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第18話 お姫様の背中よりも

 姫騎士の救国英雄譚。

 それが公演の演目となった。


 魔王の侵攻により、国が高濃度の魔素に侵された。国民は異常に増殖しつづける魔物に脅かされている。通常の軍隊程度では歯が立たない。近隣諸国から勇者や賢者などの名だたる英雄達を集める為、姫騎士が旅立つ。一癖も二癖もある英雄達を束ね、共に魔物が大量に蠢く国へと切り込みやがて魔王を倒す……という内容だ。


 この題材が選ばれたのには、政治的な要因が多分に含まれている。


 チケットさえあれば誰でも観劇出来る公演となっているが、最も重要な観客は、マティルド姫その人である。


 セルンド公国のスヴェンセン大公の三女、マティルド・スヴェンセン。王位継承順位5位という事もありながら、美人で剣術は達人級。公国国民からの人気も高い。


 私が現在滞在しているリントゥコト王国に側室として迎え入れられた彼女……というと聞こえは良いが、実質的には王国の属国化している公国から差し出された人質のような物である。当然、公国国内からも不満の声が噴出している。両国の関係性を良好にする為に行った行為が、逆効果をもたらしてしまうような結果は避けたい。


 そんな折、王国が誇る踊り子商会タンシャージャの舞台を、観劇が趣味だというマティルド姫に観せてはどうかという提案が、王宮内のとある貴族から持ち上がった。


 実際の目的は、『勇者』が王宮に踊り子として侵入するという情報を掴んだ勇者反対派が、それをもって関係者を炙り出す作戦だったのだろうが……そんな事情を知ってか知らずか、王国はその企画に乗る事にしたのだ。



 マティルド姫をモチーフとした演劇を仕立て上げ、王国がメインスポンサーとなった。ストーリー上では、明らかにリントゥコト王国の事だと分かる国が、国の英雄たる勇者と神官を姫騎士に貸し与える。『王国はマティルド姫を大事にするし、公国がピンチな時には最大限バックアップしますよ』というアピールを込めているのである。


 公国国民は溜飲が下がり、両国の関係性も更に強固になるだろう。 王位継承順位5位であるマティルド姫にも媚びを売れる。良いことづくしだ……。


 王国からのこの提案に、しかし、舞台演出担当であるシニッカさんは一度却下していたという。


 アクションが多く、迫力のある演技が求められる内容なのだ。 普段の公演チームならともかく、王宮に収められる踊り子たちには荷が重い。彼女らもタンシャージャのメンバーである以上、最高水準の踊り子たちである事に間違いはないのだが、そもそも求められている能力が公演チームとは全く違うのだ。


 しかし私が私の世界のハイテクミュージカルを伝えたところ、シニッカさんはこの題材で行く事を決める。タンシャージャの実質ナンバー2として王宮に恩は売っておきたい。主演チームの演技力の足り無さで一度は却下したが、足りない演技力は新しい舞台装置や演出で補えば良い、という訳だ。



 そこまで決まれば、あとは全てが素早く回り出す、


 まず公演ポスターが剃られた。

 この世界では活版印刷とリトグラフ技術がそこそこ進歩している。こちらの世界の19世紀くらいの劇場ポスター程度のカラー印刷は問題無く行えるようだ。


 アール・ヌーヴォーのイメージをシニッカさんに伝えた所、彼女は即座にそれをアレンジし、この世界では前衛的とも言えるデザインを完成させてしまった。


 マティルド姫の顔をした姫騎士が右手に剣を持ち、下半身に絡みつく茨と蔦を悶えながらも振りほどくような構図だ。その彼女に手を差し伸べる勇者、神官などの英雄達。 扇情的でありながらダイナミックなデザインである。


 私やウルシュラちゃんの名前も、ちゃんと掲載されていた。私達が出演する必要は本来は無いのだが、王宮内の勇者反対派を欺く為にも出ておけ、というヴァルト氏からの好意だ。反対派もまさか出演する踊り子が『勇者様』であるとは思いもしないだろうから。


 できたてホヤホヤのポスターとチケットを数枚持って、タンシャージャ近くのカフェまで持っていった。私の、というよりは、「踊り子ユーリ」のファン第一号であるソルヤちゃんに渡しにいく為だ。


『私のみたてた通りね!』と、彼女はとても喜んでくれた。脇役で名前だけとはいえ、デビュー直後の新人がメインポスターに載るのはとても珍しい事なのだから。ファンが喜ぶ顔……それが女の子であればなおさらに嬉しい物だ。


 私……『ユーリ』は勇者と神官に教えを乞う教会騎士見習い。『シュラ』は隠遁している賢者の直弟子。セラは流浪の拳闘士。


 私達「王宮潜入組」には、セリフと活躍シーンが適度にある配役が与えられた。


 ヒロインである姫騎士、そして王国から派遣される英雄……勇者と神官は、政治的な効果を狙う為、通常の公演チームから選抜された。当然といえようか、三役とも、私が劇場入りした初日に見た公演トップチームから抜擢されていた。こればっかりは、今回の茶番を提案した勇者反対派からも文句は出せないようだ。



 王国がメインスポンサーとなった事で、遠慮なくウサミミ王宮魔道士ユスティーナさんの力を借る事が出来るようになった。


 彼女も当然、私達が現在の状況に至った経緯は理解している。『勇者様』が踊り子に混じって王宮に潜入するという機密事項を、勇者反対派に流した裏切り者は誰なのか。それを調査しているらしい。


 こんな事態を招いてしまって申し訳ないと謝られたけれど、なに、結構楽しんでますよ。



 舞台道具として新規に魔導器具を制作する時間は無いため、元からある魔道器具に、ユスティーナさん、ウルシュラちゃん、シニッカさんと私の4人で手を加えていく。


 この4人で仕事している間、私はユスティーナさんとシニッカさんにずっと挟まれる形で過ごした。両手に花!!


 しかしこの二人、たぶん相手と私との関係性を見抜いているのだろうか。時々二人の間の空間が、圧力でぐにょりと曲がる気がする。そういう時はウルシュラちゃんが癒やしである。



 ライティングを使用した効果表現。話に合わせて変形、移動、稼働するステージ。踊り子達の発声音量不足を補うため、舞台上の音量を拡大する装置。水蒸気を発生させ、そこに映像を投影させる案。


 例えばそこにモンスターの大群を映し出せば、 英雄たちが切り込むシーンはとても迫力のある物になるだろう……。


 どれもが舞台効果としては斬新な物となったが、その多くが既存の魔導器具に少し手を加えるだけでもいける事を知ったシニッカさんは、『私もまだまだ想像力が足りない!!』と、資料やデザインラフを今まで以上の速度で部屋の床に散らばさせていった。


 さぁ、舞台は整った。あとは私達演者の仕事にかかっている。

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