第5話 馬を下りた踊り子様
王都の検問では身分証明書とも言える入国手形の提出が必要である。私の手形もちゃんと用意されていた。『王宮に収められる踊り子 ユーリ』という身分で。
全員が検問をパスした所で隊列を組み直し、悠々と大通りを王宮方向へ真っ直ぐ進む騎士団御一行。
王宮騎士団の凱旋!! みたいな派手なイベントは一切なかった。
道行く人たちも慣れた物でわざわざ騎士団を見たりしない。私が日本でパトカーを見ても特になにも思わないのと同じように、ここの住民達からすれば、騎士団が目の前を歩いて行く事は日常的な光景なのだ。
反応するのは疚しい事がある人間か、気の弱い人。さもなければ元気のいい男の子が「わー!騎士様だ!!」と目を輝かせて手を振ってくるくらいか。
そんな男の子の夢の相手をするのは若手の仕事の様子。エディ団員が笑顔で手を振りかえした。
……正直なところ、検問を通るまで、私はまだ心のどこかでこれはやっぱり壮大なドッキリなのだろうと考えていた。その微かな望みは、城内に入った瞬間に全て打ち砕かされた。
現在は大体21時くらいだろうか。開いているお店は飲み屋くらいのものだろうが、それでも非常に活気にあふれていた。
様々な人種が往来している。白いの黒いの黄色いの青いの赤いの。ケモナー歓喜な感じの獣人も大勢いる。
建物はハリボテなんかでは無く、チラッと覗き見た路地裏にも、生活の気配がある。これが映画のセットならば、背景に大型のグリーンバックが当然あるべきで、タリーランプが灯ったカメラやモニタから漏れる人工的な光がそこらじゅうにあってしかるべきだが……ここにはそんなものは一切無かった。
ここは本当に異世界だったのだ。
はぁ……日本に……戻れるんだろうか……。今更ながら、心配になってきた。
真弓ちゃん、今頃心配させてないだろうか……。家族やマネージャーにも迷惑掛かるだろうな……。
アンニュイな気分に打ちひしがれていると、ネストリ団長が前列から私の所まで後退してくる。
「では 手筈通りに」
そうユスティーナさんに耳打ちをする。怪訝顔の私にも小声で囁いた。
「私たちは先に王宮へ戻ります。ゆりか様はユスティーナと行動してください」
大通りのど真ん中を闊歩していた王宮騎士団は、隊列を乱さないまま、ごく自然に道の右側へと寄っていった。先ほどまで隊列の中央にいたユスティーナさんと私が騎乗している馬がいつの間にか、一番右側まで移動している。
『静かにしててね』というジェスチャーをユスティーナさんがウインクと共に送ってきた。うーん。とてもキュート。
騎士団が外側からの視線を全て遮断した絶妙なタイミングで、ユスティーナさんが私の手を引いて馬から滑り降りた。
そのまま路地裏の更に奥の裏へと突き進む。時々止まったり、左に行ったかと思えばぐるっと元の位置に戻ってきて、また右へ進んだりしている。追跡が居ない事を確認してるみたいだ。
なんというスムーズな動き。まるでプロの誘拐犯のようだ。
実録系バラエティ番組の再現ドラマを思い出す。まだ無名だった頃に誘拐グループの一人を演じた事があるのだ。演じた悪役はそれっきりだったけれど、あれは楽しかったなぁ。
日本に戻れたら……また悪役のオファーも受けて見るよう、事務所に掛け合ってみるか……。
やがてボロいアパートの様な建物の側にある小さな扉へと私達は滑りこむ。中ではメイド服っぽい衣装を着た女の子が一人、リビングでお茶の用意をしていた。
小学校中学年くらいに見えるその子は、ウェーブがかかった癖っ毛な金髪をボブにしている。一見表情に乏しく眠そうな顔をしているが、その瞳の奥はこの世の全てを知り尽くしたいという好奇心に満ちあふれているようだ。
そして目を引くのは、艶やかな小麦色の肌。
褐色金髪少女メイドキタコレ!!!
「ふぅ……。ただいま、ウルシュラ」
これで一安心ね、という柔和な表情でユスティーナさんが女の子に声をかける。
なんか久しぶりに母性溢れるウサミミ隊員を見た気がする。まぁずっと私が甘えさせていたせいなのだが。
ウルシュラと呼ばれた少女がトテトテと歩いてくる。うわあ……抱きしめてprprしたい……。
「ユスティーナ様。おかえりなさいませ」
そして私に向き直り、両手でスカートの端をちょんと持ち上げ、一礼をする。
「ようこそ、勇者様。お茶の用意が出来ております」
そのあまりの尊さに、さっきまで私を支配していたおセンチな気分が一瞬で吹き飛んだ。
私、日本に戻れなくても別にいいや!!!




