第29話 鏡が映すふたりなら
お風呂から上がり、軽い晩餐をみんなで摂ったあとは自由時間とした。
国王や王国連合の大使、そして『勇者支持派』を迎えてのパーティーが明日に控えている為、今夜は休憩を優先したい。
マティルド姫とウルシュラちゃんのタッグの成果は明日試すとして、元帥府……仮称として勇者府と呼ばれている建物の内部を、私は食後の散歩がてら探検していた。
ダンススタジオが欲しいと思っているのである。
私の魔素干渉力を利用した歌って踊りながら戦う戦術……では長くて言いにくいので、『ヴァルキュリア戦術』と、中二臭いのは認めつつも呼んでいるこの戦い方は……歌とダンスの精度を上げる事でも、その威力を増せるのではないかと考えているのだ。
特に今後チームで動く場合は、戦闘のタイミングを合わせる為にも同じ曲同じ振り付けを覚えた方が連携も取りやすい。
一介の女子高生アイドルである私が魔王に対抗出来る程の魔素干渉力を発動できる者、すなわち勇者として召喚されたからには、歌とダンスが欠かせないと睨んでいる。同じく勇者としてこの世界に転生してきたマティルド姫も、もともとは私の友人・叶真弓ちゃんであり、彼女もまたアイドルだったのだから。
少なくとも私においては、歌と踊りが、魔素干渉力の発動に影響を及ぼしているのは確実だ。であれば、それの完成度を高める為の施設は早急に用意するべき。
丁度良い広さの倉庫を見つけたので、そこをレッスンスタジオに改築しようと決めた。踊り子商会タンシャージャのシニッカさんに工事を手配するとしよう。ウルシュラちゃんが開発したスピーカー兼プレイヤーみたいな魔導器具も設置すれば、素晴らしい練習環境が構築出来そう。
ここがスタジオになるのかと思うと、ふと、踊りたくなってしまった。
もう遅い時間なので申し訳ないと想いつつも、別の倉庫に置かれていた大きめの鏡数個と、マット代わりの大型カーペットを、王宮騎士団の皆さんに頼んで運び入れてもらった。
横並びに置いた鏡を前に、好みの曲の振り付けを軽く踊ってみる。うーん、ちょっと鈍ってしまったかな? 練習自体はタンシャージャの劇場でも続けていたけれど、やはり集中して行わないとすぐにキレが無くなってしまう。
しばしの間、私はレッスンに没頭してしまっていたようだ。パチパチパチ……という控えめな拍手で我に返る。振り向くとマティルド姫がいた。入り口の壁に寄りかかって懐かしそうな目をしている。暫くの間、そこで私の練習を見ていたのだろうか。
「練習しているゆりかを見るのも久しぶりね」
私を『ゆりか様』ではなく『ゆりか』と呼んでいるという事は、今のマティルド姫は真弓ちゃんとして扱って良いはずだ。
汗だくになっている私に寄り添い、タオルで吸い取ってくれた。 私は16歳で、今の真弓ちゃんの実年齢は12歳。 その身長差から、自然と彼女は私を上目遣いで見る形になる。汗を拭きながら、私の胸元で匂いを嗅ぐような仕草をしてくる。
つい先ほどお風呂場でウルシュラちゃんに行った攻めプレイを想いだしてしまい、無駄に鼓動が高まってしまった。
「……真弓ちゃんも一緒に踊る?」
そんな私の軽い動揺を悟られまいと、話題を健全な方向に振る。
「……そうね、夕方の時は一緒に踊っていたとは言いがたかったものね」
あの時はヴァルキュリア戦術の実験中で、デュエットしつつも、彼女は王宮騎士団のネストリ団長と近接戦闘を行っていたのだ。まっとうに振り付けが出来ていた訳では無い。
「お待たせ」
動きやすい服装に着替えてくると言った真弓ちゃんが戻ってきた。こっちの世界には無いはずのジャージっぽい衣装を着ている。デザインはやはり彼女によるものなのだろうか。
「ほら、ゆりかも着る?」
どうやら私の分も作っていたようだ。ジャージを着ていると練習に気合が入る気がするので、ありがたく頂く。胸部には私のブレザー風勇者制服と同じく、王国連合のシンボルが入っていた。これは今後勇者府のジャージとして正式に採用したい。
一緒にストレッチをし、夕方デュエットした曲の振り付けを軽く通す。こうして鏡を前にして二人で踊っていると、本当に懐かしい気持ちになれた。 私からすればまだ2週間くらいしか経っていないというのに。
