第22話 明け方の君は
肌寒さで目が覚めてしまった。
季節は初夏だが、未明のこの時間はまだ気温が低い。
ベッド中央が私と真弓ちゃんの二人の汗でしっとりしている。
ふと横に視線を移すと、彼女が居ない。
夜明けと共に真弓ちゃんは……マティルド姫が消えてしまったかのような錯覚に襲われそうになったが……なんて事は無かった。
彼女も寒かっただけのようだ。ベッドの端っこで布団にくるまっている。まるでおまんじゅうのように丸まった布団が寝息の速度でゆっくりと上下していた。
真弓ちゃんは結構寒がりだったけれど、マティルド姫の肉体でも寒がりのままなのだろうか。昨夜堪能した彼女の身体は、剣術の達人と呼ばれるのが納得出来るような、しなやかな筋肉で包まれていた。
全身をバネとして使う戦い方を得意としているらしい。それは真弓ちゃんがアイドル時代にダンスで鍛えていた筋肉と大差は無かった。筋肉が多いので体温は高いはずだが、それでも寒がりだというのは、もしかしたら魂に刻まつけられている情報なのかもしれない。
とはいえ、この時間に加え、湿気を蓄えたシーツに体温を奪われて、私もさすがに寒くなってきた。
お風呂に浸かりたい。昨夜は公演の後からお風呂に入っていなかったのだ。
そんな私の匂いですらも、彼女は全て自分だけの物にしたかったかのように、私を離してくれなかった。お陰で今の私からは真弓ちゃんの香りしかしない。
タンシャージャ付属の迎賓館にて、マティルド姫があてがわれた部屋は最上級の物だ。魔導でお湯が張られるお風呂場も当然付いている。しかし私が操作をすると機材が変調してしまうのだ。
しかたない……という言い訳で、ベッドの隅っこでお餅みたいに丸まった布団をゆらゆらと動かしてみる。
「うー」
中から真弓ちゃんの声が聞こえてきた。
「ねぇ、お風呂入ろうよ」
彼女をゆさゆさとしながら、声をかける私。
「……うん…… はいゆ……」
もぞもぞっと布団が動いたかと思うと、布団が丸ごと立ち上がった。もしやそのままお風呂場に移動するつもりか。
私も寒いのだ。 その移動型布団に私も入らせろ。
立ち上がった布団妖怪の隙間から、私は冷え切った身体をねじ込ませる。
「ひゃああー入らないでよ! ちべたいよぉ!」
布団の中で本気で嫌がる真弓ちゃん。ひどい!
だから遠慮なく布団の中の彼女を抱きしめる。観念したのか、私に抱きつかれたままうーうー言いながら風呂場へ移動を始める布団妖怪。
脚を4本生やした布団妖怪から手が2本、にょきっとせりだして行く。浴槽に魔素を導入し、お湯を張らせ、そのまま傍にある風呂場用暖房も起動させた。
真弓ちゃんは朝には強かったはずだが、これはマティルド姫の肉体の影響なのか、まだだいぶ寝ぼけているようだ。お湯が張り終わるまでの短い間、すこし寝息を立てていた気がする。
しかしお湯が張り終わった瞬間、しゅばっと布団妖怪から自らをパージさせ、浴槽へと飛び込む真弓ちゃん。
「はぁああああ……あったかい……」
そのままぶくぶくと顔の半分までお湯に浸かってしまった
「あ、ちょっと、ずるい、私も私も!」
そう言いながら私は布団を風呂場の外側に投げ捨て、彼女に横に滑り込んだ。
パジャマを脱ぐ必要はなかった。ふたりとも、全裸のままだったのだから。
お湯の中で、暫く無言で身体を温める二人。
現役アイドルと元アイドル。
お湯に浸かりながら身体を伸ばしたりする行動が身に染み付いている。横で誰かが無言のまま身体の戦闘スイッチを入れていくこの感覚。まるでライブ前の合宿の時みたいだ。懐かしいな。
「ふう……おはよう、ゆりか」
あ、真弓ちゃんが普段の状態に戻った。
「おはよう、真弓ちゃん」
そういいながら、彼女を抱き寄せ、額に口づけをする私。
「ふふっ、 相変わらず甘えん坊なんだね」
笑いながら私の頬にキスをする彼女。そうして媚っこびな上目遣いを向けてきた。
「ゆりかおねーちゃーん。 私ぃ、ばれんたいんでぇにぃ、ヴィタメールのチョコレートがぁ、欲しいなぁ♡」
あ、ずるいぞ精神年齢32歳の12歳児め!
心の中でお姉さまと崇めていた真弓ちゃんから媚っこびでゆりかお姉ちゃんと呼ばれて、しかもそれがとびっきり似合っているとあっては。
「しょーがないなぁ、おひめちゃまはー」
彼女の妹演技に合わせながら、私は彼女の口を唇で塞いだ。そのままでもチョコに負けない、お互いの甘い物を交換し合う。
「んっ……はぁっ……しょうがないなぁ、これで我慢してあげるよ、ゆりかおねーちゃん」
私達の間に掛かった絲が解けるのを待たずに、ふふっと笑う彼女の顔に、朝焼けが差し込んだ。
お風呂から上がると、乱れていた寝室はいつの間にか綺麗に整えられていた。布団妖怪の抜け殻は新品となってベッドに戻っていた。
ありがとう、君は温かかったよ。
さて、私は何を着るべきかなと視線を漂わす。風呂場の入り口外側に私達の衣装が用意されていた。
テーマパークスタッフ風というか、少しマーチングバンドっぽいデザインがされた衣装だ。それを着用する私。いつか舞台劇でやった世界を革命する力を! とか叫びたくなる。
真弓ちゃんはその横に用意されていた簡易ドレスを着込んだ。真弓お姫ちゃまだ!
「似合ってますよ、勇者ゆりか様」
真弓お姫ちゃまは軽くお辞儀をしたあと、私の目の前でバレエのカンブレ……上半身を反らす動きをしてきた。
「え、本当にあのセリフを言わせる気?」
思わず笑いながら、その腰を支え、彼女の胸元に手を当てる動きを真似する。その間、ずっとクスクスと笑っていた彼女に顔を近づけて、軽く口づけをする。
こうしていると、また二人で舞台を演じてみたくなってくる。それは叶わない夢だとしても、彼女もそう思っていてくれていると嬉しいな。それとも、こうして彼女に以前の事を思い出させるのは酷な事なのだろうか。正直まだ分からない。
彼女を開放するのと同時に、コンコンと、タイミングバッチリにドアがノックされた。執事のセバスチャン氏だ。
「おはようございます。 姫、ゆりか様」
彼は優雅な一礼をし、マティルド姫にこれからの予定の確認を取る。
「後ほどユスティーナ様、ウルシュラ様及びシニッカ様をお呼びいたします。 朝食はどういたしましょう?」
「こちらで彼女達と一緒に朝食を取ります」
他人が居る時は完璧にマティルド姫モードなんだな。そんな姿もかっこかわいいよ!
御意、という動きと共に退室するセバスチャン氏。
さて。
他の人たちが来る前に幾つか確認しなければならない事がある。マティルド姫の事、私の事、これからの事。
またひと波乱来そうな予感がするけれど、たぶん大丈夫だろう。
彼女と一緒なら、きっと全て乗り越えられる。
当作品を気に入って頂けた場合、
最新話の下にございますフォームにて、
ご感想、評価またはブックマークを貰えますと励みになります。
よろしく願いいたします。




