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第31話 キャットウォークで踊ろうか

「勇者ユリカ=フュジーミさま、及び、マティルド・スヴェンセンさまのご登場!」


『勇者ゆりか様お披露目パーティー』の司会役の声に合わせて、王宮の翡翠の間に設置されている舞台へと一歩踏み出す。私の名字である富士見はこの国の書き文字から発音するとフュジーミになってしまうらしい。



「姫、お手を」


 そう言ってマティルド姫へ手を出し述べる。


 このようなパーティーでは主賓クラスの女性は男性にエスコートをしてもらうのが常だそうだ。本来であれば私もエスコートしてもらうべきなのだけれど、勇者という立場もあり、自然と今回の立役者であるマティルド姫を伴って舞台へあがる事となった。


 湧き上がる拍手。広い会場を見渡すと、誰もがこちらを見ていた。あちこちから称賛の声が聞こえてくる。


「あれがゆりか様?」

「素敵……」

「わ、わたくしぜひお近づきになりたいわ!」


 そんな貴族の娘さん達からの声に、思わず笑みが零れてしまう。


 勇者制服を着て、髪の毛をふんわりとボリューミーに結ったポニーテールにして、マティルド姫をエスコートしている。準備を手伝ってくれていたメイドさん達やユスティーナさんに拠れば、そんな私の姿は十分に貴族の子息に見えるらしい。


 実際には女の子達に褒められてニンマリしているだけなのだけれど、さすが私。猫被り技術半端ない。側から見れば優雅に見えるらしい微笑を浮かべると、さらに黄色い声が上がった。



「踊り子だと聞いていたが……異世界では貴族だったのではないか?」

「立派じゃないか……愚息にも見習ってほしいものだ」

「家の息子を紹介しようと思ったが……あれでは釣り合いが取れるのが王族だけになってしまうな」


 貴族の当主達からもそんな声が聞こえてくる。息子さんよりも娘さんを紹介して頂きたいですな。貴族というのは、前の世界の物語から考えると、大抵はこう、ぶくぶく太ってていかにも私利私欲まみれな姿なのを想像していたけれど……いや、そんなのも会場に何人かいたけれども……大多数が見目麗しい。


 マティルド姫曰く、現在は近親での結婚が禁止されている事と、近年の王国や周辺国家の王族達の見た目がレベルが高い為、貴族たちも内面はともかくとして自然と見た目に気をつけるようになった結果らしい。


 舐められない程度に場慣れ感を出しつつ、でしゃばり過ぎないほどよい軽さの演説を済ませ、そのままパーティーの間へと降りる。


 私の召喚者であるユスティーナさんとその愛弟子であるウルシュラちゃんも、そこで私達に合流した。

 二人共魔道士なので、ここではローブ姿だ。今回はウルシュラちゃんの王宮魔道士の弟子としての身分発表の場も兼ねているので、公式な場面でのローブ姿は初披露らしい。


 赤ずきんちゃんみたいでウルシュラちゃん可愛い!



 そこからは国賓や国の重鎮たちから挨拶の猛攻が始まった。


 マティルド姫とユスティーナさんからからは、絶対に単独で行動してはいけない。単独で行動した途端、有象無象の貴族たちから狙われるぞ……と脅されていたけれども、今ですら囲まれているのに単独行動とか怖くて出来ません。


 紹介された人物達の中で、特に重要なのがまずこの国……リントゥコト王国の国王と王妃に第一王女。そしてマティルドを側室に迎えた第二王子。マティルド姫をかっさらった悪人共め! と憤慨していたけれど、いやはや、気がよく、気品のあるご家族でした。第一王子や第二王女が居なかったけれど、テロなどを警戒して一同に出現する事は稀だそうで。


 そして当初私を踊り子としてこっそりと王宮に迎える予定だった『勇者擁立派』の先陣ヴァッサ侯爵とその次男。好色なエロ貴族を想像していましたが、申し訳ございません。重鎮と呼ばれるだけあって、すくなくとも見た目は立派でした。



