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第2話 はるかな異世界から

 その余りの可愛さに、思わずウサミミさんを再びモギュっと胸に抱きしめた。


 兎耳部分を除けば、彼女は私よりも頭1つ分小さいので、自然と彼女の顔が私の胸に押し付けられる。


「はぁ~ウサミミさん可愛いよぉ~」


 ふんわりした髪の毛と兎耳の感触を楽しむようにゆっくりと撫でる。


 彼女のように母性溢れる女の子は自然と甘えられてしまう事が多い。本人もその様な役割を長年続けてしまうので、一度甘やかされると、どうすればいいか分からなくなる傾向がある。


 Sっぽい見た目の人が実はMなのに、周りにはMしか寄ってこない……みたいなパターンあるあるですな?


「あっ、あの……くすぐったいです勇者様……」


 言葉とは裏腹に彼女は嬉しそうだ。その微かな嬌声から『甘えたい』と、『こんなのダメ……』という葛藤が見て取れる。


 これはもうあとひと押しかな…!


 兎耳の縁を指先でつつっとなぞりながら、もう片方の兎耳に吐息を吹きかけるように囁く。


「ねぇ……あなたともっと仲良くなりたいな」


「はうんっ」


 ウサミミさんがビクッとする。どうやら甘えたい欲が勝ったようだ。よーし夜が愉しみになってきたぞう!



「ウォッホン!!」


 突然のわざとらしい咳払いに、いちゃいちゃタイムが中断されてしまった。


 振り向くと、騎馬隊隊員達はまだ後ろを向いていた。しかしウサミミさんの嬌声は彼らにも聞こえていたのだろうか。隊列が若干乱れている気がする。


 ウサミミ隊員の可愛さにすっかり彼らの存在を忘れてしまっていた。



 もう一度ウサミミ隊員を抱き寄せてから、彼女を離した。彼女の視線はもう少しだけギュッとしてても良いんですよ? と訴えかけているような気がする。


 ごめんね。私ももっと抱っこしてあげたいのだけれど。


 焦らすのも愛を育む為の大事な要素なのだよ。



「さてと。ようやく言葉が通じるようになりましたね?」


 もふもふタイムなんて無かったかのように冷静に喋る私。


 その落差にウサミミさんは一瞬戸惑ったが、さすがは騎馬隊の一人という所だろうか。すぐに真剣な表情に戻った


「改めまして。私の名前はユスティーナ。 ユスティーナ・ハーンパー。王宮魔道士を務めております」


 言うが早いか、見事な動きで私の前に跪いた。


 ウサミミで魔道士と来たか。属性豊富だね。先ほどの飴玉は翻訳能力を付加させる為の魔導器具……そんな設定なのだろう。



 そこへすかさず隊長さんが号令をかける。


「全隊ィイイイイ! 礼ッ!」


 一糸乱れず、騎馬隊全員が馬ごとこちらに振り向いた。同時に脱いだ兜を右脇に抱えて馬上礼をする。


 すでに馬から降りていた隊長さんも兜を取り外し、同じように右脇に抱えた。隊長と呼ばれるのに実にふさわしい渋いおじさまである。


「王宮騎士団団長ネストリ・ペテリウスと申します。 これより勇者様を王都まで護衛いたします」


 ウサミミさん……もとい、ユスティーナさんの横まで前進し、跪く。


 うぉおお!! 

 皆さん超かっこいい!!

 次のステージのオープニングに参加してくれないかしら。


 私の衣装もそれに合わせて姫騎士っぽいイメージで発注しよう。そんでもって楽屋でアイドルちゃん達とくっころごっこしたい。


 しかし……ユスティーナさんは完璧な特殊メイクをキメているので実際の顔は分からないとしてもだ。ネストリ団長のような、こんなに味と貫禄のある俳優さんなら、一回でも映画かなにかで見ていれば多少は記憶に残るはずだが……全く印象に無い。


 それとも俳優さんじゃないのかな。 びっくりするくらい流暢な日本語を喋っているし。 普段は千葉デズニーランドで働いていたりするのだろうかね。そうだったら浦安のおしゃれなお店を今度紹介してもらおっと。『デズニーランドの役者さん達がおすすめする穴場スポット!』。面白い企画になりそう。


 それとも……これは本当に……ドッキリなのだろうか……? あの番組制作会社にはこんな大掛かりな企画を行なう資金なんて無さそうだと言うのに。まさか本当にファンタジー作品にありがちな異世界転移なんて……あるわけないよね?



