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第17話 私がここに来る前に

 コンコン、コンコンという硬く響く音で、目を覚ました。


 腕時計をチェックする。朝の9時を少し過ぎたところだ。


 誰かが部屋のドアをノックしているらしい。ふわぁーいいまいきまーすと、寝ぼけた状態のまま、私の睡眠を妨げた不届き者を出迎える。


「オッハヨ!」と、シニッカさんが立っていた。


 ウルシュラちゃんはまだ寝ているが、挨拶程度の単語なら、多少は拾えるようになった。


「えーと、『オハヨウ』」


 昨日執務室でやりとりした時とは全く違う私のぎこちない発音の挨拶と、部屋の奥でまだ寝ているウルシュラちゃんをチラ見した所で、シニッカさんは大体の事情を察してくれたようだ。


 つまり今、私達はほぼ言葉が通じないので、全て身振り手振りでコミュニケーションを行なう必要があるという事。



 一緒についてきて、というジェスチャをしてくるシニッカさん。とっとと翻訳飴を交換して、打ち合わせに入りたいようだ。


 私はまだ起きたばかりなので、身だしなみを整えてから向かいたい所。ぼさぼさの髪を指差し、顔を洗いたいのだけれど、という動きをする。


 ヘーキヘーキ! 私の部屋にお風呂あるよ! という意思を分かりやすく、かつ、シンプルな動きで伝えてくるシニッカさん。


 なるほど。

 ならば彼女の部屋でお風呂を借りてしまおう。寮は各階に共同のシャワールームがあるのだけれど、全て魔導器具なのである。ご存知の通り、私が使う訳にはいかない。お風呂を借りれるというのなら、シニッカさんに起動してもらえるので安心だ。


 そうなると、ウルシュラちゃんに行き先を伝えておかねばならない。


『私、あなたの部屋へいく、この子に、メモ、書いてあげて』


 ちょっと複雑な内容でも、少し頭を捻れば案外良いボディーランゲージが想いつくものだ。ある程度は受け手の想像力に委ねる必要もあるけれど、シニッカさんもさすが舞台劇関係者。お互いサイレント映画じみた動きだけで一定の意思疎通が出来てしまう。


 これが結構楽しい。演劇の練習にも良さそうよね。


 ウルシュラちゃんへのメッセージを残し、私は寝起きで寝間着でぼさぼさのまま、シニッカさんに付いていった。



 王都最大の踊り子商会タンシャージャの実質ナンバー2であるシニッカさんの部屋は、寮部屋とは比べ物にならない豪勢な作りをしていた。


 リビング、ダイニング、キッチン、執務室、風呂場、トイレに寝室。全てがこの部屋の中でだけで完結するようになっている。洗練されつつも使用者に圧迫感を与えないよう、調度品と装飾品の選定や配置に工夫がされている。いつまでも中にいたくなるような空間。 ここにインターネットがあれば、超ラグジュアリーな引きこもり生活が出来てしまう……。


 が、それは多分シニッカさんがここの入居する前の話。


 かつては高級ホテルのスイートルームもかくやという部屋であったのだろうが、今では足の踏み場がほとんどないゴミ屋敷状態となっていた。


 床面が見えないほど資料、衣装デザインラフ、ストーリーボードや舞台背景ラフが散乱している。これらはゴミなどでは当然なく、寧ろ宝の山ではあるのだろうが。


 僅かに残された床面を、ケンケンパの要領で器用にホイホイと進んでいくシニッカさん。私は普通に歩けるルートを探ってみようとしたが、速攻で断念した。同じ動きで彼女に付いていく。



 ケンケンパで向かった先はお風呂場。


 こちらは白いタイル張りの床に、陶磁器で出来たバスタブが備えつけられている。私の世界の洋風なイメージに似た作りとなっていた。 冬はタイルが冷たそう……と思いきや、風呂場の隅っこに暖炉のようなものが用意されている。あれがあれば冬場でも、お湯に浸かるまで寒さを我慢しなくて済む。


