第19話 私はこの瞳で嘘をつく
救国を誓う公国の姫騎士。 闇を払う聖剣を持つ王国の勇者。最高位の神術を使いこなす王国の神官。元奴隷だが自由を得て、流浪を続ける拳闘士。隠遁していたが、戦略戦術そして魔導に長けた賢者。
他には王国のドジっ子教会騎士見習い。無口だが魔導の素質が高い賢者の弟子。そしてその他従者達。
一癖も二癖もある英雄達の信頼を勝ち取り、やがては彼らを束ねる存在にまで成長を遂げる姫騎士。
彼女らは様々な苦難を乗り越え、ようやく魔王の前までたどり着く。霧として視認出来るほど高濃度の魔素の中から、次々と現れる魔物。英雄達はそれぞれの絶技を惜しみもなく解き放つ。
聖剣が光輝き、神術は雷光を放つ。拳闘士が振るう拳から火炎が飛び散る。賢者は魔法陣を使い、的確な戦術で彼らをサポートする……。
当然全てライティングによる演出効果だ。
魔素の霧は実際にはただの水蒸気で、魔物達はそれに投影された影である。
ラストシーンでは、舞台裏に隠されたエレベーターに乗って、魔王が奥からせり上がってくる。同時に舞台の床が幾つにも分かれる。迫り上がる部分もあれば、逆に沈む床もある。大地に亀裂が走り、英雄たちが分断されてしまうという演出だ。
舞台上の音を増幅させる魔導器具により、地割れの効果音が轟々と劇場内を振動させる。初見の観客達は本当に地震が来たのかと驚くほどだ。
分断された英雄達は一人で各々の前に立ちふさがる難敵に立ち向かわねばならない。一つの戦いにスポットライトが当たり、戦いが終わるとまた別の戦いにスポットを当てていく。英雄達はまさに一騎当千である事を、ここで見せつけるのだ。
そして最後、魔王と一騎打ちする事となってしまったのは姫騎士だった。
絶体絶命かと思われたが、教会騎士見習いが勇者から預かった聖剣を必死で彼女へと送り届ける。成長した姫騎士もまた、聖剣を扱う力を得ていたのだ。聖剣で魔王を打ち倒し、国に平和が取り戻される。勇者と姫騎士は結婚をし、王国と公国は更なる発展をするであろう……。
『これまでに無い、大胆かつ臨場感溢れる演出は、観客席すらも舞台の一部であるかのような体験を我々にもたらしてくれた。今後は舞台劇という概念が大きく変わって行くだろう……』と、リハーサル見学に招待された評論家らが掲載した記事で、公演は更に話題をよんだ。
チケットはとっくの昔に完売しており、闇市では何倍もの金額となって転売されているありさまだ。
何度もの稽古とリハーサルを積み重ねてきて、今では私もすっかり教会騎士見習いのユウリ君である。ユーリを捩ってユウリ。
潜在能力は高いはずなのに、ドジっ子で、しょうもない失敗が多い……そんなコメディーリリーフとして劇中で活躍する。
そんな役割だが、カッコいい見せ場も用意されている。ラストで勇者から聖剣を預かり、姫騎士へと届けるために単騎で敵軍を突破するのだ。その過程で、少しながらも聖剣を扱えるような才能を示すのである。
『あのドジっ子見習い騎士が、最後に立派になりおって……!!』 と、この展開はおじさま達から好評らしい。
……そして、正式な公演の日がやってきた。
観客席は当然満席である。
普段の公演とは違い、舞台開始に先立ち、関係者らによる挨拶がまず行われる。王国からの代表者、公国からの大使、王国連合に所属するその他国々の大使……などなど。あくびが出るくらいぞろぞろとまぁみんな語る事語る事。 まともなのはタンシャージャ総支配人たるヴァルト氏くらいのものか。
そして当然、挨拶のラストを締めくくるのは、今回の主役。
マティルド姫だ。
彼女はとても堂々としていた。
12歳とはとても思えないほどの佇まい。
腰元まである髪の毛は真っ直ぐサラサラとしたローズゴールド色。美少女というよりは美人。クールビューティという訳では決してなく、私よりもずっと年下のはずなのに、甘えたくなる包容力が垣間見れる。
まだ社交界デビューさえしていないはずなのに……他の大使や代表者よりも、ずっと舞台映えしているのだ。
このまま姫騎士役を演じてしまうのでは? と、観客に思わせてしまうほど、舞台上での風格が彼女には備わっていた。
剣術の達人で、観劇が趣味……という触れ込みに嘘偽りはなさそうである。
国のためとはいえ、か弱い女の子を人質みたいに差し出すなんて。公国、許すまじ! と思っていたけれど。いやはや、これは案外、喰われるのは王国側かもしれない。
やがてお偉いさん方が舞台から降り、ブザー音と共に劇場が暗転しだす。
リハーサルも込みで、すでに何度もこなした演目だ。今更緊張もなにもない。ごく自然に演じる事が出来る。本当にこのまま冒険者パーティー組もうぜ! と、誰かが冗談で言ったほど、演者達の息もぴったりと合っている。
これまで通りに演じ、そしてラストシーンまでやってきた。
水蒸気に投影される魔物達を、各人が特殊効果とともに薙ぎ払っていく。どこぞの遊園地アトラクションみたいで楽しいのだ。
ここはみんなも楽しいらしく、豪快に水蒸気をエイヤッ! と姫騎士が斬りつけると……。
突然魔物に吹き飛ばされた。
ん?
