醜い男
突然の命令であったが、私は承諾するほかなかった。私のような醜悪な顔の人間が、諜報組織のAクラスに入ることができたのは、この命令のためだったのだろうか。
この国の民はほぼ美男美女であった。醜い顔の人間は国外追放されるという噂まである。それは本当なのかもしれない。
命令は、隣国の兵器の調査である。境界付近のスラムを根城とし、調査せよとのことだった。逆らえるはずもなく、私は汚い服に身を包み、諜報眼鏡の充電機を確認し、国を後にした。諜報眼鏡とは、望遠、透視、撮影、メッセージの送受信などが行える、自動充電式の眼鏡型機械である。
こんなことになるならいっそ隣国へ移住してしまえばよいのだが、国の秘匿にかかわる立場になってしまった以上、それはできない。口封じを施されるだろう。
スラムに着いて1週間ほどが経った。話ではそろそろ指示が来るはずだ。しかし、さらに1週間ほど待っても指示は来ず、メッセージも送信してみたが反応はない。
もしかしたら私は追放されたのではないか。そう考え、ならばこの国に母国の軍事情報を暴露してやろうかとも思った。
さらに1ヶ月ほどが経った。ここの生活も慣れてきた。しかし、未だ指示は来ない。
ふと思い立ち、私はスラムの上層へ足を運んだ。見晴らしがよく、遠くには母国が小さく映っていた。とてつもなく冷たい風が吹いていたが、そこに一人の男がいた。
私は男を観察した。男は座り込み、大きな望遠鏡を覗いている。その顔をよく観察し、私は驚いた。彼は諜報眼鏡を掛けていたのだ。
「あの、すみません」
私は肩を叩きながら話しかけた。
「はい何でしょうか……あっ!」
男は言いながら私の方を向き、そして彼もまた気が付いたようだ。
「あなたも、ここへ調査に?」
聞くと、男は頷いたが、変な顔をした。
「そうです、しかし……どうやら私、追放されたようです」
男は苦笑いしながら言った。
「やはり、そうでしたか。私も調査に行けと言われ、次の指示を待っているのですが一向に来ないのです。予想はしてましたが、まさか」
私は、男に何をしているのか聞いた。
「ふふ……あなたも覗いてみますか?」
言われるがまま、私は望遠鏡を覗いた。そこには、母国の光景が映っていた。外れの公園のベンチで、女性が2人座っている。
覗いていると、私の眼鏡が何か弄られた。その瞬間、ベンチに座る女性が裸になったのだ。
私は驚き、思わず目を離した。男の方を見ると、男も裸だった。
「透視機能ですよ。あっちでは眼鏡の使用が制限されていましたからね」
なるほど。私は舌を巻いた。彼がなぜ母国の情報をこの国へ渡さないのか、合点がいった。
私はもう一度望遠鏡を覗いた。やはり、裸の美しい女がベンチでくつろいでいた。それは、女性と縁がなかった私にとって、夢にまで見た光景に近いものだった。
「どうです? 私が使ってないときでしたら、いつでも使って結構ですよ。ああ、この望遠鏡、ゴミ捨て場にたまに捨ててありますので、拾ってくるのもいいですね」
私は美女の裸体に釘づけだった。今すぐにここで射精したかったが、さすがに躊躇った。
ふと思った。これは夢ではないか。私はどこかで眠っているのではないか。どうでもよい。ひとまず軍事情報は、夜が明けるまで秘匿しておこう。