第X話 On Your Mark
夜と言っていい時間帯となった。
真夏ではあるが標高が高い為、日没後は一気に気温が下がっていく。
外は既に暗くなりかけていて、ステージの裏は更に闇のようだった。歩くのにもスタッフのみなさんが持つ照明だけが頼りである。
外から叫び声が聞こえている。誰もがもはや待ちきれないと雄叫びをあげている。
焦らすのもアイドルの常套手段。とはいえ、これ以上待たすのはみんなに失礼だ。
スタッフがステージに駆け込んできた。
「スタンバイお願いします!」
ついに開幕の時が来た。舞台演出を総括している子に視線を投げかける。彼女も私に頷き返した。ゴクリとつばを飲み込み、スイッチを押し込む。
ライブのオープニングテーマがステージに流れ出す。
ここまで待たされたみんなが発する振動がさらに膨れ上がり、熱波となってステージ裏にまで響く。
「……ようやくここまで来ました」
確認するまでもない事だが、リーダーである私は義務として、メンバー達に声をかける。
「準備は……いいかな?」
僅かな照明しかないはずのこの空間は、しかしメンバーみんなの輝きで光と熱に満ち溢れているかのような錯覚を覚えた。 まるで夏の砂浜にいるかのような錯覚。
……ううん。
決して錯覚なんかじゃない。
みんな輝くアイドル。
みんながスターなのだから。
お互い目線を交わすだけで、準備はOKと通じ合う一体感。
全員で円陣を組み、手の平を重ね合わせた。
その一番上に私も手を乗せる。
手を下に押し込みながら私が叫ぶ。
パッと放すのと同時にみんなでハモる
「倒すぞ!」
「「「魔王軍!」」」
叫ぶと同時に、燦めくステージへと飛び出す。
隊列を組み、私達とは逆の方向を向いた兵士達が一斉に勝鬨を上げる。
そのタイミングに合わせて上空を飛竜が12匹、編隊を組みカラースモークをひきながら私達の背後から前方へ飛んで行く。スピーカーなどの空中支援魔導器具を前線に送り届けるのだ。
バックバンドが加わり、オープニングテーマは更に過激な物へと変化していく。
今ステージの上には様々な人種が揃っている。
赤いの黄色いの青いの黒いの白いの。
人間、平民、お姫様。
獣人、神様もいる。
誰もが美女か美少女である。
バックバンドの娘達もだ。
全員、私の後宮に収められている娘たちだ。
彼女らとは肉体を通じて一心同体とも言える関係にある。
最高のメンバー達だ。
オープニングテーマに合わせて一般兵士たちが魔法で光る棒をダンスの様に一斉に振っている。私達が奏でる音楽に込められた、魔物を構成する魔素に干渉させる力に指向性を持たせ、飛竜達が前線へと送り込んだスピーカーを経由して魔物に届かせる。
騎馬隊が最右翼と最左翼から前方へ駆け出していく。荷台に設置された魔導器具から様々な色のレーザービームが飛び出し、夜の空に彩りを添えた。それを合図に、先行していった飛竜団が照明弾を射出する。
魔王城、そしてそれを死守するべく展開された魔王の上級幹部達とその軍団らが、照明弾によって暗闇から浮かび上がる。
彼らが私達の『観客』なのだ。
斥候部隊によれば、軍団最前列にいる盾役モンスター達はオープニングテーマだけですでに魔素化しかけている。ここは予定通り、魔王軍の戦力を一気に削ぎたい。
会場をトップギアまでアゲるべく、私達のヒットナンバーをセトリの一発目に入れてある。
ライブのオープニングテーマが終わり、代わって流れ出したイントロを聞いた兵士達が歓喜で絶叫する。
前方で制空権を確保するべく展開した飛竜団もノリノリでアクロバティックな空中マニューバを繰り出した。これは特に飛竜団の皆さんに人気がある曲なのだ。
そして今回の最大戦力は……私達が立つこのステージだ。
女の子が大体誰もが夢見るお城のようなデザインをしているが、その下部には男の子なら大体誰もが興奮するであろう大型キャタピラが複数取り付けられてる。
その駆動輪を制御する魔法陣に魔素が注入された。
私が号令をかける。
「ステージフォートレス『スターライトドリーム』! 前進ッ!」
ファンシーな外観をもつこの移動要塞型ステージは、 一旦動き出すとその圧倒的存在感で魔王城を蹂躙するのであろうと誰もが確信する。
私達の最後の戦いがようやく始まる。
イントロが終わり、Aメロへと入っていく。
「聞いてください!! 『 私の彼は飛竜ライダー』」!!!
……マク●スのパクリかな……。
自分の夢にツッコミを入れながら私は目覚めた。机にうつ伏せて眠ってしまっていたようだ。よだれが垂れていないかチェックする。頭を上げると夕日が教室を茜色に染め上げている事に気がついた。
春に開催したライブと似たような感じのある夢だったが、なんでところどころファンタジー風味なんだろうか。夏に公開予定のハリウッド大作映画のプロモーションの台本を読んでいたせいかな。
普段なら放課後はさっさと事務所に顔を出しに行くところだけれど、今日は完全にオフの日。
学校の先輩であるのと同時に、アイドルとしても先輩である叶真弓ちゃんと放課後デートの約束があるのだ。 近くのカフェでお茶をするだけの他愛もないデート。
でも彼女とは、ただそうしていられるだけで幸せになれるのだ。
真弓ちゃんとはまだ同じライブステージに立てた事はないけれど、さっきの夢の中には、なぜかいた気がする。きっといつか一緒にステージに上がりたいという願望と、さっきの台本がごちゃまぜになって、私の無意識が見せてくれた夢なのだろう。
チラッと腕時計を確認した。
約束の時間まで余裕がある。
……もう一眠りしようかな。
さっきの夢の続きがまた見れるかもしれない……。
妙ちくりんだけれど、なんか楽しそうな世界だったな……。
微睡む意識の中で、誰かが私を呼んだ気がした。