ステップ1 異物混入②
腹が減っては戦ができぬ。
ルイーザたちの世界にも、その格言はしっかり存在する。
「お腹減ったわ」
「そうですね」
というわけで、ルイーザとエマは一階厨房に降りてきていた。食事を作るため、と、例の変な機械の回収を忘れていたためである。
厨房に着くと、機械がけたたましい音を立てた。
『ありえない!ありえないよ!ケータイ置いてくとか信じらんない!!』
丸いボタンを押さなくても、この機械、好き勝手に喋っている気がする。
ルイーザはじとっと機械を睨み付けた。
「こんな気味悪い機械肌身離さず持っとけって、その方が気持ち悪いわよ」
「同意します」
エマも絶対零度の眼差しだ。
両者の冷たい視線を受け、うるさい機械はますますうるさくなった。
『君たちの命綱と言っても過言ではないんだよ!!君たち絶対ヤンデレの何たるかを理解してないし!!』
「分かろうとも思わないわ」
「分かったら終わりなやつなんじゃないですか、それ」
機械からは、『キィーーッ』と発狂したような声が聞こえる。
ルイーザとエマはドン引いた。
謎の奇声を発する機械に背を向けて、厨房内を見回す。
「ぞれよりお腹減ったわ、エマ」
ルイーザがそう言うと、エマは長袖のメイド服を捲り上げた。
「少々お待ちください」
やる気満々のようだ。
「私も手伝いましょうか?」
「いえいえいえいえお嬢様はあちらでお待ちください大丈夫ですので」
「そ……そう?」
エマはぐいぐいとルイーザの背中を押す。
ルイーザはおとなしく押し出されようとしたが、厨房から出される前にあることに気づいて踏みとどまった。
「待って!」
「何ですか?」
エマが力を緩める。その隙にくるりと反転すると、ルイーザは悲痛な面持ちで叫んだ。
「一人になるじゃない!」
ぷく、と頬を膨らませる。
エマは一瞬硬直した。すぐに元に戻ると、「お嬢様ですもんねえ……」と遠い目になる。
「私だからって何よ」
「いえ、なんでもございません。……はぁ」
「ため息ついたでしょ今!」
わちゃわちゃとやり取りしていると、機械から突然、『いいねえ!』と嬉しそうな声が漏れた。
ルイーザは「え、なに気持ち悪……」と言いながら機械を見、エマは「え、なんですか気持ち悪……」と言いながら機械を見た。
『いやぁいいねいいね!その調子だよ!愛するがゆえに片時も離れたくない、ヤンデレの心意気だね!』
機械はルイーザたちにお構いなしで、上機嫌でなにかほざいている。
なぜ機嫌がよくなったのか全くわからない。エマが無言で機械を床に叩きつけた。
カシャン!
衝突音がするけれど、見るとヒビすら入った様子はない。機械からは『何すんのー!』と大して怒っていなさそうな、むしろ得意気な声が大音量で漏れる。
エマがチッと舌打ちした。
その音を聞いてか聞かないでか、機械からの声がもっと大きくなった。
『まあー、そうそう壊れないけどね!ほらボクってお金持ちだしー、最新の携帯だって買えちゃうからー』
……ウザい。
その一言に尽きる。
特にお金持ちと自分で言っているのがポイントだ。貧乏貴族のルイーザとしては、非常に癪に触る表現である。
エマも同じだったのか、容赦なく機械を足で踏みつけていた。
『これ高いのにー!』
機械からは喚く声が上がっている。ルイーザたちは目配せをした。
即ち、今度こそ完全に無視してやろうとそういうことである。
ルイーザは床の携帯を見えないところに放り投げ、エマはその間にルイーザが座るための椅子を用意した。見事な連係プレーだった。投げ捨てた端の方からじめじめしたなにかが聞こえるが、無視を貫く。
ちなみに椅子と言っても御大層なものではなく、簡素な丸椅子だ。
「どんなものが作れそう? 」
厨房内を物色しているエマに尋ねる。エマは、一通りのものは大丈夫ですと数時間前に聞いた言葉と同じことを言った。
「じゃ、エマの好きなもの作りなさいよ」
「ハンバーグ作ります!」
ルイーザが言うと、エマは嬉々として材料を揃え始めた。その様子に思わず笑う。
目敏いエマから、「なに笑ってるんですか」と声が飛んだ。
「別に?あ、エマ、手伝うわよ?」
「いえいえいえいえいえいえいえいえお嬢様は座っててください」
「……そこまで言われるとムカつくわね。大丈夫よ、材料揃えるだけなら」
ルイーザが立ち上がると、エマは諦めたように嘆息した。
「……ひとつ言っときますね」
「何よ?」
「異物混入なんて真似、する気もさせる気もありませんから」
「私だってやらないわ!」
ぷんすかと怒りながら、ルイーザは包丁を取り出した。危なっかしい持ち方だが、ちゃくちゃくと準備を進めている。
正直、異物混入のことなんか忘れていたルイーザ。
忘れていたままが良かったと、胸のなかでこっそり呟いた。
そんなこんなで、一通りの材料を揃え終える。
「ハンバーグと、シチューを作ります。パンはあったのでそれを食べましょう」
「あの……大丈夫よね?それになんか入ってたりしないわよね?」
「どのみち食べないといけないんですから、どうでもいいです」
エマは無表情で言いきる。曇りのないその視線に肩を落とした。
「ていうかハンバーグとシチューって……結構時間かかると思うのだけど……」
「じゃあ出来上がるまでパンかじってて下さい」
「主人の扱いが雑だわ!!」