第30話 水の器と陽の花に溺れた日
昨日まで色々あった割には、快適な朝を迎えられた。昨夜、久しぶりに集中してダンスレッスンを行えたのが良かったのだろうか。
ダンスレッスンと、マティルド姫……真弓ちゃんからえっちなお預けを喰らい再びかいてしまった汗を流すべく、その後もう一度お風呂場へ向かった。魔導器具を扱えない私だが、運良く浴場にはまだお湯が残っていた。その後部屋に戻り、パタンと眠り込んでしまったようだ。
朝のストレッチと、散歩がてら勇者府周辺を警備している王宮騎士団の皆さんへの挨拶を終えたあたりで、食堂に呼ばれる。
現在のヴァルキュリア戦術に携わるメンバーがここで揃った。セルンド公国のマティルド姫。兎人族かつ王宮魔導士であるユスティーナさん。ユスティーナさんのメイドかつ愛弟子であるウルシュラちゃん。そして私、富士見ゆりか。
この4人で、マティルド姫の執事であるセバスチャン氏の給仕を受けながら朝食を共にする。主な話題は当然、午前中に行うマティルド姫とウルシュラちゃんのタッグでのヴァルキュリア戦術の連携試験。そして夜に行われる『勇者ゆりか様公表パーティー』だ。
「今夜パーティーを行うという割には、静かだよね」
今朝の散歩でも、周辺は静かだった。とても国王や国賓を招いてのパーティーの準備が進められているようには思えない。そんな私の疑問に答えるのはユスティーナさんだ。
「今回のパーティーは、王宮の翡翠の間で行われる予定ですからね」
翡翠の間……重要な外交に関したパーティーを専門に執り行う広間の事らしい。
「パーティー自体はゆりか様の召喚に成功すると確信されていた時点で予定されていた物ですが、公演でのフェンリル対決、そして昨日のヴァルキュリア戦術の戦果……ゆりか様が事実、勇者様であると判明した以上、当初予定していたのよりも盛大に行うと聴いています」
これで王宮内の勇者支持派は国内で。そして王国自体は他国及び王国連合内で更なる発言権を得る事になるだろう。逆に言えば元反対派は今は窮地に陥っているはずだ。王都に入った時のような妨害は考慮するべきなのだろうか? そんな不安から私を安心させるようにユスティーナさんが微笑む。
「ゆりか様の王宮侵入を妨害していた派閥も、今となってはほぼ支持派に回っていますし、暫くは安泰と言えるでしょう」
私がタンシャージャでの公演の準備をしている合間に、彼女は貴族内部の調査を行っていたのだ。
例え召喚成功自体は偽りであっても、王国が正式に勇者として公表した以上、よほどその者が無能でも無い限り、政治的バランスは擁立した側へ大きく傾くだろう。擁立派は国王を中心とした一派であり、その力を削りたい側も自ずと絞れて来る。反対派は『勇者』の王宮入りを妨害するなり、殺害するなりの手段を構築していた。もし優秀であれば、あるいは自分たちで擁立してしまうのも手であった。
しかし勇者が本物であると判明してしまった今では、そのような行動は自分たちの首を締める。 屈辱的ではあるが、政治的な闘争の中では表向きのプライドなんて邪魔なだけ。元反対派の目下の関心事は、いかに全力を尽くして勇者擁立派に取り入れられるか……というところだろう。
「なので遠慮なくパーティーを楽しんでください」
いやいやいや、そんな大事なパーティーで、しかも自分が主役みたいなものでしょ? 楽しめないだろうし、そもそも外交儀礼とか私、全くわからないよ? アイドルなので大勢の前で喋ったり、社交的な場に顔を出すのは苦痛ではないけれど……国同士貴族同士の利権や思惑が錯綜するような場所で楽しめるほどの胆力はございませんよ?