 ともかくだ。引き続き現状を確認をしなければならない。


「えー、とりあえず皆さん、お顔を上げて楽にしてください」


 ユスティーナさんとネストリ団長は更に深く頭を下げた後、立ち上がる。

 御意。

 そのようなセリフが似合いそうな動作だ。



 さて。茶番であろうがなかろうが、ここに居る方たちとは全員初対面であるはず。私も名乗るのが礼儀というもの。


「皆さん、初めまして。富士見ゆりかといいます。日本でアイドルやっています!」


 そこで一拍置く。

 

 両手をバッと前に伸ばし、左側に引き戻しながら手でハートマークを作り、そのままU字に弧を描いて右側に持ってくる。同時に左足を前側で軽くくの字に曲げて右足と交差させる。最後にハートマークを前に押し出し、パチンッとウインク。


「ゆりかって呼んでね♡♡♡」


 ……頼む。茶番であってくれ。

 ドッキリ番組ならここでお茶の間はドッカンドッカンだ。この際お笑い要素を入れても事務所からは怒られないはずだ。


 チラッチラッと騎士団の皆様の反応を盗み見る。誰もがポカーンとしている。



 ……実際のところ、原っぱで寝転がっていた時から薄々と気がついていた。いくら疲れていたとはいえ、学校の教室からだだっ広い草原にまで全く気付かれずに私を運び出すなんて事は不可能だと思う。しかもさっきまで夕焼けが教室を赤く染め上げていたのに、今の空はこれから夕方に入ろうしている程度だ。明らかに時差まである。


 認めたくない。

 認められる訳がない。

 そんな事はありえない。



「……やはり勇者様の召喚に成功したようですね!」


 呆然としている他の騎士達とは違い、何か懐中時計のような物を確認しながら、ユスティーナさんが宣う。


「一瞬だけでしたが、魔王幹部を消滅させられるほどの、とても強い魔素干渉力を検知しました!」



 どんどん設定が凝ってきたぞ……。これはまずい。実にまずい。こんなに手の込んだドッキリを私に打ち合わせなしでやるほど、番組制作会社には予算が無いだろうし、何より事務所が許す訳がない。


 ここまで来たら、腹をくくるしかない。乱暴だが最後の確認手段を取るとしよう。事務所に怒られようが全責任はマネージャーに押し付けてしまえ。放送時にはカットしてくれれば済む事だ。


