第8話 お湯ゆるく流れ
「で、誰かに呼ばれた気がして、もう一度目を覚ましたら、あの草原に居たって訳」
ウサミミ隊員ユスティーナさんと褐色金髪少女メイドのウルシュラちゃんと私。三人同時に入ってもまだ余裕があるくらい大きいこの浴槽でほくほくぬくぬくとカラダを温めている。
さすがユスティーナさんご自慢の浴槽である。
ウルシュラちゃんを前に抱っこしながら、召喚転移される前後の覚えている事情を出来るだけ細かくユスティーナさんに話した。その時に見ていたファンタジー板マク●スっぽい夢の内容も一緒に。
そもそもなぜ、私がこの世界に召喚されたのか。そのきっかけを知りたいとユスティーナさんに尋ねたのだ。
神さまから直接チート能力をもらった訳でもなく、転生で幼児時代から魔力を鍛えてきた訳でもない。当然真剣なんて使えもしない。……ドラマと舞台劇で殺陣っぽい事をした経験はあるけれどねぇ。
女の子が大好きで自分自身も美少女で、実は現役女子高生アイドルなんだよってへっ☆って事以外は、ごく普通の美少女である富士見ゆりかちゃんに、どうやって世界を救えと言うのかね。
唯一の手がかりは、ユスティーナさんが一瞬だけ観測したという、私から発された異常な魔素干渉力ってところか。
「うーん……私達は魔王とその軍勢に対抗出来る人材を呼んで欲しいと、我らの神に頼みましたが……具体的な条件は何も付けていないのです」
条件を付けるという事は、全知全能たる神様にケチをつけるようなものなのだろう。
「でも……、ゆりか様が召喚される直前に見ていたという夢に、何かヒントがありそうですね……」
ぶつぶつと何やら考え込むユスティーナさん。
「で、 私は日本……あー、 私が居た世界の、私が住んでいる国の名前なんだけれどね。その日本に戻れるのかな?」
「ゆりか様を召喚した魔導器具を再度用意して、神に願えば帰れるかと……想いますが……」
ユスティーナさんは表情が暗い。
「ゆりか様は……その……やはり日本へ帰りたいのでしょうか……?」
「そりゃあねぇ。家族だっているし、仕事もあるし……」
腕組をしながら考える。心配させているであろう真弓ちゃんにだって会いたいし。
「私の知る限りだと、よくあるパターンとしては……戻ったら日本ではすでに数百年も経っていていました! とか、日本ではほんの数秒間した経っていませんでした! みたいなのが多いからねぇ。焦ってもしょうが無いし、まぁ暫くはここに居るつもりだよ」
だから改めて、よろしくね! と、 ウルシュラちゃんとユスティーナさんの頭を撫でる。二人共なんか嬉しそうだ。
私だってこのままハイさようなら!と、気軽に立ち去るのは辛いと感じる程度には、この世界の人たちとの繋がりが出来てしまっているのだ。
「しかし……草原で出会った当初から思っていましたが、 ゆりか様、全然パニックになっていませんね?」
私に撫でられながら、ユスティーナさんが言う。
「ゆりか様の言動から察するに、 私達の世界とゆりか様の世界はだいぶ違いがあると見ています」
うん。 完全にファンタジー……おとぎ話の世界に入り込んだ気分だよ。
「ならばこの世界にやってきて、私達やモンスターに出会った時に、大いに混乱する……あるいは、見ず知らずの世界を救えとはどういう事だと怒り狂う……という事も考えられるのですが」
「それはねぇ、始めはドッキリか何かだと思っていたんだよ。 王都に入るまではずっと全てが作り物だと思っていたから」
「ドッキリ?」
ウルシュラちゃんが顔を上向きにして聞いてきた。露出したオデコが可愛いのでチュッとする。 キスされてくすぐったそうにするウルシュラちゃん。 まじかわいい。
「えーと。どこから説明すればいいんだろう……うーん……『テレビ』って分かる?」
私はユスティーナさんから口移しで貰った翻訳飴で、この世界の言葉を聞いて喋れるが……では、この世界に無い概念……例えば『テレビ』なんかは、どのように理解されるのかを知りたかったのだ。
「ふむ……テレビ……遠くで起きた物事を見る事の出来る小型の魔導器具……? って、そんな事が出来るんですか!?」
ユスティーナさんがめっちゃ驚いておられる。テレビがどういう物なのかは瞬時に理解したのに、その存在に驚くとは、はて?