「そこはご安心ください。 ゆりか様にはユスティーナ様と私がつきっきりでお世話しますので」
そう語るのはマティルド姫。 他人が居る場面では、彼女は私を『ゆりか様』と呼ぶ。 始めはこそばゆかったが、今はその方が助かる。 そうしてくれた方が、彼女をマティルド姫として扱うべきか、真弓ちゃんとして接するべきなのかが分かり易いのだ。
「外交儀礼や国内の有力貴族達、そして主な外賓などは、私がその都度、イメージをゆりか様に送りますので」
マティルド姫とはお互いに翻訳飴を交換しあっている。言語の翻訳のみならず、飴を起動した者へ、その者が知り得ない事象の伝達も可能なのだ。 姫として政治的戦略を徹底的に教え込まれている彼女がずっと傍にいてくれるのなら、パーティーでも心配は要らない。ならば素直に楽しんでしまおう。
「では、そろそろ連携実験を行うとしましょうか」
食後のモーニングティータイムでややまったりしたあと、マティルド姫とウルシュラちゃんのヴァルキュリア戦術の実証実験を開始する。 主な確認事項は、魂だけ勇者召喚されたマティルド姫にも、私と同じように魔素干渉力を他人へ共有が可能かどうか、というところだ。
マティルド姫が勇者である事は極秘事項であるので、カモフラージュとして実験中は私も横で口パクで歌っているフリをする。 多少は結果に影響を及ぼしてしまいそうだが、致し方がない。
実験の仕方は昨日と同様。 マティルド姫が魔素甲冑を着たネストリ団長と近接戦闘を行い、ウルシュラちゃんが遠距離から無人の魔素甲冑に対して広範囲の魔法攻撃をしかける。
結果として、マティルド姫には私と同じように魔素干渉力を他人に共有する力があると分かった。私との組み合わせより数値は多少劣る物の、十分な対魔戦力となりえるようだ。つまり彼女も勇者と言えるのだ。この事実は今後、政治的な駆け引きで大きな役割を持つ事であろう。
疑問として残るのは、私とマティルド姫の組み合わせで数値が単純に二倍とならなかった点だ。そこの解明は今後の実験に期待したい。
ヴァルキュリア戦術のデータが増えたの同時に、魔素干渉力の共有に関する謎も増えるばかりなので、ユスティーナさんはやや不満げな様子。次のステップとして、マティルド姫、ウルシュラちゃんと私の三人組の実験も行いたかったようだが、夜のパーティーに向けた準備に入らないといけない為、お昼をもって実験は一旦終了である。
大抵の事は自分一人でもさっさと準備出来る私とマティルド姫だが、さすがに重要な外交パーティーの前とあっては用意するべき物も多く複雑な衣装の着付けもあるので、時間もかかる。私の準備のお手伝いとして、何名か侍女さんを付けてもらった。
沢山のメイドさんに! ご奉仕されちゃうぅううう!!
私の面倒を見てくれるメイドさんズ……いや、侍女3人は、全員マティルド姫のお世話掛かりとして、彼女が幼少の頃から面倒を見てくれていた方たちである。
「私の配下の者のほうが、ゆりか様の好みに合わせやすいと想いますよ」
王宮の侍女を派遣してもらっても良かったのだが、せっかくのマティルド姫のご厚意だ。ありがたく受け取りたい。
私はこちらの世界の人間では無い以上、髪型や着付けなど、こちらの人間の好みとは大きく違うだろう。 郷に入れば郷に従えという考え方で、王国流に合わせたセッティングにしてもらった方が良いのでは? と疑問を呈してみたが、『異世界からの勇者』感をアピールするのでれば、多少の違和感はむしろ都合が良く、ならば好みを優先しちゃいましょう……という、マティルド姫とユスティーナさんの判断に従った。
私がお世話をされる間は、ウルシュラちゃんがつきあってくれる。彼女がいないと、メイドさん達と意思疎通が行えないからだ。
私に充てがわれたメイドさん3人は、侍女さんでは無く、確かにメイドさんであった。 イメージ通りの完璧なヴィクトリアンメイドさんである。ウルシュラちゃんに初めて会った時も、彼女は似たような衣装を着ていたけれども、ここまで完っ璧なメイド衣装では無かった。元からこの世界にあった侍女衣装に、マティルド姫が趣味で更に手を加えたのだろうか。
「ゆりか様は……髪の毛がとても美しいですわ」
オルタンシアさんがうっとりと呟いた。
私は全裸でお風呂場にいる。衣装をしっかり着用したメイドさん2人につきっかかりで全身のケアをしてもらっているのだ。自分で出来ると一度断ったものの、今後の為にも慣れておきなさいとマティルド姫から押し付けられる形となったのだ。
