第33話 この謎私のからまわり
私が現在いるリントゥコト王国の王位継承順位2位であり、マティルド姫を側室に迎えたイェルク第二王子。そして王国重鎮ヴァッサ侯爵の次男アグリコラ。
この両者は王宮首席魔道士であるユスティーナさんの進言により、拘束されている。
翡翠の間にて起こった惨劇の収拾は王宮騎士団及び近衛騎士団に任せ、国王ご家族、スヴェンセン公国の大公のご家族、ヴァッサ侯爵など王国及び公国の重鎮、そしてヴァルキュリア戦術に関わった私達は国王の執務室へと案内された。
「なぜ息子が拘束される事になったのだ……」
ヴァッサ侯爵は、彼にとっては理不尽に拘束された息子の為の怒りを抑えながらも、事態の重さを理解しているようだ。それは息子であるアグリコラも同様で、冷静に沈黙を貫いている。
この二人は勇者賛成派の筆頭であり、当初私を踊り子として王宮に侵入させる手はずを整えていた人物達だ。なぜこのような事態を招いてしまったのかは今後の調査に任せるとして。ユスティーナさんが拘束せよと言うくらいだ、少なくともアグリコラは黒なのだろう。しかし泣き喚かず、静黙している姿は、敵ながら好感が持てる。
それに比べてイェルク第二王子は……。
「俺は悪くねぇ! つか何も知らねぇよ! 早く離せよ! そこの無礼な異世界人と兎女をひっ捕らえて打首にしてくれるッ!!」
翡翠の間で最初にみせたイケメン感は全く鳴りを潜め、泣き叫び喚いている。鬱陶しいったらありゃしない。いかにも権力を振りかざす無能な貴族といった程だ。こんなのにマティルド姫が側室入りするとか……ヘドが出そう。しかも私の事はともかく、ユスティーナさんを兎女呼ばわりとはねぇ……打首ねぇ……。
「ふざけんなっ!!」
耐えかねた私はイェルクに近づき、掌底をその顎の真横に叩き込んだ。
「ぐひぁっ!」
脳を揺らされて地面に沈むイェルク。追加で蹴りを入れようとしたけれど、横のマティルド姫がそれ以上はいけないとでも言いたげな視線を私に向けてきたので、思いとどまった。
「……勇者ゆりか様……ありがとうございます……そして、大変申し訳ございません……」
息子がぶち倒されたというのに、国王と王妃は頭を下げてきた。私も慌てて腰を折る。
「私の事はともかく、ユスティーナさんが侮辱されるのは許せません。……とは言え、イェルク王子を殴ってしまった事は……申し訳ありません」
言うが早いか、お互い同時に顔を上げてしまいお見合い状態となってしまった。国王が苦笑いをしながら、私の肩を優しくポンポンと叩く。まるで戦場で騎士を褒め称えるかのような動きだ。
「しかし……いい打撃だった。アレはあんなでも一応訓練は積んでいるのだがな。縛られていたとは言え一撃とは。ゆりか様はやはりなにか武術を嗜んでおられるのか」
多分、私に関する調査報告書では、私こと「富士見ゆりか」は魔法も剣も武術も出来ないと報告されているはずだ。実際出来ないし。これから習うつもりではあるけれども。なのに良い掌底を繰り出した。怪訝に思われるのも無理はない。
うーん、かと言って、正直にバラエティ番組の女性向け護身術紹介コーナーで教わっただけだなんてとても言える空気じゃないよね……。
翡翠の間でマイクスタンドを刺股のように構えていたけれど、あれもそのコーナーの一貫で習っただけ。当時女性アイドルが刺された事件が発生したので、護身術番組に参加したのだ。
刺股自体は、一本や二本だけではあまり意味をなさない。けれど教えてくれた人は元々自衛隊の方で、番組収録後に「実戦的な戦い方」をいくつか伝授してくれたのだ。『逃げられるならさっさと逃げろ。どうしても駄目な時ようの技術である事を忘れるな』という注意事項と共に。
それが先程打った掌底であり、翡翠の間では使わなかったけれど、刺股を杖術のように使う方法だ。元を辿ると米軍の銃剣格闘術に行き着くらしいので実用的ですな。
しかしそんな事を言ってもしょうがない。
「……ビンタを打とうとしたらいいのが一発、偶然、入っただけですよ」
誤魔化しておいた。国王は元著名な剣士だと聞いているので、騙されてくれないかもしれないが……。
「……そうか。ゆりか様の夫となられる方は浮気は出来ないな」
わっはっはと笑って乗ってくれた。 やっぱ良い人だな。しかし男性と結婚は無いね。私は女の子と結婚したいのです。
「う、うーん……」
青ざめたまま、ユスティーナさんが目を覚ました。起き上がろうとする彼女を、弟子であるウルシュラちゃんが支え魔力を注ぎこむと、顔色が徐々に良くなっていくのがわかる。
