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第21話 私があなたにとける夜

 お互いを抱いてひとしきり泣いたら、少し落ち着いてきた。


 積もる話もあるが、私達は一度迎賓館のメインリビングへ戻る事にした。一介の踊り子がずっとマティルド姫と談話室に篭っているのは、余計な詮索をされる恐れがある。


 何らかのトラブルが発生した場合のバックアップ用として、劇場付属の迎賓館では王室が事前に食事や警備人員などを用意していたらしい。


 メインリビングでは、すでに晩餐が用意されていた。


 全力で演じた舞台のあとでも気軽に食べられるような軽い物が中心だ。食事内容を指示したのはマティルド姫だという。さすが元アイドル。 分かっていらっしゃる。


 公演成功と、最高の感動をありがとう……そう語った姫様の言葉が合図となり、気楽な晩餐会が始まった。


 ただし、そのあと姫様から語られた内容はヘヴィである。


 姫様は、あのフェンリル発生はおそらくだが、彼女を狙った軍事行動の一環なのでは無いかと説明をした。舞台上にトラブルを発生させ観客達の混乱を招き、その騒動の中で姫を誘拐または殺害を行う予定だったのではないかと。


 ヴァント氏およびシニッカさんには事前に、姫様を狙ったトラブルが発生する可能性は提示していたが、まさか魔物が直接ステージ上に現れるなどとは思いもしなかったのだろう。カーテンコール後に二人が青ざめていたのは、それが原因か。


 そんな咄嗟の状況下でも、ギリギリまで中止を出さなかったヴァント氏およびシニッカさんの決断を褒め称える姫様。


 トラブルに対しても上手くアドリブで乗り切り、公演をリハーサル以上の物にした演者達に感謝と、迷惑をかけてしまった事への謝罪を。


 そして見事にフェンリルを倒したユーリ、つまり私の決死のアドリブにはとても感銘を受けたとも述べた。


 この件に関しては、王室及び公国の機関が合同で調査を開始したようだ。劇場関係者にはもう危険は発生しないだろうが、念のため、今夜は全員迎賓館に泊まるよう指示された。王宮騎士団が外を守ってくれているので、安心して休憩が取れる。



 晩餐会の合間に、ユスティーナさんら、私の事情を知る人達から、姫さまとはどうやって会話をしたのか聞かれてしまった。


「姫様は私が『勇者様』である事を知っていたので、翻訳飴を交換したよ」


 そう何事でもないかのように答える私。


 驚愕の表情を浮かべる面々。

 そりゃそうだ。翻訳飴には口移しで行う必要があるのだ。

 つまりマティルド姫とキスをしたという事になる。

 とんだ罰当たりな勇者様もいたものである。


 やがて晩餐会がおひらきとなり、各人は割り当てられた部屋で早めの休息を取るようにと通達された。みんなと同じように、部屋に戻ろうとする私に、姫様の執事であるセバスチャン氏が声をかけてきた。姫様のお部屋までご案内しますと。


 さすがに他人に見られたらまずのでは? と尋ねる私に答えるセバスチャン氏


「ユーリ様が姫様のご寝室に入った事は、決して誰にも見られないと保証いたします。ご安心を」


 なんとなくだが、セバスチャン氏の名付け親はマティルド姫なのだろうと思う。完全に漫画的なのだもの。多分マティルド姫が幼い頃からお世話をしていたのだろう。もしかしたら、マティルド姫が転生者である事も知っているのかもしれない。



 案内された寝室の中では、パジャマ姿の姫様が待っていた。


 私もパジャマに着替えた。

 彼女とお揃いの物だ。

 好きな人と同じ匂いがする物を身に纏うと、なんとなくこそばゆいような、無性に嬉しくなる気持ちが湧いてくる。


 暖かい飲み物をすすりながら、他愛も無い事を喋った。久しぶりのパジャマパーティー気分だ。昔はよく他にも何人かの友人を集めて、お泊まり会を行ったものだ。アイドル仲間が来た時は、写メをSNSにあげて百合営業に勤しんだ。ガチ百合でしたが。


 当たり障りのない懐かしい話しを終えた後で、私が消えた後の話をするマティルド姫……いや、ここでは真弓ちゃんと呼ぼう。



 ……あの日、デートに約束した集合時間に、真弓ちゃんは教室まで私を迎えに行ったが、私はそこには居ず、鞄だけが残されていた。


 初めは私に急に仕事が入ったが、スマホごと鞄を忘れたので、連絡が出来ない状況なんだろうなと真弓ちゃんは思っていた。


 焦ってしまうとしょうもない事をしでしかしてしまう私だ。それで周りにはいつも迷惑をかけていたものだ。だから真弓ちゃんは、私がいつものおっちょこちょいが発揮されただけなのだろうと想い、鞄を学校に預けて帰った。


