立たしいわ)



そこまで考えたところで、ルイーザは回想を終えた。

と言うのも、もう少しでエマが料理を終えそうだったからだ。まるでもとからこの屋敷の厨房を熟知していたかのように、するするとお皿を取り出していく。


「盛り付けくらいならできるわよ。手伝うわ」

「助かります」


エマはかけられた声に戸惑うでもなく振り向いた。食欲を刺激する良い匂いがする。

元はとある遊牧民が保存のために産み出したと言うエマの好物は、ルイーザの好物でもあった。


要約するに、『早く食べたい』。


いくら手際がいいとはいえ肉を切って味付けをして、その上同時平行でシチューを作るのだ。お腹が鳴っていないのが奇跡である。


ほわほわと上がる湯気に頬を緩ませながら、ルイーザは器に盛り付けをしていく。


……一応言っておく。

ルイーザは貴族である。

例え手慣れた様子で給仕をしていたとしても、鼻唄を歌いながらシチューを注いでいたとしても、貴族令嬢である。


二人ぶんの料理だ。

その給仕にしたってすぐ終わる。


ルイーザはいかにも美味しいですよと主張している目の前のごちそうに、ごくりと喉を鳴らした。


「ここで食べたらお行儀悪いかしらね?」

「誰もいないし別にいいと思います」


エマはルイーザの問いにそう答える。片付けながら調理するタイプなエマのお陰で、厨房は割合綺麗だ。

エマのお墨付きをもらい、ルイーザはうきうきともう一脚の椅子を用意する。



もう一度断っておく。

ルイーザは貴族である。



エマはどこからか、ナイフ・スプーン・フォーク・ナプキン・コップを取り出してきていた。水差しもちゃんとある。

ルイーザは少しうろん気な目を向けた。


「エマって、もしかして一回ここ来たことあるの?」

「いいえ?なぜですか」

「だってこのスプーンとか、素早すぎるくらい迅速に用意してるじゃない」

「なぜかすぐ目につくところに二人分置いてあったんですよね……」


エマは首をかしげた。ルイーザもそれに倣う。

いや、いくらなんでも都合よすぎだろうと。


今の今まで(意図的に)忘れていた部屋の隅に目を向けると、『しくしくしくしくしくしく……』とわざとらしい泣き声がじめじめと聞こえてきた。まさかずっと続けていたのだろうか。




「……じゃ、いただきましょうか」

「ええ、そうですね」

『待って!?今完全にボクに話聞く流れだったよね!!』




隅から大声が聞こえるけれど、きっと気のせいだ。信仰しているけれど大して信じていない神に祈りを捧げた後、エマの作った料理にナイフを入れた。


「んん……」


(やっぱり美味しいわ……!エマの料理は最高ね)


柔らかい肉に絡んだ濃厚なソース。パンは元からあったようだが、信じられないくらいふわふわだ。それにこの白いシチューの温もりがたまらない。

エマが料理人の道を選ばなかったのが不思議なくらいだ。


「エマの料理は本当に美味しいわ」

「お褒めに預かり光栄の至り」


エマも無表情が少し緩んでいる。厨房での食事だけれど、エマのお陰で最高級の夕食に早変わりだ。




『もぉおおおおおーーーー、無視するなーーー!』




……頼んでもいないスピーカー機能さえなければ。


「これって何の肉カシラネ」

「さあ、ワカリマセンネ」


『もう!なにふっつーに和やかに食事してるの!?』


「二人での食事もなかなか乙なものね」

「はい、そうですね」



『無視すんなよ……』



キノコが生えてきそうなカビ臭い声が聞こえる。そろそろ無視にも限界が来ていたので、渋々と機械を拾い上げる。

頼んでもいないスピーカー機能のお陰で、居場所はすぐに見つかった。



『やっと!ボクの話を聞く気になった!?』


「ねぇエマ、これ包丁降り下ろしたら壊れるわよね」

「試してみましょう」

『話を聞けぇえええ!』


……意外と、いじりがいのあるやつかもしれない。


『あれだからね!今日みたいにさ、普通に和やかにおとなしく食事するんだったら、一生ここから出られないんだからね!ちゃんと自分の体食べさせろ!』


前言撤回クズ野郎だ。

何が悲しくて非常識な食事を奨励されなくてはならないのだろうか。あまつさえ脅しをかけるとは。

ルイーザは憤怒の表情を浮かべ、謎の機械を睨み付けた。意外にもエマは凪いだ表情のまま、手を出そうとはしない。


「あなたね……!」


ルイーザが怒鳴り付けようとしたとき、エマはそれを制した。

予想外の行動に虚を突かれたルイーザが目を向けると、エマはじっと携帯を見据え、こう言ったのだ。





「それなんですが、もう条件クリアしてませんか?」

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