落ち着いた頃合いを見計らい、国王が口を開いた。
「ユスティーナよ。 そなたの言う通り、二人を拘束した。その理由について教えてはくれまいか」
跪つき、国王の許可の元、ユスティーナさんが立ち上がり説明を始めた。
「先ほど翡翠の間で私が使った新型魔法『スキャン』……これは物質化した魔素を標的にする物です。しかし人体や魔導器具にも多少の魔素が含まれていますので、一定以上の濃度にのみ反応するようにさせています」
そう言って、手のひらを天井近くにある照明の魔導器具とウルシュラちゃんに向け、『スキャン』を放った。器具とウルシュラの頭上に、先程と同じような魔法陣が展開される。ウルシュラちゃんが動くと、そのマーキングも一緒に移動した。
「いまは魔素濃度を0.5%で反応するように設定しました。だいたいコレくらいが人間及び一般的な魔導器具が内包する魔素物質の量です」
『キャンセル』で、先程まで展開していた魔法陣を消しさったユスティーナさんは、鎮痛な面持ちで続ける。
「ですが、翡翠の間では魔物向けの濃度設定で実行しました……50%です」
それはつまり……。
その場にいる全員が、その意味を理解したのか。ゴクリと、誰かがつばを飲み込む音が聞こえた。
「つ、つまり……イェルクとアグリコラは……」
一同を代表するかのように、国王が震えた声でその質問を絞り出す。
「はい……ほぼ、魔物です」
事情がわかるまで、イェルクとアグリコラは幽閉。ヴァッサ侯爵は責任を負うためと要職を辞した。
表向きには、この三人は翡翠の間の惨劇で心身共に損傷を受けたゆえの休養である、という事になった。
そこらへんは、私に干渉出来る要素は無いので、全て他人任せである。しかし一つだけ、なんとかしないといけない事がある。
マティルド姫だ。
マティルド姫はここ、リントゥコト王国へ側室入りした隣国スヴェンセン公国の王女である。その相手は、今回幽閉となったイェルク第二王子が国家反逆罪に問われる可能性がある以上、よくて修道院で一生幽閉、最悪処刑という措置が取られる。
しかし嫁いでからまだたったの1~2週間しか経っていない。そもそもそんな事をしたら公国国民感情が許さないはずだ。隣国のバカ王子のせいで俺たちの姫が処刑とかふざけんな! 戦争じゃあああ!!! となるのは目に見えている。私が公国国民ならまっさきに王国に殴り込みに行くね。
それに関して話があると、公国公妃……つまりマティルド姫の「こちらの世界の」母親であるマリーイ様からの使者が、そろそろお風呂に入ろうと思っていた私のところへやってきた。使者以外には私しかおらず、そして他言無用とのご達しだ。
初めてマリーイ様を見た時に、ユスティーナ姫が言っていた『お母様には気をつけて』との言葉を思い出す。気を引き締めていかねばならない。
予備の勇者制服を着込み、いつも以上に丹念にお風呂をして、たっぷりと香油を使った。相手に警戒心を与えない装いだ。そして腰にはシニッカさん経由で王妃さまから頂いた短剣を忍ばせた。
いざ行かん、女の戦場へ。
マリーイ様が泊まっている王宮の部屋の前までやってきた。事前に人払いは済ませてあったのか。フロアには誰もいない。
不気味なほど静かな部屋の門横のベルを揺らすと、暫くして別のベルがチリリンっと鳴った。部屋の防音性が高い作りとなっている為、チャイム代わりという訳だ。
「こんな遅くに呼び出して、ごめんなさいね、ゆりかちゃん」
部屋中にむわっと香るエロティックな匂い。その匂いにつられて天蓋付きのベッド側の椅子に腰かけているマリーイ様へ私は視線を向けた。
熟れながらも張りのあるボディを包む、柔らかそうなシースルーのベビードール。マティルド姫のよりも色が濃い目で、やはり美しく豊かにうねるゴールドピンク色の長髪を太い三つ編みにして束ねていた。
それらに負けないくらい柔らかそうな笑みは美しさ、可愛げと色気がたっぷり。それぞれの異なる魅力は、しかし相殺せずに存在している。
「ねぇ、そこに立っていないで。 ここに来て、お茶でもしましょうよ」
色々な意味で緊張している私を見て、うふふっと笑う。その笑い方は、やはりマティルド姫と似ていた。ポンポンと、マリーイ様は、自分の横……ベッドの上を叩いた。そこに座って、という意味らしい。
一体どういう事なんだろうか……しかし私の勘が告げている。
マティルド姫の言う「気をつけて」の意味を、勘違いしていたと……。