「ゆりか様の言うテレビ……という物は、私達の世界には存在しません。しかしゆりか様が『テレビ』という単語を発した時に、無意識に我々にそれがどういう物であるのか伝えようとしたのでしょう。それが私に伝わり、私が理解できる事象の枠内でイメージとして脳裏に浮かんだ……という事かと想います」
翻訳飴の本質は、「翻訳」というよりも脳内イメージの伝達……という事なのかしら。
「じゃあウルシュラちゃんにも、テレビのイメージは伝わった?」
ふるふると否定するウルシュラちゃん。
「どうやらイメージの伝達は、翻訳飴を起動した者しか受け取れないようですね」
なるほどなぁ。
「……じゃあ例えばなんだけれど、ユスティーナさん。これから言う単語を想像してみて」
楽しい事を思いついたので、ニヤリと笑う私。
「百合って、わかる?」
ニヤニヤニヤ
「百合……お花ですか……ってなんですかこれ! お、女の子同士で!? 卑猥! 卑猥過ぎます!!!……ゆ、ゆりか様はその……百合……なんですか……?」
かぁー! と赤くなるユスティーナさん。いいぞ、上手く伝わったようだ。
「ユスティーナさんは、こんな私、嫌いかな?」
ニヤニヤしながら追い打ちをかける私。
「い、いえ……美しいと思いました……」
その言葉が聞きたかった!! と、更にニマニマする私。誘導された事に気が付き、私を睨んでくるユスティーナさん。
「嬉しいなぁ!」と、ユスティーナさんの肩に頭を乗せながら言う私。時には彼女のバブみを堪能したいのじゃぁ。
まんざらそうでもないユスティーナさん。意地悪しがいあるなぁ楽しいなぁ。
話についていけないウルシュラちゃんがムスーっとしているので、今度はウルシュラちゃんでも分かるように説明を試みる。
「私の世界ではテレビっていう魔導器具があってね。これくらいの大きさの板の形をしているんだけれど」
だいたい42インチの液晶テレビの大きさを手振りで伝える。
「舞台劇や音楽劇、人形劇なんかを、劇場に行かなくても自分の家で見る事が出来るの」
案の定、好奇心の塊であるウルシュラちゃんの目がキラキラしはじめた。
「テレビで見る事の出来る舞台劇の1演目に、ドッキリというのがあってね。参加者に悪戯をして、参加者が慌てたりパニックになった所で『実はドッキリでーす』って、ネタばらしをするの」
それの何が面白いの? という顔をするウルシュラちゃん。……確かになにが面白いんだろうね。慌てたり信じ込んだりする人をみて楽しむ……っていうと、なんかとても低俗な物に思えてしまう。
「私の世界ではウサミミの生えた魔道士や、ゴブリンにケルベロスなんて、おとぎ話の世界にしかいないからね。それらが目の前に突然現れたら、『ああこれはドッキリなんだな』って思うでしょ?」
コクン、と同意するウルシュラちゃん。
「で、 私は私の世界では舞台劇の劇団員みたいなものだから、そこで驚く振りをしたり、本当に信じてしまったかのように演技したりして、ドッキリを更に面白くさせていくのがお仕事なの」
はぁ。 自分で説明してて嫌になってきた。 ヤラセそれ自体は別に否定しないけれどね。自分がそのヤラセに積極的に加担しているかのように説明するって行為が嫌になる。
「ドッキリは普通は本当に参加者を驚かしているんだけれど、お伽噺のような世界を再現するには大掛かりな舞台装置が必要で、その場合はドッキリは失敗出来ないからね。そういう時に私みたいな劇団員が出演するって訳」
なんとかそれっぽくはぐらかしつつ、私がなぜ異世界に来たのに大して驚いていなかったのかを説明出来た気がする。
「ゆりか様の世界。 面白い。」
ウルシュラちゃんは日本……と言うか、私の世界への好奇心が尽きないようだ。しかしいちいちこうやって説明するのも手間がかかる。
「ねぇ、ユスティーナさん。 ウルシュラちゃんとも翻訳飴の交換出来る?」
……決して疚しい気持ちはこれっぽっちもございませんよ? ウルシュラちゃんの絶え間なく溢れ出る好奇心は、大いに育んであげるのが大人の役割であると思うだけなんですよ?
ギロッと私を睨むユスティーナさん。……なんかユスティーナさんがヤンデレ化しつつある気がする。
しかし、すぐに諦めたような表情を浮かべた。
「はぁ~ まぁ、もとからそのつもりでしたしねぇ」
あれ、許可があっさり出てしまった。いやっほう!! ロリ少女メイドちゃんと合法的にチッス! チッスががが!!
にやけた私を再びキッ! と睨んでくるユスティーナさん。
わかりますよユスティーナさんにしたような情熱的な大人のペーゼはウルシュラちゃんにはしませんよ?幼女には紳士淑女ですから私。微笑ましい挨拶のようなチッスをするダケデスヨ。
「……さて、そろそろお風呂から出ましょうか。ゆりか様には明日から必要となる情報を叩き込まないといけませんので」
そういいつつ、ユスティーナさんがなんだか扇情的な流し目を私に向けてきた。
うーむ。
今夜は寝かされないかもだ。