真弓ちゃんは長髪をポニーテールのように結い上げている。明るい金色を薔薇で染めたようなローズゴールドの髪が、彼女の白いうなじに流れる汗にキラキラと反射する。
「ふふっ、やっぱお互い鈍っちゃってるねぇ」
上がってしまった息を整えながら、微笑む真弓ちゃん。 剣術の達人である彼女は身体能力はアイドル時代よりも高いはずだが、ダンスと戦闘では使う筋肉や心肺能力は違うらしい。それでも、大粒の汗を袖で拭う彼女には、かつての真弓ちゃんの面影があった。
「ここの動きは、こうだったっけ?」
記憶があやふやになっている部分の振り付けを16カウント分、踊ってみる私。
「そこは……もう少し重心を右足に置いてもいいかもね」
そう言いながら、私の後ろから骨盤の位置を調整するかのように、腰に手を添えてくる真弓ちゃん。目の前の鏡に視線を移すと、鏡の中で彼女は妖艶な笑みを浮かべていた。そのまま私の匂いを嗅ぐように顔を私の背中に埋めて来る。
「んー、ゆりかのこの匂い……懐かしい」
彼女は私の後ろに立っているので、鏡越しでそのうっとりとした表情を眺める。
「公演の夜にも一杯嗅いだでしょ?」
苦笑いしつつ、鏡の中の真弓ちゃんに向かって喋った。お風呂にも入らせてくれず、そのまま私をベッドに引きずり込んだのは彼女なのだ。
「うーん、公演の後の匂いは、さっぱりし過ぎちゃっているのよね」
まるで食レポのように私の匂いを批評する真弓ちゃん。鏡越しの会話を続けていると、真弓ちゃんが別世界の住人であるかのような錯覚がしてくる。
「練習中のゆりかの匂いは、そうね……もっと興奮するなぁ」
そう言って、またあの上目遣いを投げかけてきた。鏡越しで更に背徳感を増したその笑みを向けられて、呼吸を忘れそうになる。
そんな状態を知ってか知らずか、私の腰に添えていた手を離し、両手の甲側から指を絡めてきた。背丈の小さい彼女が完全に私の背後に隠れてしまう。今、鏡の中には私しか居なくて、まるで彼女に操られたマリオネットのように見える。
彼女が握った私の手に軽く体重をかけてきた。操られ誘導されたかのように、前へと跪ついてしまう。そうすると、私の頭の位置は彼女よりも低くなる。 今、顔を上げれば実物の真弓ちゃんを見る事が出来るが……鏡の中の彼女から目を離せないでいた。
私の髪の毛に顔を埋めて匂いを嗅いでいたかと思うと、彼女も軽くしゃがみこみ、上から私の首筋を舐めてきた。同時に彼女の匂いが私の鼻孔をくすぐる。練習中には興奮を促すホルモンでも発散しているのだろうか。確かに練習中の匂いと、戦闘後の彼女の匂いにも、差を感じてしまう。
「ひゃうっ」
くすぐったさが混じった気持ち良さと匂いにクラクラして腰が逃げてしまいそうになるが、しかし両手を彼女に握られている為、なすがままにされてしまう。鏡の中の真弓ちゃんはまるで吸血姫になったかのように、私の首筋を力強く吸ってきた。
「ゆりかは私のものだって、マーキングしておかないとね」
そのまま数カ所にキスマークをつけ、私の耳朶を甘噛しながらそう囁く真弓ちゃん。 精神年齢32歳の12歳ドSロリっ子の本領発揮か……。
そこで突然私を開放する真弓ちゃん。
「ふえっ?」
思わず物足りない声を出してしまった私の前に、鏡を隠すようにして周り込んで、微笑む真弓ちゃん。今までの鏡の中の妖艶な姿が嘘だったかのように、通常の清楚で可愛い彼女に戻っていた。
「ふふっ、普段のゆりかにはああいうプレイはしてあげないんだから」
跪いたままの私のおでこに、軽くキスをしてくる。それで催眠が解かれたのように調子が戻っていた。えー、けちーとブー垂れる私。
「明日も忙しいし、今日はこれまでにしておきましょう」
そう言いながら、私の汗を拭くのに使ったタオルで彼女は自身のカラダを拭いながら、スタジオを離れようとする真弓ちゃんが、一瞬だけ淫らな微笑みを私に向けた。
「あの私が欲しかったら、また鏡の中で逢いましょうね」
当作品を気に入って頂けた場合、
最新話の下にございますフォームにて、
ご感想、評価またはブックマークを貰えますと励みになります。
よろしく願いいたします。