オルタンシアさんはメイド3人組の中では最年長……とは言ってもまだ20代後半であろう……とても落ち着いたお嬢様風味な方で、私のいた学校のOGと言っても通用しそう。上級生にいたら人気のあるお姉さまトップ10入り間違いなしだ。そんな彼女に背後からまるで恋人の頭を愛撫するかのような優しい手付きで髪の毛を洗われて、私もうっとりです。
とは言え油断は禁物。この3人がどこまでマティルド姫の真実を知っているのか分からないので、言葉を選びながら喋ざるをえない。
「こちらの世界だと、黒髪って珍しいの?」
「ええ、 王国連合に所属していない南方の島国の住民も、大層美しい黒髪を持っていると聞いておりますが……」
オルタンシアさんが、私の肩や首をマッサージしながら答える
「肌色も濃いと聞いておりますわ。 ゆりか様のように白くてキメ細やかなお肌を持ちながら黒髪というのは……そうですね、珍しいかと想います」
となると、ウルシュラちゃんはその南方の出身ではないのだろう。 彼女は褐色の肌を持つが、金髪だ。そのウルシュラちゃんは私の隣でメイドさん3人組の1人であるキラスベアさんからケアをしてもらっている。 ウルシュラちゃんはまだ9歳。ムダ毛を処理する必要がないから1人でも問題ないと判断されたのだ。
「そう! なんでこんなにお肌が綺麗なのか気になります!」
私の下半身のムダ毛を処理しながら、元気よく質問をするのは最年少の……15歳くらいのソルシッケさん。 元気が取り柄の明るい印象の娘だ。こういう元気で無垢っぽい感じの後輩は……大体あれですよ。純情な顔してウブなお姉さま達に近づいていく肉食獣なんですよ。そんな歳下の女の子にお風呂場でムダ毛処理されるという行為に無性にこうふn……いや、恥ずかしいです……嘘です興奮しています。
「もしかしてゆりか様も、元いた世界では貴族さまだったりします?」
ソルシッケさんは6歳の頃からユスティーナ姫の友人っぽいポジションで彼女のお世話をしていたらしい。 言葉使いがややフランクなのを許されているのはそれが原因だろう。 私はむしろその方が楽であるけれども。
くすぐったいのと興奮する気持ちを我慢しながら答える私。
「いや……普通に学生をしながら、アイドル……あ、踊り子みたいな事してたよ」
え! と驚くメイドさん2人。 学校というのは、こちらの世界では貴族と、数少ない非常に優秀な平民のみが通える場所だ。ここの踊り子の身分はそこまで低くないとは言え、学校に通えるような平民がなるような職業ではない。 となれば、貴族でありながら踊り子をするという非行不良娘なのだろうか……とでも思ったに違いない。タンシャージャのヴァルト氏と同じ勘違いをされそうになったので、慌てて訂正する。
「いやいや、 私の世界では平民でも全員学校に行けるんだ。 ごく普通の平民ですよ平民」
平民ならば踊り子に憧れて、それを職業とするのは理解が出来るのだろう。 しかも私がタンシャージャの公演にも出た事は彼女達も知っていた。
「ゆりか様は、元の世界では有名な踊り子だったのでしょうねぇ。それならばこのきめ細やかなお肌も分かるなぁ」
トップクラスの踊り子なら、お肌のケアも貴族並にしているに違いない……
と納得が行ったような表情をしたあと、急にいたずらっぽい顔になるソルシッケさん。
「ほらっ、つるつるになりましたよー!」
「……別の場所も、マッサージいたしましょうか?」
……あれ? なんか二人の視線が妖しさを増した気がする。そう言えばこの二人はユスティーナ姫のお付きだったか……つまり……つまり?
もしかして、マティルド姫の言う、私の好みに合うってのは……。言われてみると、3人とも私好みの顔つきをしている。
「え……っと、じゃ、じゃあ、お願い……しちゃおっかなー」
メイドさんに弄ばれるとか浪漫じゃない? 背徳的じゃない? 無意識に物欲しい視線を、鏡越しにオルタンシアさんに流してしまったようだ。それを感じ取ったのか、二人が本気を出してしまい、私はそのままユスティーナ姫直伝のメイド術のご奉仕に身を委ねてしまった。
そんな私達3人には、我関せずという体で、ウルシュラちゃんのケアを続けるキラスベアさん。
「……かゆいところはございませんか?」
「うーん、耳の上ー」
マイペースな2人の横で責められるのも、また興奮度をあげるスパイスになったのであった。
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