そんな演出無かったよね?
アドリブ?
一瞬困惑するが、舞台劇にトラブルからのアドリブはつきものだ。そのまま勇者も突進していき……魔物の素早い体当たりを喰らい、床に沈んでしまう。
……何かがオカシイ。
現在舞台上で、実際に戦闘力を持つのは、拳闘士を演じるセラさんだけだ。彼女に目配せをする。彼女もその異常を理解したが、劇を続けるかのようにアドリブを放った。
「この魔物は火炎のみが弱点のようだ。我に任せよ!」
まるでそういうシナリオであるかのように、霧の中の魔物と戦う。彼女が使用する籠手は小道具などでは無く、実際の魔導器具であり、炎属性の攻撃が出来るらしい。
そして確信してしまう。あれは投影された物や、作り物では無い。実際の魔物だと。
フェンリルだ。
大きさはケルベロス並だが、速度、威力、そして知力はその比ではない。こんなところに自然発生するような雑魚魔物では、決して無い。
実際に火炎系の攻撃が苦手なのだろうか。セラさんをすり抜けて、次に近いところにいる私めがけて突進してきた。
マジやっベー!!
しかし中止の声がかからない以上、演技は続けなければならない。
咄嗟に横へステップし、フェンリルの突進を交わす。うまく衝撃を殺しきれず、転がってしまったが、運良く目の前に聖剣が落ちていた。それを掴み取り、立ち上がる。
台本よりも少しタイミングが早いが、ここで聖剣を少し使えるようになっているという演出に持って行こう。……本当の聖剣なんぞではないが、硬いのでとりあえず殴る事くらいは出来る。
私の役は教会騎士見習い。 神術呪文を歌うように発動させて、属性攻撃をするという職業だ。
本当に何か効果が発動してしまわないよう、呪文は適当に作られた仮の物だが、実際に歌えるように作詞されている。
だから私は歌う。
歌うのは得意だ。
最近はずっと俳優業みたいな事をしていたから忘れそうになっていたが、私の本業はアイドルなのだ。 歌って踊るのが本来のお仕事なのだ。
呪文を歌いながら、踊るように剣を振るう。すると、剣先が触れた箇所から、フェンリルが魔素化していく。
あれ? イケる? 何故だ?
自問自答しつつも、攻撃を回避し、カウンターで魔物へ剣先を滑らせていく。
一瞬、私の回転速度がフェンリルの動きを上回った。その隙を狙い、一息に剣を突き刺す。咆哮を上げながら、フェンリルは完全に粒子と化していった。
吹き飛ばされた姫騎士と勇者がノロノロと立ち上がる。
「これで……ここらの魔物は全部倒したようだな」と、台本通りのセリフへと繋いでいく二人。
さすが公演のトップチームである。
勝手に使ってしまい、大変申し訳ございません! と、勇者に聖剣を返す私。
「まさかお前が聖剣の力を引き出すとはな……。 成長したな、ユウリ!」と、アドリブで私の頭をグリグリと撫でて褒めてくる勇者。
さっきのフェンリルは、本物の魔物である事は、舞台上のみんなが察したようだ。まだ他にも魔物がいるかもしれない。警戒体制を敷きつつ劇を続ける。舞台責任者から中止の声が出ない限り、演技を続けるのが私達演者の仕事なのだから。
しかし魔物はそれっきりだった。
あとは予定通り魔王が登場し、私達は分断され、勇者から再び渡された聖剣でしばしのワンマンショーを披露してから、 魔王が姫騎士に消される。
劇は大成功に終わった。
最後のトラブルにより、より一層切迫感が増した事もあるのだろうが。まぁ、誰も大怪我をしなかったので、ひとまず良しとしよう。
後から知った事だが、フェンリルは実際に炎属性と光属性に弱いという。光属性を持つという設定の聖剣を使って倒したので、殆どの観客はあのトラブルはシナリオ通りだと思っているようだ。
カーテンコールを終えた後、舞台責任者たるシニッカさんと総支配人であるヴァルト氏に詰め寄る私達主演組。
「あれは、本当に魔物だった」と、青ざめている二人にただならぬものを感じてしまい、それ以上質す事を躊躇ってしまう。
一体誰が?
どうやって?
なんのために?
