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奴隷番号69番  作者: 双さん
プロローグ
1/3

彼が奴隷69番に堕ちるまで。

戦争が蔓延っていた。

科学に代わって魔法が世界を動かす異世界の、仲の悪い国が集まる国境付近の貧村で、俺は生まれた。


いや、転生した。


赤ん坊として生を受けたはいいが、1年を過ぎる前に父が徴兵された。

同様にして村の男手が足りなくなると、村の女衆は農業を続けながら、非力な女性が何人かの子供と一緒に生活するようになった。


そしてしばらく後、伸びた戦線がついに村まで到達し、自国か敵国かもわからない兵士たちによって、村は蹂躙された。


幼少ながらも心は青年である俺がひそかに恋心を抱いた年頃の女性は、俺たち子供が押し込められた家とは別の場所に連れていかれた。


そして俺たちが戦争孤児として後方部隊の馬車で運ばれる時になって、蛆の沸いたその女性の姿を見た時は、一通り暴れて、その場の大人にボコボコにされた。

神様から貰った祝福(ギフト)はまだ発動しなかった。


気を失っているうちに運ばれた場所は、太い鉄棒が頑丈そうな石壁の小部屋だった。

4人一組で入れられたその牢屋は決して広いとは言えなかったが、空腹と寒さに耐える子供が寄り添って寝るにはちょうどいい広さだった。


とはいえ俺たち4人を含む子供たちをなんの理由もなく育てるほど道徳とか人道とかが尊重されるような世界であるわけもなく、次の日から俺たちは訓練という名目で軍人の憂さ晴らしに付き合わされる事になった。


小さな刃の潰れたナイフを手に、2倍も3倍も大きな体の大人に立ち向かえといわれ、長く反抗していた者がより多くの食事を貰って牢に入れられる。


最初こそ一緒に頑張ろうとしていた俺たちも、徐々に減らされる食事に耐えられず、一番多く貰っている奴が分けるのをやめてから、食事の共有をしなくなった。


そうしていつも食事が貰えなかった奴がひっそりと死んだ。

朝になると冷たくなっていたそいつの事を伝えると、軍人は死体をどこかへ持って行った。


部屋の中が3人になると、一番強い奴が俺ともう一人を虐げるようになった。

食事を奪うような事は無かったが、憂さ晴らしとばかりに俺たちを殴ったり蹴ったりするので、ある日二人で一緒になって反撃したら、そいつはあっさりと死んでしまった。


ひもじい生活の中でもしっかりとした体を保っていたそいつの死体は、相方にとっては肉の塊に見えていたらしく、彼が夜中に魔法で作った氷を刃物にして捌いているのを目撃した時は、一晩眠ることが出来なかった。