 スゥっと息を吸い、私は大声で叫ぶ。


「竹内Dィイイイ! 青羽根Dィイイ!!! 居るなら返事しろよゴラァァア!!!」


 そんな唐突な暴言に騎士団の皆様がドン引き……するかと思いきや。緩んでいた空気が一瞬にして引き締まり、騎士団の皆さんが私を守るかのように周辺に散開した。


「勇者様!! 敵襲ですか?」


 緊張感を孕んだ表情で私の元に駆け寄るユスティーナさん。彼女もまた立派な魔道士なのだろう。周囲を警戒しながら、私の壁となってくれている。


 はぁ……こんなタイアップ的ドッキリを企画しそうな奴らの名前の叫んでも反応無しか。


「ユスティーナさん。 ごめんなさい。 敵襲でもなんでもないです。さっきまで私の隣にいた人たちが周辺にいるかどうか、確認したかっただけです……」


 実際にはさっきまで学校にいて、ディレクターは当然側には居なかったが、ユスティーナさんを安心させる為にちょっとした嘘をついた。


 少ししょんぼりした私を励ますかのように、優しく彼女は言う。


「はい……突然の事で不安にさせてしまい……本当に申し訳ございません」


 おや……なにその前フリっぽいの。ここでようやくドッキリでした看板が出て来る……のか……? 一瞬だけ期待してみたが……。


「ここはリントゥコト王国の王都周辺です。召喚が確認されたのはゆりか様だけです」


 そっと私の手を触れるユスティーナさん。なんか彼女からの距離がさっきまでより近い気がする。


「突然異世界に呼び出されて混乱しているかと思いますが。ご安心下さい。何があっても、私があなたを守ります!」



 ……これはもう諦めるしかなさそうだ。どうやら私は本当に異世界に転移してきたみたいだ。


 不安からか、無意識にユスティーナさんの手に指を絡ませてしまった。しかし彼女はポッと赤くなり、もじもじしながらも、それを強く握り返してくれた。


 はぁ、可愛いなぁ。

 現状唯一の癒やしだわ……。


 そんなユスティーナさんを無下には出来ない。ややため息混じりながらも、笑顔を作って尋ねてみる。


「で。 私は何をすればいいの? 魔王でも倒せばいいの?」


「先ほどの翻訳飴にもさほど驚いていませんでしたし……もうこの世界の状況をご存知でしたか……さすがは勇者様です」


 さすが勇者様。

 略してさす勇。

 そんな尊敬と憧れを含んだ眼差しで私を見つめるユスティーナさん。


「……この世界を侵食しつつある魔王と、その軍勢を打ち倒すべく、私達と共に戦って頂けませんか?」


 完全な古典的な展開に苦笑いしそうになる。ここまでお約束が続くとなると、あれですか。私には秘められた剣と魔法の超凄い力があって、仲間を増やして次の街へ進みつつ、最後は空中神殿で魔王に打ち勝っちゃったりするんでしょうか。


 なんか魔素干渉力が凄いとか言ってたし。


 ……まぁ、いっか。

 これも人気アイドルの運命だとして受け入れましょう。


「しょうがないにゃあ。いいよ。付き合ってあげる」


「ありがとうございます!!」


 手を繋いだまま深くお礼をするユスティーナ。そのやりとりを見ていたネストリ団長が勝鬨をあげる。


「勇者ゆりか様に栄光あれぇええええ!!!」


 悪役が爆発四散しそうなセリフだが、騎士団の皆様もそれにつられて雄叫びをあげる。


「「「うぉぉおおおお!」」」


 おお……結構感動するね、これ。ライブ前のファン達の「愛してるよー!」も嬉しいけれど、アイドルとは関係ない所でこうして歓迎されるのも……うん、 勇者役も悪くなさそうだ。


「みんなー! 応援! よろしくねー!!」


 思わずコンサートモードになる私。


「「「勇者ゆりか様万歳!! これで人類の勝利は間違い無しだ!!」」」


 実に熱い。

 これがライブならここでアップテンポのヒットナンバー曲を披露したいところだが……。



「敵襲ゥうううう!」


 一瞬にして盛り上がりを冷却させるような叫び声が、周辺を偵察していたらしい団員数名から放たれた。


「5馬分先! ゴブリンとケルベロスの混成!! 数約50騎! 」


 おぉっといきなり戦闘イベント!? 馬で走って5分間の距離って事だろうか?


 敵とやらはこちらの3倍以上の戦力である。普通に考えれば迅速に撤退あるのみというところか。少し前に出た歴史ドラマの脚本によればだが。



「ゆりか様。 敵はこちらよりも多いですがご安心を。所詮はゴブリンとケルベロスです。私達騎士団にとっては、さほどの脅威もありません」


 さっきからずっと恋人繋ぎをしたままのユスティーナさんが言う。


「こちらでの戦には慣れていないでしょうから、まずは私達の戦い方をご覧ください」


 そういって不敵に笑うユスティーナさん。そんな表情も素敵だよっ!



「勇者ゆりか様に! 勝利を奉ろうぞ!」


 ネストリ団長が騎士団に発破をかける。


「小細工なしの正道をお見せいたしましょう。 前衛、突進!」


 槍を構えた騎馬隊が全速で前進を開始した。その迫力ある光景に少し震えてしまう。恐怖感を振り払うために、横に立つユスティーナさんに努めて明るく声をかけた。


「王都に戻ったら、もっといちゃいちゃしようね!」


「は……はい!」


 どんな想像したのだろうか。一瞬ふとももを擦り合わせるような動きをするユスティーナさん。



 前方からラッパ音が響いて来た。


「敵前衛と交戦を開始したという合図です」


 ネストリ団長が解説をする。


 本当に異世界なんだ……と、ここにきてようやく実感が出てきた。


 運が悪ければ命は無い。日本に戻れるのかどうかすらあやふやだ。平和な国に生まれ育った私は、本来はここで怯えて然るべきなのだ。


 しかしこの高揚感はなんだろう。まるでツアーコンサートを前にした時の気持ちに近い。


 魂を賭けて毎回数千人のファンと戦ってきた私だ。良いよ。やってやろうじゃないの。


 伊達に俳優兼業しておりません。

 勇者役。

 見事に演じきって魅せましょう!

当作品を気に入って頂けた場合、

最新話の下にございますフォームにて、

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