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逃げ出したい!

その日、ルイーザ・クラインはお見合い書を見ていた。側には静かに主人を見守っている黒髪のメイド。黒髪のメイドの名前はエマと言う。ちなみにこのメイド、基本無表情である。


ルイーザはお見合い書を見ながら、そっとため息をつく。


「三十九才か……まだ夢見ていたかったわ……」


まだ、あともう少し年上なら諦めもついたものを。それならば枯れてきているだろうし、ひょっとするとルイーザを孫のように扱ってくれると言う可能性だってなきにしもあらずだ。

だが三十九才。

ルイーザの二十一才上。

若くもなく、枯れていると言われる年でもない。無駄に豊満な肉体を持ってしまったルイーザには、十分食指が動くだろう。


メイドはルイーザの手からお見合い書を取り上げた。


「この縁談、ご不満でしたら破棄されてもよろしいのですよ」


気遣うように言われたが、その優しい言葉に甘えてはいけないのはわかっている。


「そんなことしたらクライン家存続の危機だわ。仕方ないのよ。……それに奴隷になるわけでもないし」


クライン家は今、苦しい状況にあった。ルイーザの二代前、つまり祖父の代での資産浪費が激しかったためだ。


あらゆる宝石類を買った、などならまだよかった。

祖父の情熱の先は、もっぱら『食』だったのだ。


わざわざ遠い場所から取り寄せた珍しい食材をふんだんに使い、普段の食事を無意味に豪華にしていた。それはルイーザが生まれる前のことだったので、よくは知らない。


そんな無茶な食生活が祟ったのか、祖父は早死にした。ちなみに祖母も夭逝している。ルイーザの父を産み落とすと同時に、天に昇ってしまい、それから祖父の浪費癖が始まった。


今クライン家が存続しているのは、ひとえに父が必死で建て直したからだ。領地内の不正を暴き、農地に赴いて品種改良の案を出し、収穫量の底上げをして税を上げ、自警団を明確に組織化させた。今も様々な事業に手を出しているらしいが、そこまで詳しくは知らされていない。クライン家の一人娘だった母に求婚した父は、元はクライン家の庭師だったらしい。

食道楽の過ぎる祖父を必死でたしなめていたと母から聞く。


「……お祖父様……どうせなら、せめて形に残るものを残してくれたらよかったのに」


ルイーザはまたため息をつく。年相応にわがままをこぼしてきたルイーザだが、それでもそこまで贅沢をした覚えはない。

ドレスだって簡素なものだ。

使用人の数もギリギリ。


ルイーザは側に控えているエマをちらりと見上げた。


「なんですか、お嬢様」


エマはすぐにその視線に気づき、ルイーザへ体を向ける。

同じく簡素なメイド服に、なんの飾りもない編み込まれた髪の毛。幼い頃からずっと一緒に育ってきた仲だが、高価なプレゼントをしてやれたことなど一度もない。

色が白く、理知的なかわいい顔をしているのに、エマは娘らしい装飾をしない。できないのかもしれないとルイーザは思っていた。ルイーザとずっと共にいるため、出会いだって少ないだろう。

情けなさに眉が下がる。


「ごめんね、エマ。なにもしてあげられなくて」

「そんなことはございません。……というか、失礼ながら、お嬢様」

「何?」


エマが一歩前へ出た。

左手に抱えたお見合い書をテーブルへ置き、椅子に腰かけたルイーザを見据える。




「気持ち悪いです」




ルイーザは椅子から転げ落ちた。


「大丈夫ですかお嬢様」


エマは涼しい顔で右手を差し出した。ルイーザは額を押さえてその手をとる。眉の間に深いシワがきざまれた。


「大丈夫じゃないわよ。このしんみりしたムードでいきなり気持ち悪いはないでしょ!」



空気を読めと言う話だ。



「しかし、お嬢様がしんみりしているのはなんとも言えず気持ち悪いものだなあと」

「なんとも言ってるじゃない!言うに事欠いて気持ち悪いって」



エマ。艶やかな黒髪を持つ、基本無表情のメイド。

このメイド─────幼い頃から共に育ってきたせいか、ルイーザに対して全く遠慮がない。



「いつもキャンキャン叫んでいるのがお嬢様のデフォルトだと思うので」

「キャンキャンって何よ!仮にも私主人よ!?」

「そうそう、その心意気ですお嬢様!」



ルイーザは半目になってエマにデコピンをした。「痛いですお嬢様」と言っているが知るものか。大体、顔の筋肉は少しも動いていない。

ルイーザは再び椅子に腰掛けると、だらしなく机に突っ伏した。



「あーーっ、もう、どこでもいいからここから逃げだしたいーーっ」



突っ伏しているせいで声がくぐもる。しかし近い位置に立っているエマにはバッチリ聞こえたようだ。


「逃げるなら私もお供しましょう」


その声にルイーザは顔をあげる。無表情なエマと目が合った。ルイーザはいたずらっ子のように口角を上げると、「心強いわ」と言った。


「エマなら何でもできそうね」

「大抵のことはお任せください。……あ……ですがカエルを捌けと言われるとそれだけは無理なのでお嬢様お願いします」

「私だってそれは無理よ」


くすくすと笑いあう。

ルイーザはお見合い書を投げ捨てた。



「でも、本当にエマと逃げられたら楽しいでしょうね」



エマがはいと返答し、タイミング良く三時を知らせる鳩が飛び出す。


それが起こったのは、鳩が今まさに鳴き始めようと最初の一音を発したときだった。





「え!?」





突然、床に何かの魔方陣らしきものが現れた。眩しいくらいに光を発している。それはルイーザ、そしてエマの足元から展開していた。


「お嬢様!?」


エマがルイーザへ駆け寄る。それに伴って、展開の起点が移動した。

エマはルイーザの手を取り、光からかばうように抱き締める。


「な、なにこれ」

「わかりません。魔術ですか、見たことあります?」

「あったら良かったわね!」


光はどんどんと増していく。

パァッと一際強く光った後、そこにルイーザとエマの姿はなかった。




二作品目です。

テーマは「頭空っぽにして、楽しく」です!

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