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ステップ1 異物混入③

シリアス成分0.06%回

肉の焼ける良い匂いがする。

エマは手際よく淡々と作業をこなしていくため、手伝おうと思ってもルイーザにできることがない。



そもそも、ごく幼少の頃だが、ルイーザには料理に関し前科がある。

※このごく幼少の頃だがと言うのは、ルイーザの精一杯の見栄だということを、ここに記しておく。


(……何で……私が作ると炭になるのかしら?)






それは穏やかな昼下がりのことだった。

手順通りに作ったと思う。料理長の監視のもと、「いずれ一人でも作れるようになるわ!」と気合いも十分だった。嫁いだ先で意地悪されて食事を抜かれたりしたらたまったものではない、と考えたがゆえである。

ルイーザは被害妄想が酷かった。お見合い相手もいいとばっちりだ。


それはともかく、ルイーザのどこからどう見てもTHE☆炭な料理は、料理長の目に涙をうかべるには十分だった。

感動からだと思いたかったが、辺りに充満する刺激臭はルイーザの鼻孔さえ刺激する。


無理である。


とても人に、いや生物に与える食物ではない。


「……いい燃料になりそうだわ」

穏やかな料理長も、ルイーザのその言葉に首がちぎれんばかりの勢いで肯定した。

御年三十五才。

若い身空でその生涯を閉じたくはないのだろう。食えと言われなくてホッとしている様子だ。


ちなみになぜ料理長がこんなに若いかと言うと、すべてはルイーザの祖父のせいだ。祖父の時代には数多くの料理人が居て、料理長ももっと年を食っていた。しかし食が生き甲斐の祖父である。

料理人もプロ中のプロを揃えており……要するに、賃金がバカ高かったのだ。あとはお察し。

払えなくなったクライン家に対し、お暇をいただいてく料理人が続出。世界へと出ていった。



後に残ったのは数人の年若い料理人だけ。そのなかで辛うじて四捨五入すると四十だったため、今の料理長が選ばれたわけである。 



さてルイーザが試食を諦め、料理長がその命を繋いだとき、厨房の扉が開いた。

現れたのはエマだ。エマは一応ルイーザ付きのため、外で控えていたらしい。入ってくればいいのにとは言ったが、この刺激臭の充満した厨房には頼まれても入りたくないだろう。

案の定かすかに眉をしかめていた。


「エマ、ここ、臭いわよ」

「入ればわかります」


そう言ってエマは扉を全開にする。ルイーザの持っている黒々とした黒色の黒いとしか言えない炭を見て、ぱたぱたと手を振った。


「お嬢様、それまさか……お嬢様が……」

「そのまさかよ。何でこうなるのかしら」


ルイーザはため息をつく。

エマが鼻を摘まみつつ近づいてきた。


「それ持ってどこに行くんです?」

「暖炉で燃やそうかと思うの」

「とんだテロですね」

「分かってるわよ……」


エマがおやという顔をした。ルイーザの元気がいつもよりないからだろう。

何だかんだ言って、エマは優しいのだ。


「お嬢様、何で今日はそんなに元気がないんですか」

「……料理を作れなかったからよ」

「それだけで?」


エマがじっと見つめてくる。

ルイーザはたじろぐと、観念したように口を開いた。


「だって……料理すら作れないなんて、私この家を放り出されたら生きていけないわ。今はまだエマたちがいてくれるけれど……あなたたちがいなくなったら、どうすればいいの?」



後ろで料理長も「お嬢様……」と呟いている。ルイーザがこう言うのは、クライン家に没落の兆しが見えたせいだ。

今は学院が休みなのでクライン家に帰ってきているけれど、級友たちの間でひそひそと噂されているのを知っている。



血統だけの家

貧乏貴族

じきに没落するだろう……



祖父の時代。

食に意味を見いだした祖父は、食にばかり力を注ぎ、経営を疎かにした。それは領民の怒りと、領地の衰退を招く。

父は必死で建て直しているけれど、どうしたってその汚名は、ルイーザに付きまとう。


その事が、エマや料理長にわからないはずはなかった。


エマはじっとルイーザを見据えている。と、その視線が移動した。視線の先には、布にくるまれた炭。


「エマ?」


おもむろにエマの手が伸ばされる。ルイーザの怪訝そうな目にも構わず、エマは素手でガッと掴んだ。


……炭を。


「エマ!?」


エマは炭を掴んで口に放り込む。突然の行動にあっけにとられ、ルイーザは動くことができなかった。


ばりばりごりごりと、およそ食物にあるまじき咀嚼音がする。

やがて、驚くべきことにすべて食べ終えたエマは、豪快に口許を拭った。


「あの、エマ……」

「大丈夫です。いけます、お嬢様」

「そんなわけないじゃない!今すぐ吐き出しなさい!」

「イヤです。このまま私の体の一部にします」


エマは明らかに無理をして微笑んだ。

額には脂汗が浮かんでいる。



「お嬢様、人間やる気になれば大体何でも行けます。だから安心してください。お嬢様の料理でさえ、このとおり食べられるんですから」



ルイーザは立ちすくんだ。

料理長は「エマ、君、漢だな……!」と涙ぐんでいる。


「エマ……」

「それに、私たちはお嬢様の側にいますよ」


エマが口角をつり上げる。

それは悪役じみたものにも見えたが、ルイーザはそれが慣れないゆえのものと知っている。慣れないのに、慰めようとしてくれているのだ。


ルイーザは衝動のままエマを抱き締めた。


「ぐぇっ」

「エマ、ずっと側にいてね!絶対よ!」

「お嬢様、く、くるし……」

「お嬢様!エマを放してやってください!」



「あ、」



そうしてエマは失神した。

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