第27話 増える標的
公演にも出た私の歌が上手い事は当然知ってはいたが、マティルド姫の歌も凄かったと褒め讃える王宮騎士団のメンツ。
姫のファンも増えてくれればなによりである。王国へ側室入りした彼女だ、王国内の味方は多いに越した事はない。
ユスティーナさんとウルシュラちゃんもマティルド姫の歌唱力には驚いていた。そういえばマティルド姫も転生前はアイドルであった事は伝えていなかったな。
彼女らには申し訳ないのだけれども、私とマティルド姫が同じ国出身でしかも面識があった、という事実は、私達二人のみの秘密にするとしたのだ。
次は私とウルシュラちゃんのタッグで、ヴァルキュリア戦術実験を行う。
団員が無人の魔素甲冑を載せた台座を5つ、地面に描かれた直結約25メートルの円形の四隅と中央に一体づつ配置した。
「ウルシュラが得意とするのは広範囲に影響を及ぼす攻撃魔法です」
彼女の師匠であるユスティーナさんが、色々な観測機材をセッティングしながら答えた。
あれ? ファイアーボールみたいなのって、以前存在しないって言ってなかったっけ?
「お伽話みたいに呪文を唱えて手のひらから直接ってのは出来ませんが……」
ユスティーナさんが、道具箱の中から杖のような物を取り出した。
「私達魔導士が戦闘を行う場合には、このような儀仗を使い、戦況に応じて必要な魔法を発動させます」
し、知らんかった……てっきり魔導士ってのは魔法陣と魔導器具の開発がメインだと思っていたのだ。
「で、ウルシュラは特に広範囲への攻撃が得意なので、ああして無人の魔素甲冑を配置しました」
火炎とか使うと、甲冑は無事でも中身が大変な事になっちゃうしね。
「じゃ、打ってみる」
フンスと気合を入れるウルシュラちゃん。
握っているのは見たことのない儀仗だ。彼女専用にカスタマイズされまくっているらしい。頻繁に使うサポート系の魔法陣が編み込まれ、ワンタッチで発動する。
それで時間稼ぎをしながら、戦況に合わせた強力な攻撃用魔法陣をリアルタイムに書き出して発射するのだろう。
わずかに光が灯った儀仗の先をペンのようにして、空中に魔法陣を描いて行く。
「『炎』」
直径25メートルに書かれた円周が、地下から噴きあげるような豪快な炎に包まれる。ヒャッハー汚物は消毒だぁああ!!
数秒間そのままにしてから、空中に描いた魔法陣を消すと、炎も消滅した。
ぷすぷすと焦げている5つの甲冑のダメージ測定を行うユスティーナさん。
「うーん、表層と、火が入り込んだ甲冑内部の表面にはダメージが行っているのだけれど、芯まではまだ距離があるわね」
これまで魔素甲冑と同様の硬度を持つ魔物と相対した場合に取れる戦術は、ほぼワンパターンしかなかったようだ。数回魔法を直撃させ脆くしたのち、鈍器で数に物を言わせてボッコボコにして行くのみだった。
そのようなクラスの敵は魔王が居座るエリアに近づくほど多くなる。当然、戦いは奥に進むほど不利になって行き、現状は敗北続きである。
ではヴァルキュリア戦術ではどうだろうか。
先程のマティルド姫との提携では、魔王直属幹部すらも消滅させられそうな魔素干渉力が発現されたようだが。数が多くいる強い雑魚キャラにいちいち構っていては、結局消耗戦になるだけだ。
ならばウルシュラちゃんのような広範囲の攻撃魔法で一気に雑魚を仕留めた後、近接で戦える戦士を幹部クラスにぶつける。
運が良ければ、広範囲攻撃魔法使用時点で、幹部クラスにも先行してダメージを与えられるかもしれない。そうなれば近接戦闘も比較的楽に進められる。
比較のため、新品の魔素甲冑が5つ、再び円の中に配置された。
「……ねぇ、魔素甲冑バンバン壊しているけれどさ、一体幾らくらいするの、あれ?」
欠点はいくつかあれど、人間が運用できる甲冑としては最強の物である事に間違いはないはずだ。そんなものをバンバン壊しても大丈夫なのかしら……と、マティルド姫に尋ねる。
