第6話 とりあえずはセーフハウスへ
膝の上にウルシュラちゃんを載せながら、用意されたお茶とお菓子を頂く事にした。
子供の体温は大人よりも高い。微かに着けているのであろうシャボンの香水が、甘い体臭とほどよくミックスされて私を蕩けさせてくれる。
クンカクンカするだけで幸せになれる。まるでアロマを垂らした湯たんぽを抱っこしているみたいだ。そのまま寝ちゃいそう。
普段ならまだスタジオでダンスの練習をしている時間帯だというのに。ここまで色々あったので、さすがに疲れてしまった。
「えー……。 ゆりか様はウルシュラを抱っこしたままで結構ですので、現在の状況をお聞きください」
やや不本意そうながら、ウサミミ隊員ユスティーナさんよりOKを頂きました。ウルシュラちゃん本人にも確認を取る。
「ウルシュラちゃんはこうされるの、迷惑かな?」
女の子大好きな私ではあるが、いたいけな少女に無理強いはしないのだ。幼女の前では紳士淑女たれ。
「迷惑じゃない。ゆりか様、お姉ちゃんみたいで嬉しい」
相変わらず表情に乏しい子だが、体重を遠慮なく私に預けてくれている事からして少なくとも嫌がってはいないようだ。
そしてお姉ちゃんとな!! なんと破壊力のあるパワーワードだろうか!! 動揺を隠しながら、優しいお姉ちゃん風にウルシュラちゃんへ微笑み返した。
「そっか。ありがとう。ウルシュラちゃんとも仲良くなれたら、私も嬉しいな」
そう言いながら彼女の金髪癖っ毛を撫でては、指に絡ませたりする。
「んー……」
ウルシュラちゃんが目を細めて、ぽすんっと頭を私の肩に乗せてきた。まるで猫のような子だなぁ。ユスティーナさんはウサミミ生えているけれど犬っぽい。
「ウォッホン!!」
わざとらしくユスティーナさんが咳払いをした。
ネストリ団長!
あなたの持ちネタ、パクられてますよ!
「ここは私が個人で所有しているセーフハウスの1つです」
強引に話を進め出した。
「騎士団には、今回私がどのセーフハウスを使用するかは伝えておりません」
『勇者様』は現時点では徹底的に隠蔽したいという事から、入念に準備が行われていた事が伺える。
「更に言いますと、騎士団が把握している私のセーフハウス情報は殆どがガセです」
なのでここが襲われる心配は少ないという訳か。
「残念ながら……騎士団の中に裏切り者がいる可能性は排除出来ませんので……」
悔しそうに表情を曇らせるユスティーナさん。抜けているようでいて、そこはやはり王宮魔道士。 政治的な戦い方はしっかりしているようだ。
「ではなぜここで変装しなかったのかと言いますと、王都に入った瞬間に勇者様反対勢力から妨害工作が行われる恐れがあったらです」
妨害工作に出くわした場合は、私はあくまでも『王宮に収められる踊り子』という立場で通す予定だった。身分証明にもなる入国手形は偽造品だが、公式発行された物だ。
さらには王宮内の勇者擁立勢の貴族にも事前に話を付けてある以上、反対派も表立って私を連れ去ろうなどとは出来まい。但しその場合、私はそのまま騎士団と共に王宮へ向かわざるを得ないハメになっていたのだ。
「ゆりか様にはもとより踊り子として王宮に入っていただく計画ですので、妨害があっても変わりはありませんが……その場合は、ゆりか様が必要となる情報が不足したまま、事態が進行する恐れがありました」
王宮に入ってしまうと、表向き、私に接触出来る人間が限られてしまう。通常であれば、踊り子を要請した貴族が使いの者を送り、踊り子を引き取るようなのだけれども……ユスティーナさんからすれば、賛成派ですら信用があまりおけない状況らしい。
かといって王宮魔道士たるユスティーナさんや、王宮騎士団のネストリ団長が一介の踊り子に面会するなど、自ら疑がってくれと表明しているようなものだ。彼女らが私に接触出来ないという事は、私が持つ情報が不足するという事。内部情報に疎い私が反対勢力に騙されて、事態が悪化する可能性もあった。
運良く妨害されなかったので一度セーフハウスに潜り、準備を整えた後、王宮に入る……と言う訳だ。
「で、 私はいつ王宮に入れば良いのかな?」
タイムリミットをまず確認してみる。なにをするにしても、デッドラインを決め、その中で効率よく行動したい。でないとアイドルと学生を兼業なんて出来っこないのだ。
「明日の日没後くらいを想定しています。明日は隣国の第三公姫さまが側室となられる日ですので、その後で多くの踊り子達も同時に王宮に収められます」
通常は王室が側室を迎えるにあたり、功労のあった臣下に踊り子を下賜するそうだ。これが隣国の第三公姫ともなると、ほぼ全員の臣下に踊り子を与えなくてはならなくなる。
通常よりも大勢の踊り子が一斉に王宮入りをするとなれば、私もそこに紛れ込みやすくなり、特定される可能性も減らせる。
「特に今回側室入りする方は……そうですね、ゆりか様にも説明しておいた方がよろしいかもしれません」
私が王宮入りした時の為にも、情報は多い方が良いと判断したのだろう。
「私達、リントゥコト王国と連合を結んでいる隣国、セルンド公国のスヴェンセン大公の三女。マティルド姫。マティルド・スヴェンセン。年齢は……12歳だと聞いています」
12歳!? そんな若い娘を側室にするの!? うらやましけしからんな王室!