勇者反対派の行動かとも思ったが、さすがにやり過ぎだ。観客には数多くの貴族もいたのだ。その中にはきっと反対派とも近しい人間もいるだろう。万が一魔物をコントロール出来ずに、観客席にまで被害が及んだら? そもそも、あれを人間が制御出来ているとは、とても思えない。
関係者招待席で観劇していたウサミミ王宮魔道士のユスティーナさんも舞台裏まで駆けてきた。
「一体どういう事なの!?」
誰も答えられない。
そりゃそうだろう。
そして私にこっそりと耳打ちをしてきた。
「ゆりか様。怪我の功名とでもいいましょうか……。 あなたの魔素干渉力の正体が、さっきのトラブルで大体分かりました」
なん……だと……。
確かに、先ほどはなぜかフェンリルに聖剣……と言う名の小道具を当てるだけで、どんどん魔素化して消えていったが。 それとなにか関係があるのだろうか。
ガヤガヤと、急に舞台袖がうるさくなってきた。
「ここは関係者以外、立ち入り禁止ですよ!」 と、舞台管理人たるシニッカさんが青ざめながらも声を張り上げる。
それを押し通して入ってきたのは……。
マティルド・スヴェンセン。
マティルド姫である。
その場に居た全員が、彼女へ頭を垂れた。
その動作を知らなかった私は、やや遅れてしまったが、周りに合わせて頭を下げた。その一瞬、彼女は私を睨んでいた気がする。この無礼者! とか言われちゃいそう。12歳の女の子に? 言葉責めされちゃう? アアン!!
「面をあげてよし」
許可を頂いたので、みんな元の体制に戻る。
「とても良い演劇でした。私の人生の中で最も素晴らしい物であると確信しています」
ありがたきお言葉!!
「なにかトラブルがあったようですが……それに関しては、セバスチャン、頼みましたよ」
すっと、姫の影から出てきたかのように、執事が現れた。……彼がセバスチャン氏だろうか。随分親近感あふれるネーミングだな執事にセバスチャンて。
「ヴァルト様、シニッカ様。 主演の皆様と共に、迎賓館へいらして頂けますか?」
そうして、私達主演組、ヴァルト氏、シニッカさん、ユスティーナさん、執事のセバスチャン氏と、マティルド姫が、劇場敷地内にある迎賓館へと集められた。その外側を王宮騎士団達が護衛する。
ネストリ団長やエディ隊員も居た。すごく久しぶりな気がする。懐かしい彼らに一瞬だけ目配せをしておいた。
私も迎賓館のメインリビングへ入ろうとしたところ、セバスチャン氏に呼び止められる。
「ユーリ様は、ぜひこちらへ」と、隣の談話室へ向かうよう指示される。
え、私なにかした?
もしかしてさっきマティルド姫への挨拶が遅れたのが無礼って事で姫様に罵倒プレイされちゃうの?
不安に思ったのか、ユスティーナさん、シニッカさんとウルシュラちゃんが腰を上げようとするのを、セバスチャンさんが制止する。
「ご心配には及びません。マティルド様が直々にユーリ様の迫真の演技を褒め称えたいとの事ですので」
え、ホンマに?
突然の事で緊張してしまい硬直している私の手を、マティルド姫が引っ張る。
ええええええ!! そんな!! 大胆過ぎるよぉおお!! 幾ら私のファンになってしまったからって、急に二人っきりってのは!やっぱりお姫様は強引なのね……。
なんて事をくねくねと妄想している内に、談話室でマティルド姫と二人っきりになってしまった。
テーブルを挟んで姫と向かい合う。この部屋に私達を通す事は事前に通達されていたのだろうか。飲み物がすでに用意されていた。
喉はカラカラで、早く飲みたいが……私が先に飲んでしまうのは失礼だろう。
「遠慮せず、お飲みなさい。演劇の後では喉もすっかり乾いている事でしょう?」
さっきまでの姫騎士然とした厳しさはなりを潜めており、優しく私に声をかけてくるマティルド姫。
「え、あ、ありがたきお言葉。……頂きます」
冷たい果汁が疲れたカラダに沁みるなぁ。ぷっはー! ……思わず一気に飲んでしまった。
それが面白かったのか、クスクスと、愉快そうに笑うマティルド姫。あ、すごく美少女だ。
「ふふっ。 少しは落ち着きましたか?」
はい、と頷く私。
「時に……ユーリさん。 なにか変だとは想いませんか?」
変、とは?
あの魔物の事だろうか。もしかして姫様を狙ったテロだったりするのだろうか。
うーむと考え込む私に、これから悪戯しちゃうぞって表情をする姫様。とても素敵でチャーミングな笑顔だ。笑うと年齢相応の美少女なのに、どこかお姉さまと呼びたくなる衝動にかられてしまう。
「しょうがないですねぇ。そろそろ種明かしをしましょうか」
エヘン、と、茶目っ気たっぷりに胸を反らすマティルド姫。
「……気が付きませんでしたか? 私、今、 日本語を喋っているんですよ?」
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