「あれは……そうね。戦車みたいな物だからね……数年前から予算を編成して作る物ね、あれは」
シレッと言うマティルド姫。
そんな金額の物を実験と称してバンバン壊していいなんて。どんだけの予算が降りたんじゃろうかー。
「現状、王国連合の最大の懸念事項は魔王軍ですからね。対魔王軍では魔素甲冑も意味をなさない以上、在庫を潰してでも勇者様の実力を図り、かつ戦力強化に専念した方が有利に働く……とでも、連合が水面下で判断したのでしょう」
なるほどねぇ。
そしてこっそり魔素甲冑を温存しておいて、魔王軍殲滅後に疲弊した国を侵攻する……なんて事もありそうだ。その懸念は、姫にも伝えておいた。
さて。
今回の連携実験は遠距離攻撃がメインなので、選択する曲はそこまで激しい物でなくても良いはずだ。
タンシャージャでの公演の練習の合間にウルシュラちゃんに教えていた『これぞアイドル曲!!』的なのを使おうと決めた。
媚びっこびなアイドルソングだが、振り付けはシンプルかつ、可愛いので、ウルシュラちゃん向けかなって事で教えていたのだが。
いやはや、まさかこうも意外な方法で役に立つとはね。
じゃあ行きますかという私に、待ったをかけるウルシュラちゃん。
「蓄音した音を鳴らす魔導器具、作ってみた」
そう言って彼女が持ってきた物は、見た目はただの木箱である。座るとちょうど良いくらいの大きさの。
一見にしからずとでもいわんばかりに、その魔導器具を起動させるウルシュラちゃん。
この木箱はどうやらスピーカー兼プレイヤーらしい。流れてくる曲は、たしかに一緒に練習したものだ。ついつい釣られて振り付けをワンフレーズ踊ってしまった。
ウルシュラちゃんと練習した曲が、この世界の楽器で耳コピっぽく再現されている。タンシャージャの楽団に収録を頼んだのだろうか。もしかしたらシニッカさんあたりの置き土産かも。
チラッと横を見ると、姫様も踊りたくてうずうずしているようだ。
可愛い。
「凄いねこれ! 他の曲は再生出来ないの?」
「一つの魔法陣で一つの曲しか再生出来ない」
カセットテープかCDというよりはレコードみたいな感じなのね。でもすごい! 伴奏があるのとないのとでは、歌のノリやすさは段違いだ。魔素干渉力とやらにも大きく影響を及ぼしそうである。
「じゃあこの曲で……イッツショータイム♡」
伴奏付きで、ウルシュラちゃんと私が可愛く振り付けながら歌う。相変わらず無表情だが、動きの可愛さとのギャップで熱狂的なファンがつきそうである。
うぉおおおおと歓声をあげるだけしか能のない騎士団を見かねたのか、マティルド姫が自ら彼らの一番前に立ち……なんとオタ芸を始めた。
「こういう可愛い曲にはねっ! 観客のっ! 応援もっ! 必要なのですよっ!」
ぐわっと汗を撒き散らしながらオタ芸を続ける姫。
「みんなも! 付いてきなさい!!」
「「「うぅぉおおおおお!!」」」
見よう見まねでオタ芸を始める騎士団の皆様。姫に負けたエディ団員とネストリ団長も混じっている。
さすが騎士団。単純なオタ芸とは言え、動きをトレースするのが早い! 普段の訓練の賜物であろう。
間奏に入ったところで、まるでそれが振り付けの一環であるかのように、可愛らしく炎の魔法陣を描くウルシュラちゃん。
まるで魔法少女って感じだ! それっぽい衣装をシニッカさんに依頼しよっと!
使用したのはさっきと同じ魔法陣。だが威力は格段に上がっていた。
炎が床から吹き上げるかのように円の中身を全て飲み込み、さらに火災旋風まで発生した。
燃やされ、空中に巻き上げられて行く魔素甲冑。数秒後、間奏が終わるタイミングで魔法陣をカットさせる。
円の中には、魔素甲冑はチリの一片すらも残っていなかった。
当作品を気に入って頂けた場合、
最新話の下にございますフォームにて、
ご感想、評価またはブックマークを貰えますと励みになります。
よろしく願いいたします。