氷魔法しか使えないそいつに代わり、火の魔法を習得した俺が肉を焼いて朝に二人で食べた。

久々に食べた暖かい肉は、なんの味もしなかった。


所々が切られて肉を失った死体を回収しにきた軍人はニヤニヤと俺たちを笑いながら、死体を持ってどこかへ行った。


それからしばらくして、一緒に訓練をしている子供たちも半分ほどに減った頃、大人たちのリーダーらしき男が俺たちに言った。


"明日の朝までに死体を用意した奴は兵士として採用し、牢屋から解放してやる"と。


勿論、死体というのは同じ牢屋に入れられた相方の事だろうというのは理解した。


当然氷魔法の相方も同じ事を考えていたようで、牢に帰るなり俺に襲いかかろうとしてきた。


だから俺はその日もらった食事を渡して、寝るまでの命を保証してもらった。

死ぬなら寝ているうちがいいものだし、相手はそれを了承した。


次の日の朝、たった一人だけ牢で座っていた相方を迎え入れるべく、朝食運びの軍人が部屋に入ってきて、動かない俺を処分するために持ち上げた。


相方は、そいつを殺した。


俺が死んだふりをして回収に来た奴を殺す作戦を昨夜の晩飯から寝るまでの時間に教えておいたのだ。

夜中に殺されるかもしれないとは思ったが、それならそれで構わないとも思っていた。


軍人の死体を持って出口まで行くと、そこにいた軍人が死体一つにつき一人だけ採用すると気持ち悪い笑みを浮かべて宣った。


だから俺たちはそいつも殺して、晴れて二人で軍人となった。


だが戦況は決して良いものでは無かった。


俺たちが牢に入れられているうちに敵国は猛攻撃を敢行し、勢いを止めることが出来なかった自国はズルズルと撤退を続けた。


王都こそ守られているもののこのままでは敗北が濃厚であるという事を悟った上の人間から、俺たち新兵に言い渡されたのは戦火が穏やかな地域を迂回しての奇襲作戦だった。


まさに鉄砲玉、生きて帰ってくる事など望んでいないと示しているような無謀な作戦だった。


少ない食料と飛行石を手に敵陣のど真ん中にのりこめという作戦に抗うことは出来ず、道中で逃げ出そうとした仲間達は見張りとしてついてきたベテランに即座に殺された。


精神なんて十分に磨耗しているものだと思っていたが、実際に戦場に立つと、それが思い違いだった事に気付かされた。


魔法とは氷を刃物として作り出す力でもないし、火の玉をぶつける力でもないのだ。

戦場を見ればよく分かる。地獄とは地上にあるものだということが。


隣にいた奴の頭は突然内部から発火するし。前方で頭を抑えて蹲っていた奴の体は水風船みたいに弾けるし。後ろからついてきていた奴は上空から高速で飛来した岩の塊に潰された。

極寒の風が吹くと同時に俺の周りにいた奴がみんな彫刻のように凍ったかと思ったら、瓦礫のように崩壊するなんてこともある。


死屍累々と呼べるほどに人の死体が形を保っていたか定かではないが、気が付けば周りに動くものがなくなっていた。


俺の逃亡を阻止するものはない。

魔法の的になるのだけは嫌だと逃げ込んだ森の中、見つけた川で喉を潤したところで俺は眩暈のような睡魔に襲われて意識を手放した。


ガタゴトと揺れる暗い馬車の中。

目が覚めた俺はいつの間にか手に枷を嵌められ、頑丈な首輪から伸びる鎖をもって拘束されていた。


周りは一様にうつむいたぼろ布の人々が同乗し、種族はまちまち。

話しかけても反応はなく、魔法は発動できなくされていた。


脱出をするならこの馬車から降ろされる時だろうと予定を立てて体力温存のために目を閉じる。


そして一晩が過ぎ、外が明るくなったころになって馬車の揺れが止まった。


一人、また一人と馬車から連れ出される中、俺の順番になったところで監視者を突き飛ばして駆け出す。


脱出に成功し、裏路地に入る。

このまま街を駆け抜けて、どこか適当なところで枷を破壊すればと計画を立てたところで、首の輪から足元にかけて激痛が走った。


否、高圧の電流だ。

全身の筋肉が一斉に硬直し、つんのめって石造りの地面に顔を強打してもなお、バチバチという電撃が体を痙攣させる。


呼吸もままならず、心臓すらまともに動いているのか怪しい状況で、強制的な収縮に耐え切れず断裂した筋肉が痛みを発する。

朦朧とした意識の中で電撃が収まると、後に残ったのは指の一本も動かせない肉塊のような体だけだった。


後から歩いてきた男たちが俺の髪を掴んで生きていることを確認すると、首輪につながった鎖を握って引き摺りながら俺を運んだ。


俺はそのまま独房に入れられ、明日からの調教を待つようにとだけ言われて捨て置かれた。


冷たい床の上で鼻や口、目に虫が入らないように抵抗しながら過ごした夜は、恐ろしく長かった。


次の日から、俺は動物のようにひたすらに躾けられた。


耐えれば終わると思っていた。

歯を食いしばれば耐えられると思っていた。

死ねば楽になると思っていた。


そんなことは無かった。

俺が奴隷である限り、俺は命令に背くことはできないのだ。


ただ言われた通りに動くこと。

主人の意向に沿って完璧に命令を遂行することが、俺に残された唯一の平穏。


動くなと言われれば止まらねばならない。食せと言われれば腹に納めなければならない。殺せと言われれば殺さねばならないし。逝けと言われれば否応なく逝くのだ。


ありとあらゆる命令に対応できるように薬を打たれたし、魔法もかけられた。

体もだいぶ変わったような気がするし、もしかしたら顔も変わってしまったかもしれない。


記憶も一部が曖昧で、特に最近のことはとんと思い出せない。


そして俺は今、ほかの奴隷たちと一緒の部屋で待てと言われている。

待ちながら、たまに配られる何かを食べ、間違いを犯さぬように耳をそばだてる。


69番。俺の名前。


どうやら、新しい主人が決まったらしい。


さっき鉄格子の前に居たのがどんな人だったか思い出せない。


願わくば、我が人生の短きことを。

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