第26話 歌姫の鼓動
「通常、魔素甲冑を装着した者が相手では、一対一では勝ち目はありません」
そう語るのは、先程その魔素甲冑を着用したエディ団員を瞬殺したマティルド姫。
「勝つ方法はただ一つ。相手に動く隙を与えないまま、ヘルメットのスリットを素早く狙う事です」
そこはエディ団員も分かっていたであろうが、まさかマティルド姫の瞬発力があそこまでだとは思いもしなかったようだ。
そしてこれから行うのは、『ヴァルキュリア戦術』を採用した場合、その魔素甲冑にどれだけダメージを与えられるか、と言う実験である。
魔素甲冑を魔物に見立てての実験なので、当然、先程のような奇襲はせず、一般の甲冑兵に対する攻撃方法を行う。
今回は私とマティルド姫で1チームだ。
瞬殺されてしまったエディ団員は他の王宮騎士団の皆様からブーイングを頂いてしまい、隅っこで小さくなっていた。
代わって魔素甲冑を着用するのはなんと! ネストリ団長である。
団長もくじ引きに参加してたんかい!! 団員からブーイングが上がる。
「ずるいぞ団長!」
「くじに不正が無いか調べろ!」
「負けたら全員に晩飯奢れよ!!」
そんな外野からのヤジは無視し、私たちに無言で相対する団長。
おおうっ……圧力半端ない……。
「ねぇ、姫様、ネストリ団長の実力はどんなもん?」
まずは作戦会議だ。コソコソと尋ねる私に、やや冷や汗をかきながらも答えるマティルド姫。
「純粋な剣技だけでも私以上ね。そして戦歴も、経験値も、当然段違い」
そればっかりは努力でどうにかなるものでは無いからね。しかも魔素甲冑を着ている……さてどう戦うべきかしら。
「今回は、流石に全力は出して来ないと思う。あくまでもこの戦術が魔素に有効かどうかをテストする為の試合ですしね」と姫様。
「じゃあ姫様、デュエット曲、何にしましょうか?」
ヴァルキュリア戦術は、同じ曲同じ振り付けで戦う方が効果はあがるのだろうと推測している。
各々が違う曲を歌ったら、タイミングが取れなくなってしまう。今回みたいに戦うのは前衛一人だけってならともかく、今後は前衛後衛共に複数名でチームを組むのだから。リズムを乱してしまうような要素は減らしたい。
私とマティルド姫……というか、真弓ちゃんとは一緒にステージに立った事は無い。勿論、二人の為のデュエット曲は存在しない。
姫様が暫し考える。
「そうね……色々と試してみたい事もあるし……うーん、前半は私だけが歌って、中盤はゆりかだけが歌いながら踊って、終盤で二人ともハモる曲……あ!」
同じ曲を思いついたようだ。
私と真弓ちゃんが所属していた事務所の二人組グループに、そんな感じの曲があった。アップテンポでノリやすい。振り付けもアグレッシブなので戦いながらでもいける。
「準備は出来ましたかな?」
ネストリ団長は私たちの作戦会議が終了した事を悟ったようだ。
頷く私達をみて、審判役が合図を出した。
戦えない私が後衛で、剣士である姫様が前衛を務める。
姫様はまずセオリー通りの攻撃を試みた。魔素甲冑の弱点であるヘルメットのスリットは狙わず、一般の甲冑兵を相手とした戦い方だ。
重たい甲冑兵に対する軽装剣士の最大の利点、つまり機動力を活用する。
ハンマーや斧などの質量兵器で甲冑ごと潰すならともかく、剣だけでは通常の甲冑にもダメージはほぼ通らない。
剣を使う以上、狙うのは基本、関節などの隙間である。軽装で挑む姫は、素早い動きで団長を撹乱しつつ、甲冑の隙間を狙っていく。
しかし団長も心得た物である。
わざわざ動かずとも、相手は勝手にやってくる。そして狙ってくる場所は決まっているのだ。隙間への攻撃。ただそれを防ぐだけで良い。
その他箇所への攻撃は、まず魔素甲冑自体が防いでくれる。敵が大砲をぶっ放したり、火炎で中身を火炙りにでもしてこない限り、魔素甲冑は無敵と言える。
ではなぜ、対魔王戦で使われないのか。
理由は簡単。
魔王直属の配下達は魔王同様、自由に魔物を生み出せる。逆に言えば、魔物を魔素に戻す事も可能だ。
つまり魔素甲冑も彼らの前では張り子のトラ。普通の甲冑の方が魔素化されない分、だいぶマシ……という状況である。
しかし対人戦、又は通常の魔物相手では無敵なのは事実。マティルド姫は一通り、教科書通りの攻防を展開してみたが、ほとんど意味をなさなかった。
「さぁ、そろそろ見せてもらおうか、ヴァルキュリア戦術とやらを!!」
吼えるネストリ団長。
それに合わせるようにマティルド姫が数歩、私の方へ戻ってきた。
チラッと視線を投げてくる。
いいよ!
