こんにちわ私の助手!
奴隷を買った。
私の勤める王国図書館で本運びをする手伝いとして一人、ようやく買う権利が貰えるところまで昇進したからだ。
もちろんお金は経費であるが、そんなに高いのを買えるほど貰ってないし、世話も自分でしなければならないので経済的負担は少なくない。
私は“廃品”と品分けされる、言葉をあまりしゃべらず意志もほとんど残っていない奴隷たちの中に居た69番という男を選んだ。
背が高めの青年で、体が欠損しているということは無かったし、何より支給された金額ぴったりで購入できるのが決め手だった。
一度職場に連れて行って、図書館の備品としての手続きを済ませると、たまたま近くにやってきた先輩から声をかけられた。
「やほー、セレス。あなたもついに助手を買ったのね。」
私をセレスと呼んだ先輩は私の2期先輩で、彼女も男の奴隷を買った人だ、今は連れていないようだがきっと居残りで仕事をさせているに違いない
「せんぱぁい…そうなんですよ、ついに、ついに手に入れました。」
この日をどれだけ待ったことかと思いを馳せる。
奴隷を手に入れることで得られる恩恵は、本を持たせたり自分の代わりに返却手続きの受付をさせたり読書中に飲む紅茶を淹れさせたり書架の整理を任せたり……数え始めればキリがない。
そんな奴隷を持たずに過ごした日々は既に今の幸福の前では霞んで……はいないがもはや遠い過去のものである。
「へえ、男にしたんだ?」
私の隣に立つ奴隷を眺めながら先輩が少し驚いたような声を出した。
元々私は背が高くて荷物運びができそうな奴隷を買う予定でいたため男になることは想定済みだった。
「聞いてください先輩!支給金額少なすぎて廃品奴隷の中からしか選べなかったんですよ!意味不明じゃないですかこれ!?」
そう、唯一の不満はそこだ。
廃品奴隷は他の一般奴隷の3分の1ほどの金額で購入できるまさに破格の存在なのだが、国から支給された金額がその程度でしかなかったのだ。
「え!?もしかして値段交渉しないで買っちゃったの?」
私の愚痴に対して先輩の口から予想だにしていなかった単語が飛び出してきた。
値段交渉?
売り手に吹っ掛けられた高い金額設定に対して買い手が不当に低い価格交渉からスタートして折り合いをつける商売人同士の幻の儀式ではないのか?
「そんな、値段交渉なんて文化が…」
「実はあるのよねぇ、あの業界、生き物を扱ってるから売れる前に死んだりするじゃない?だから基本設定金額が高いんだけど、育てるのに必要なお金とか諸々は奴隷に我慢させて低額に抑えてるからけっこうぼったくりしてるのよ?」
「そんな…」
「ま、いい人生経験になったんじゃない?」
陽気な先輩の笑い声が今は恨めしい。
いや、これがただの言いがかりなのは理解しているのだけれど、やはり目の前で失敗を笑われると腹が立つ。
「そんなに笑わなくてもいいじゃないですかあ。」
「あっはは、ごめんごめん、まさかあなたがそれを知らずにいたとは思わなくて。ほら、あなたけっこう本読んでるじゃない?そういう知識も当然あるもんだと思ってたからさ。」
本にそんな最近の俗文化のことが載っているはずがあるわけないではないか。
「それじゃ、男の奴隷を初めて買ったセレスに私から世話の仕方をレクチャーしてあげる。ついでにドンマイご飯も奢ってあげるわ!」
「本当ですか!?」
世話焼きな先輩に気に入られていて本当に良かった。
言われて気が付いたが確かに私は女で、69番は男。同じ屋根の下で生活するとなれば必然的に相手の生態についても知っておく必要がある。
もちろん、俗世に関する記述の本はなくても低俗な本は蔵書されているもので、私も知識収集の一環としてそういった本を閲覧したことはあるが、やはり書物と実物では違いがあるはずだ。
二年も奴隷と生活を共にする先輩の体験談は、二人とも独身ということもあってやはり低俗な方向に盛り上がってしまうのだった。
「うー、69番、ちょっと止まってー。」
飲みすぎた。世界がぐるぐるして、69番の臭いが胃を搾るような眩暈を生んでいる。
せっかく買った奴隷を置いていくわけにもいかず、既に何も出ない胃袋を抱えて空えずきをしながら少しずつ家路を進んでいた。
帰ったらこいつを洗おう。
私よりも数回り多きい体を持つ69番に見合う服がないから明日も今着ているぼろ布を着させるしかないが、それにしても洗濯する必要がある。
奴隷購入完了の報告も終わっているし、先輩の配慮で明日はお休みにしてもらうので、いろいろ整える時間は一日分ある。
うええ、気持ち悪い……
酸っぱい唾を道端に吐き捨てて立ち上がり、ゆらゆらと揺れる地面の上を69番とともに前へ前へ……
結局そのあと家に着くまで3回立ち止まった。