「……スヴェンセン公国とは連合を組んでいるとは言え、私達リントゥコト王国に莫大な国債を買われていますので……実質属国のような扱いになっているのです」
晴れない表情で説明を続けるユスティーナさん。
「マティルド姫はまだ12歳ですが、王位継承順位5位をもっておられます。しかも大層美人で、剣術は達人級。 公国国民の人気も厚いと聞いています」
美人なお姫様で剣術の達人! 姫騎士かぁ。そりゃあ人気出るわね。
「公国としては、王国との関係性を向上させたいのでしょう。 マティルド姫を側室にしたいと、つい先日申し出てきました」
……国同士としてはそれは当然の外交戦術なのだろうが、 一個人としては恥ずかしいと思っているのだろうか。ユスティーナさんは苦渋に満ちた表情だった。
しかしそんな大事なお姫様を迎えるからこそ、下賜する踊り子は普段以上に多くしないと王室のメンツが保たれないって訳か。
「なるほど……ま、とりあえずまだ少し時間はあるって事ね」
多少余裕がありそうなので安心した。少し休憩がしたい。
「ねぇ、お風呂ってある?」
セーフハウスだからお風呂は無理でもシャワーくらいあればなぁ……と考えながら、一応確認してみた。
先ほどまでとは打って変わって、柔らかい表情に戻るユスティーナさん。
「ありますよ。ではお湯を張りましょう」
ちゃんと浸かれるお風呂あるの!? まじで!?
こういう場所ではたいてい水資源が足りなくて、お風呂といってもせいぜいお湯で湿らせたタオルでカラダを拭く程度の物だと覚悟していたのだが。
「ウルシュラ。 ゆりか様にお風呂の用意をしてあげて」
「んみゅ……はい」
ウルシュラちゃんはいつの間にか私に抱かれたまま寝てしまっていたようだ。ぴょんっと私の膝から飛び降り、眠そうな表情のまま、トテトテと隣の部屋へ歩いていった。
「あそこがお風呂場?」
そう尋ねた私に、何かいい事を思いついたかのようにパチンと両手を合わせるユスティーナさん。
「せっかくですので、 ゆりか様にもお風呂場の使い方をお教えしましょう」
ユスティーナさんが私の手を引いてお風呂場まで連れていった。なぜか恋人繋ぎで。愛い奴め。
「うひょー! 檜風呂みたーい!」
欧米のような、タイル張りの床に陶磁器のバスタブ……みたいなのを想像していたのだが。そこは日本風のとも違う、どちらかといえば北欧のサウナのような、木材で作られた空間だった。大きな浴槽もまた木材で組まれ、備え付けられている。
「ん~良い匂い~」
まるで旅館のような、良質なお風呂場に感動してしまう私。
「使われている木材が出す香りには、リラックス効果があるんですよ。 私の自慢のお風呂場です」
えへん! と胸を貼るユスティーナさん。という事は、この作りのお風呂はこの世界だとちょっと珍しいのかな。
「ではお湯を張ります」
そう言ってウルシュラちゃんが両手を浴槽の縁に触れると……。
すると! なんという事でしょう……! お湯がまるで湧き水のように底から湧いてくるじゃありませんか!
「ふう……少しぬるめにしました。好きな温度にゆりか様の方で調整してください」
ウルシュラちゃんが額に浮いた汗をメイド服のドレスエプロンで拭った。魔法を使ってMPでも消費したのだろうか。いや、この世界にMPという概念があるかどうかは知らないいけれど。
「ねぇ、こんなに広いんだし、みんなで入ろうよ!!」
この時の私の表情はとても下卑た表情をしていたのだろう。ユスティーナさんがもじもじとする。
「ゆりか様に誘われたのなら……しょうがないですね……」
ドン引きするかと思ったら、むしろ何かを期待しているようだ。
「ゆりか様とユスティーナ様と一緒にお風呂。 楽しそう」
ウルシュラちゃんもこれまた好反応。
ふふふ……ウルシュラちゃんの情操教育に悪影響しない程度にユスティーナさんと洗っこプレイしたろ!!