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第20話 それより私が伝えたいのは

 彼女が喋っているのは、まさしく日本語であった。


 なぜさっきまで全く気が付かなかったのだろう。


 翻訳飴のお陰で、私は今のところ、この世界での会話に苦労はしていない。私としては普通に日本語を喋っているだけだし、他人も日本語を喋っている様に聞こえるのだ。


 あくまでも翻訳飴を起動させた者を中継したリアルタイム意訳というところなので、私に届く日本語はアクセントは時々おかしく聞こえる。逆に、相手からすると私の言葉はやや訛っているらしい。


「キャハッ☆ ちょっとおバカで田舎者なユーリちゃんだよっ☆」という誰得な身分が当初私に設定されていたのは、発音の訛りを想定されていた故なのだろうか。



 翻訳飴に頼り切って居たため、マティルド姫が実際に日本語を喋っていた事に、私は気がつけなかったのだ。談話室に入ってからの彼女のこれまでの発言を、脳内で改めてリピートしてみると、確かに非常に流暢な日本語だった。日本語が上手い外国人に対して褒めるような「流暢」ではなく、日本語を母国語として使用してきた流暢さだ。


 もしかして彼女も……? などと、色々と確認した事があるが……。彼女もまた、これまで己の内に仕舞い込んでいた秘密を全てさらけ出してしまいたいのだろう。


 色々と驚きつつも、黙って彼女の語りに耳を傾ける。



「少しこちらの世界の話をしておきましょう」


 公国のお姫様の顔で、彼女は話を続ける。


「勇者召喚伝説と言うのは、この世界では割りとポピュラーなお話なのです。絵本であったり、吟遊詩人が歌ったり、演劇の題材としても定番といえるほどには」


 一般市民からは、ただのお伽噺とされている勇者召喚伝説は、しかし……


「しかし、異世界から何かを召喚する技術は確かに存在しているのです」


 曰く、召喚されるのは神に選ばれ、やがて世界を救う勇者。


「それは強力な戦士であると誰も疑わなかったのでしょう。一人っきりで魔王を討ち滅ぼせるような超人……核兵器みたいなものなのでしょうね。そんな勇者の召喚に成功したとすれば、他国に対して軍事的に圧倒的に優位な立場を取れます」


 そして同じ国の中でも、勇者を擁立出来た者が国内で有利となる。 反対派も、上手く私を取り込みたいってだけなのかもしれない。



「なので各国共、こぞって召喚技術を研究していますが、ことごとく失敗しています」


 定期的に、どこぞの国が勇者召喚に成功した! と宣伝をするが、 結局全てデマに過ぎなかった。


「そして少し前、リントゥコト王国も勇者の召喚に成功したらしいとの報告があがりましたが、誰もがこう想いました……どうせ今回もデマなのだろうと」


 それで召喚されたのが私、 日本の女子高生『富士見ゆりか』だ。 実際に異世界からの召喚が成功してしまった。誰もが想像をしていたような超人では無く、ただの女子高生アイドルだったが。



「今夜の公演や過去のリハーサルで、多くの人が気付いた事でしょう。 本当に異世界から誰かがやってきているのだと。今や王都では世界各国の様々な機関が、情報収集の為に動いているはずです」


 幸い、私がその異世界人である事を知る人間はまだ少ないが、広まるのも時間の問題だろう。それまでに私の立ち位置を強固にしておく必要がありそうだ。



 コホンと、一息をつき、果汁で喉を潤すお姫様。ここからが本題なのだろう。


「さて。 私の国……セルンド公国も13年前に勇者召喚を行いました」


 それは少し前に、ヴァルト氏から説明を受けていた。失敗したと聞いたけれども。


「ええ。弱小国なのに莫大な資金を投入して失敗。 国が傾く程の負債を抱えてしまいました。その時に発行された国債の殆どが王国に買われたので、今や属国扱いです」


 だからマティルド姫がこっちに来たんですよね?


「はい。しかし、全ては表向きの話なのです」


 ……どういう事だろうか。


「13年前の勇者召喚は、実は一部分だけ、成功していたのです」


 彼女は、自分の心臓に手を当てて、その事実を改めて確認するように呟く。


「すなわち、魂の召喚」


 魂だけの召喚。

 それはつまり、私とは違うタイプの、よくあるテンプレ。


「ユーリさんも多分、すでに想像が付いていると想いますが……私は日本からの転生者なのです」


 やっぱりそうだったのか、という思いだ。


「異世界転生なんて、まるで漫画か小説みたいですよね」


 そういって苦笑いを浮かべるお姫様。


「生まれた頃から以前の記憶は持っていたので、まだ12歳ですが、いまや魔導や剣術は達人級なんですよ」


 俺Tueeee系主人公がお姫様か! 人気が出そうじゃないですか。



「私が王国へ側室入りした日に、無理を言って、お忍びで観劇にやってきました。タンシャージャの公演は有名ですからね。 しかもトップチームの公演だと聞いたもので。 今後は自由に観る事も出来ないでしょうから、今のうちにって」


 えへへっ、と恥ずかしがるお姫様。 観劇が趣味というのは、本当らしい。


「劇が終わって、片付けが始まっている舞台に立つあなたを見て、もしかしたらと思いました。 あの子が報告にあった転移者なのだろうと。そこでようやく、勇者召喚の報告は本当だったのだなと確信しました。そして、もしかしたら日本人かも……とも」


 あの時の劇場三階バルコニーでやんちゃしていたのは、マティルド姫だったのか!距離があったので顔は見えなかったが、あの時の女の子と今のマティルド姫の姿には、髪型にしろ、衣装にしろ、あまり共通点が無いように見える。



「一応お忍びでしたからね。王宮の平均的な貴族の女の子にコスプレしましたよ」


 コスプレ。

 久しぶりに聞く日本語的な単語に、懐かしさがふとこみ上がってきそうだ。


「セバスチャンに頼んで、あなたの部屋に日本語、漢文と英語を少し混ぜた封筒を置いてもらったのですが、気が付きませんでしたか?」


 ずっと公演の準備で忙しかったからねぇ。寝る時もほとんど稽古部屋でみんなと雑魚寝だったし。


「うふふっ、そうかなって思っていましたよ。忙しくなると殆ど家に帰らず、スタジオに入り浸ってしまう。あなたは昔からそうでしたものね」


 姫様の表情が、ふと、誰かと重なって見える。いまや、目の前の少女は、 すでに公国の姫の顔ではなくなっていた。


「姫様は……私が知っている……誰かなの……?」


 始めは私をテレビやネットで見た事のある、同じ時代を生きた日本人かと思っていたが、どうやら違うらしい。


「あなたからすれば、もしかしたら、たったの10日間程度の事かもしれませんが……」


 そう言って、彼女が私の手をふんわりと握る。


 大切なぬいぐるみに触れるかのように、重ねてくるこの握り方。少し震えているのは、私なのか、彼女なのか。


 私の視界が急に霞み出した。彼女の顔をもっとよくみたいのに、涙が邪魔してくる。




「……お久しぶり、ゆりか」


「真弓……ちゃん?」


 私の知っている真弓ちゃんとは、年齢も外観も全く異なっていたが……魂は、彼女そのものであった。


 それを肯定するかのように、彼女もまた、溢れ出す涙を拭わずにいた。私の手を彼女の胸元に引き寄せ、もう離さないと言わんばかりに、ただただ、抱きしめるように握り続けていた。


「ゆりか……ゆりかっ……ずっと……会いたかったよぉ……」

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