 しかし翌日、私のマネージャーから真弓ちゃんにメッセージが入った。私と連絡が取れなくなった、何か聞いていないかと。家にも帰っていないとも。


 やがて失踪事件として発表される事となる。

 今をときめく女子高生アイドルの失踪事件だ。

 非常にセンセーショナルな報道がされた事は想像に難くない。


 交友関係、最近のライブ映像、お約束とも言える卒業アルバムの顔写真。やがては私のレズ趣味が招いた痴情のもつれが原因なのではなどなど、有る事無い事がまるで全て真実であるかのように報道されて不愉快だった、と真弓ちゃんは語る。


 ……いやぁ、女の子が好きって事は事実なのじゃけれどもー。


 私は遺体どころか、どこかに連れ去られた痕跡すらも見つかっていない。街中に監視カメラ、ドライブレコーダ、そして人々が持つスマホがあるこの時代にだ。警察は無能だと罵られたようだが、こればっかりは警察を責める事は出来ないだろう。


 当然だ。

 私はあの夕方の教室から突然異世界に飛ばされたのだから。教室にカメラでもあれば、私が奇術のように消える瞬間が映っていたかもしれない。



 しかしそれも数ヶ月が経つ頃には、ニュースはおろか、ネットですら話題にならなくなっていった。


 マスコミに連日付きまとわれてうんざりしているはずの両親は、それでも私がいつか帰ってくるだろうと信じて、まだあの家に住んでいるという。



 それから二年が経った。


 真弓ちゃんはアイドルをやめ、家にこもりがちになっていた。あの時、早く教室に向かっていれば……という思いが彼女を責め立てていたのだろう。病院の為に時々外出をする程度で、最終的にはほぼ引きこもりのようなな状況になっていたという。


 ある日、ホームに進入してくる電車を見て、ふと、後数歩、前に踏み出せば私に会えるような気がしたという。


 その真横を、偶然なのか必然なのか。

 ベビーカーが線路へ向かって滑り落ちていった。

 真弓ちゃんは咄嗟に駆け出し、ベビーカーをホーム側へ押し戻す事に成功した……が、その反動で彼女は電車の前に飛び出てしまった。


 強い衝撃を感じたあとに目覚めてみると、異世界で赤ん坊になっていた、という訳だ。


 死ぬ瞬間、あるいは死んだ直後の事かもしれないが、誰かに呼ばれた気がしたという。そこは私も同じだ。もしかしたら、真弓ちゃんがホームに立った時に感じた錯覚そのものが、その誰かの声だったのかもしれない。


 伝説を信じるのであれば、それが勇者を選択し召喚した神という存在なのだろうか。


「だからね、ゆりか。 私からすると、あなたとは14年ぶりの再開になるわね」


 うふふっと、屈託なく笑う。


「私からすればもう14年も経ったというのに、ゆりかはほぼあの日のままだわ。 私は……精神的には32歳ね。見た目は可愛らしい12歳のお姫ちゃまですが」


 ふふーんとドヤ顔をかましてくる真弓ちゃん。


 ええ、ええ。 とても可愛いお姫ちゃまですとも!

 カラダは子供、頭脳は大人。

 真実はいつもひとつ。

 真弓ちゃんはどんな姿でも素敵だって事。



「……ねぇ、ゆりか。 私と飴、交換しない?」


 ふと、さっきまでのお姫ちゃまモードがなりを潜め、精神年齢に見合ったような扇情的な声色で、彼女が私を誘ってくる。


「……今後はあなたの力が必要となるでしょうし、交換しておくと便利だと思うの」


 それは真実なのだろうが、同時に、言い訳めいた言葉にも聞こえた。


 私は真弓ちゃんを大事な親友として接してきた。

 彼女を傷つけたくない。


 これまで私が接してきた女の子達を傷つけて来たとは思わないが、真弓ちゃんとは、ただ側にいられるだけで幸せだったのだ。


 これまでは我慢出来たが、飴を交換するという事は、キスをするという事だ。一旦してしまえば、歯止めが効かなくなってしまうのではないか。彼女といると、幸せを感じるのと同じくらい、そんな恐れがいつも私を同時に支配していた。


「私はね、ゆりか。 あなたが私の事をとても大切にしてくれているって知っているの」


 彼女が私の頬に両手を差し伸べてくる。

 吐息がぎりぎり届かないほどのもどかしい距離。


「私もね、ずっとゆりかが側にいてくれれば、それだけで楽しかったの。でも今の私は、もう真弓じゃない。公国の王位継承順位5位、マティルド・スヴェンセン。そして王国の側室でもある」


 やめて。

 そんな悲しそうな顔、真弓ちゃんにはしてほしくない。


「いつまであなたとずっといられるか、分からないの。 今後自由に会えるかどうかすらも……わからないの」


 彼女の涙が、私へも伝ってくる。


「私がゆりかを欲しいの。それだけじゃダメ?」




 あの日約束したはずのデートから数えて10日、あるいは14年を越して、私達はとけあった。

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