 そしてマティルド姫のご両親であり、隣国スヴェンセン公国の大公と公紀。年齢が想像出来ないほど若々しくみえる美しいお二人だ。


 特に公紀様であるマリーイ様! 何人もの子供を生んだとはとても思えない美しい女性だった。ふんわりとした雰囲気を纏い、ドレスの上からも香り立つ大人の肉感的なボディが、私をそそる。


 色気たっぷりなマリーイ様に、珍しく私がクラクラしてしまった。


「なんでお母様が……?」と、横に立つマティルド姫が緊張しているのが、繋いだ手越しにわかった。何を緊張しているのか分からないって顔の私の耳元でひっそりと告げる。


「お母様には……十分ご注意ください」




「ようこそ、我らの世界へ。勇者ゆりか様」


 一通りの形式張った挨拶を済ませ、その表情を緩ませるスヴェンセン大公と公妃。


「マティルドも、今回の戦果は聞いている。大変ご苦労であった。そなたが人類の希望の灯火となれる事、嬉しく思う」


「ありがとうございます、お父様」


 お姫様の見本、という感じでマティルド姫がお礼をする。


 会話をしている大公も、国王というよりは騎士って感じで、若々しくてかっこいいじゃない。さすがマティルド姫のお父様! リントゥコト王国の国王とは年齢が近いせいか、わりと仲良く喋っている気がする。もう少し険悪な感じを想像していたけれど、噂とはまた状況が違うのかしら。



「ゆりか様……本当に、マティルドと雰囲気が似てるわね」


 国のトップの男達だけで喋りだし、暇になったのか、マリーイ様がうふふっと、極上の大人の笑みで、私に話しかけてきた。


「ねぇ、このような頼み事は失礼かもしれませんが、あなたの事は他人に思えません。抱きしめてもよろしいかしら?」


「え、ええ、光栄です」


 私はなにを緊張してしまっているのか。他の大物達には自然に振る舞えるというのに。これはあれか。彼女の母親に紹介してもらう時の緊張感に似ているアレか。マティルド姫の「こっちの世界の母親」とは言え、どことなく、以前の真弓ちゃんの雰囲気が感じ取れる気がするのも緊張の原因かも。包み込むような大らかさとか、甘えたくなるような体臭とか……。


「それじゃあ、はい、ぎゅー」


 そういってマリーイ様に抱きしめられてしまった。ああ、香りにジンっと下半身が疼いてしまった。母性よりも女を感じさせる抱きしめられ方だ。


「んー、やっぱりマティルドと香りが似ている気がするわ……」


 抱きしめた私の首元にその顔を埋め、そう呟くマリーイ様。


「うちの娘の事は多分もう彼女本人から聞いていると思うけれど……これからもよろしくお願いね」


 私のあごを自然に持ち上げ、目を合わせて語りかけてきた。高圧的にも見えるその態度は、しかし私を忠実で信頼出来るからこその動きにも思える。それに答えるのが、マティルド姫の嫁(自称)をする私の役目だろう。


「ええ、お任せください! マリーイ様!」


 母性と女、どっちも感じ取られるようなその笑みに戸惑いながらも、堂々と答える私。


「やだー! 本当に可愛い子ね!」


 キャーといいながら、再び私を強くその胸に抱きしめるマリーイ様。


 ちらっと横を見ると、私とマリーイ様が近づく事を不服そうな表情で見ているマティルド姫が視界に入った。こんなに素敵なお母様なのに……そんなに警戒するべきなのか……気をつけておこう。




「よう、ユーリ……いや、くくっ、ゆりか様?」


 そんな皮肉ぶった声に振り向くと、ヴァルト氏、シニッカさんとセラさんが居た。国のトップ連中からしばし離れ、ドリンクを取りに行こうとした矢先だ。場面を読むタイミングは流石といえる。


「やめてよね、ヴァルト氏から『ゆりか様』と呼ばれるとか皮肉にしか聞こえない」


 マティルド姫の分のドリンクも従者から受け取りつつ、彼らに振り向く私。踊り子商会タンシャージャで一緒に演劇を行ったかつての戦友達の姿に、一瞬だけ踊り子ユーリに戻れた気がする。彼らには、私の普段の口調で接したい。