始めようか!
すぅっ……と息を飲み込んで、突然歌い出すマティルド姫に、驚く王宮騎士団のメンツ。彼らにはまだヴァルキュリア戦術がどういう風に発動されるのか説明はしていなかったのだ。
姫! 突然のご乱心か!? とでも思ったに違いない。
日本語の歌だが、私経由でユスティーナさんとウルシュラちゃんが中継者となっているため、この場にいる全員が共用語として聴こえているだろう。
姫は歌いながら、先程と同じようにネストリ団長へと向かっていき……直接甲冑を攻撃し始めた。
通常なら無意味になるその行動は、驚きの声を持って報われた。剣先が当たった箇所から、甲冑が粒子化していくのだ。
「「「おおっ!」」」
どよめき。驚愕。感嘆。
そしてそれが人類反撃の狼煙になる事を、団員達は瞬時にして理解したのだ。これがヴァルキュリア戦術! 勇者ゆりか様がもたらした勝利の鍵!
だが、粒子化する速度も量もまだまだだ。徐々に甲冑が削れては行くが、ネストリ団長が本気を出せば、先に地面に沈むのは姫の方であろう。
そのタイミングで、姫様の歌パートが終了する。本来は間奏が入るのだが、アカペラなので無視して、直接私のパートへと雪崩れ込む。
先程まで姫様はまだ歌っていただけで、踊ってはいなかった。次に見るべきは、『私が後方で歌って踊る場合、戦う前衛にどれくらい影響を及ぼせるのか』というところだ。
姫からのバトンを受け取ったかのように、私が歌いながら踊りだす。
振り付けは完璧。
よく真弓ちゃんとカラオケやスタジオで練習した曲だ。私達の曲じゃないけれど、一緒に歌うと楽しくてついつい完コピを二人で目指してしまったのだ。
こうしてまた真弓ちゃんと共に歌える日が来るなんて!チラッと真弓ちゃん……じゃない、姫の方向を見てみる。
マティルド姫は先程までと同じ攻撃をしていたはずなのに、一撃で削れて行く量は圧倒的に増えていた。
側で各種データをリアルタイムにチェックしているユスティーナさんとウルシュラちゃんもチラ見した。
二人は完全にマッドサイエンティストの表情でデータを記録しつつ解析をしている。
そしてここからが本番。
私とマティルド姫がサビを同時に歌い踊り出す。
マティルド姫は戦闘中なので、完璧には行えないが、それでも振り付けをしながら攻撃を団長に仕掛けていく。
一撃毎に魔素甲冑がパーツ単位で消えて行く。
その干渉力は、魔王の配下とほぼ変わらないレベルなのだろう。過去に魔素甲冑を装着して魔王軍に挑み、敗走した屈辱を思い出した団員が嗚咽を漏らす。
「これなら人類は勝てる!」
胸装甲、籠手、肩パーツ、脛当て……甲冑を構成するパーツは数えるほどしかなく、それらがただの数撃でほとんど消え去ってしまった。
ネストリ団長は応戦するが、甲冑が中途半端に残っている為バランスが悪く動きが鈍い。素早い姫の動きにとてもついていける状態ではない。
最後にヘルメットを魔素化させ、敢えて残した右足側の脛当てを蹴り、転倒したネストリ団長の首元にサーベルを置くマティルド姫。
「……参りました」
負けたはずのネストリ団長が、一番嬉しそうな表情をしていた。
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