 そんな心情を察したのか、くくっと肩を潜めて笑うヴァルト氏。


「ソルヤちゃんがお前さんの劇を見て感動していたぞ。暇になったらまたカフェへ行くと良い」


 お、ちゃんとチケット渡してくれていたんだ。そのあと劇場から出られなくなっちゃってソルヤちゃんには全く会えなかったからねぇ。



「ユーリ、カッコいいねえ! 今度はユーリを主役にユーリ主演で舞台作らせてよ!」


 そういうのはシニッカさん。タンシャージャで舞台用魔導器具の開発や、演劇方面などを総合的に担当している。やだよ本人役とか……。


「そうそう、前回の舞台の時に開発したマイクとスピーカーを小型化して今回のパーティーに導入してみたけれど、どうだった?」


 先程私が演説した時に使ったあれか。マイクの使用は慣れていたので気にし無かったけれど、あれはもともとこちらにはなかった物だったのね。マイクスタンドにマイクという私の世界でも一般的な形になっていたから使いにくいとか全く思わなかったよ。あの形をシニッカさんに教えたのは私なのだから、当然と言えば当然なのだけれども。


「ユーリ様、お久しぶりです」


 そう語るのはセラフィーナさん。私は彼女の事をセラさんと呼んでいる。 もともとは踊り子としてこっそり王宮に潜入する予定だった私のサポートとしてヴァルト氏がつけてくれた踊り子だ。 公演で重要な脇役を一緒に張った事もある。今は某貴族の踊り子として王宮に入り込み、ヴァルト氏のスパイとして活躍しているはずだ。


「セラさん、どうですか、王宮は……その……一緒に入る予定だったのに、申し訳ありません」


「お気になさらず。私が王宮へ入るのは元から予定されていた事ですから。色々と情報が入ってますので、そのうちユーリ様にもお裾分けいたしますね」


 にっこりと笑うセラさん。うおおどんな情報仕入れたんだろ、こわっ! そのうちマティルド姫の諜報部隊にも横流ししよっと。




 主たる参加者たちの挨拶が概ね終わった頃合いなのか、軽快な音楽が会場に流れてきた。自然と来場者達は会場の中心から離れ、私達に期待の目が来る。


 なるほど、主賓がまず踊り出すべきなのね?


「姫、一曲踊っていただけませんか?」


 エスコート役の私だ。当然誘うべきマティルド姫の前に跪き、改めて手を差し出す。


「ええ、喜んで!」


 さっきまで……というか母親であるマリーイ様の登場でややふくれっ面していたマティルド姫がはにかんだ。こうすると12歳のお姫ちゃまにしか見えなくて可愛いなぁ。しかしマリーイ様素敵なのにね。なんで警戒する必要があるのだろうか。


「……ゆりか様、お母様の事を考えてます?」


 前言撤回、精神年齢32歳である事を忘れかけていた。ジトッと見つめられてしまい、はぐらかすように彼女をホールへと案内する。


 私達が踊り出すのを見て、他の来場者達……特に国王夫婦や大公夫婦などトップの人々も踊りだす。貴族のパーティーって感じで楽しい!


 私もマティルド姫もダンスは得意なので、思わずアクロバットな動きをしてしまった。拍手喝采である。

 姫から怒られてしまったけれど、楽しそうなのでよしとしたい。



 暫く踊りを堪能していると、肉塊がべちゃりとするような、鈍くカラダの芯へと響く低音が会場のあちこちから沸いてきた。


 え、なになに、酔っぱらいでも倒れたの?


 そう思うよりもはやく、悲鳴が鳴り響いた。



「魔物だぁあああああ!!!」


 自然とマティルド姫を守るように彼女を抱きしめ、周辺に目を凝らす。


 多数の魔物が、会場のあちこちに突然現れていた。まるで公演の時のように。

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