 ウサミミ王宮魔道士ことユスティーナさんは、湯気や煙でセーフハウスの存在がバレないようにしたと言っていたが、なるほどと感心する。木材で作れば暖炉がなくとも、冬でもそこまでひんやりしない。シニッカさんの部屋のお風呂場が一般的な構造なのであるとすれば、ユスティーナさんのは本当に特注品だったのだなぁ。



 お風呂場、ご自由にどうぞ、とシニッカさん。しかしこれらは全て魔導器具である。私が使うと器具が変調してしまう恐れがあるのだ。


 使い方、分からない……と伝える。


 私が異世界から来ている事を、彼女も知っているはずだ。使い方が分からなくても不思議ではない。


 うーんとシニッカさんは考え込み……服を脱ぎだした。


 !?!?!?!


 驚く私に、早く脱ぎなさいと指示してくるシニッカさん。一緒に入ってあげるよ、という事らしい。


 先に飴玉交換しちゃえばいいのではとは思ったけれども、まぁいっか。どんな理由であれ、可愛い女の子と一緒にお風呂に入れるのは喜ばしい事なのだから。


 そうと決まれば急ぐべし。ワンピースのような作りの寝間着を着用していたので、脱ぐのは一瞬である。



 しかしシニッカさん、全裸になっても全く恥ずかしがらないのな。もとから気にしない性格なのか、それとも集団生活に慣れきってしまっているのだろうか。


 ちなみに私も全裸になった所であまり恥ずかしがる方ではない。 銭湯文化のある日本人だし。

 

 なによりも、お仕事関連で頻繁にアイドルちゃん達と合宿をするのだ。 恥ずかしがるアイドルちゃんにセクハラをするだけでいっぱいいっぱいで、私自身がいちいち恥ずかしがっている余裕なんてないのだ。



 こちらのバスタブも、水の生成と水を温める機能が同時に起動するタイプのようである。起動してからあっというまにお湯が張り終わった。


 シャワーも用意されているが、使いながら温度を調整する必要がある魔導器具なので、私には使えない。


 代わりに、昔ながらの方法。つまり桶でお湯を掬ってカラダを洗うのだ。



 とその前に、 ずっと気になっていた事をまず解決しようと思う。シニッカさんのボサボサヘアだ。ルビーを溶かしたかのような綺麗な赤色のに勿体無い……と思っていた矢先に、私が直々にお手入れ出来るチャンスが来たのだ。


 チャンスは存分に活用せねばなるまい。


 幸い、風呂場にはバスチェアが2つあった。……なぜ一人用のお風呂場に2つもバスチェアが用意されているのかは考えないようにする。


 鏡の前にまず私が座り、私の前にもう一個、バスチェアを置いた。シニッカさんにそこに座るよう指示する。


 嫌がるかなと思ったけれど、素直に座ってきた。


 お桶でお湯を掬い、彼女の肩やふとももに何度か浴びせる。カラダが大体温まった所で、次は彼女の髪の毛にもお湯をかける。指先で頭皮をマッサージしつつ、手櫛で髪の毛の汚れを浮かせては、またお湯で流す。最後に石鹸を使い、髪の毛と全身を泡立てて洗ってあげた。


 その間、くすぐったそうにしている以外は、私のなすがままに黙って洗われるシニッカさん。


 キレイキレイになりました! お風呂から上がった後、香油で髪の毛をしっとりさせれば完成だ。



 私もざばっとお湯を浴びて、石鹸で全身を洗う。


 その間にバスタブにお湯を追加生成させ、まったりと浸かるシニッカさん。


 こちらは個人用のバスタブなのか、二人で入るにはやや手狭である。入るのは遠慮しようかと思ったけれど、シニッカさんが問題ないと言わんばかりに私の手を引いてきた。ならば素直に甘えちゃいましょう。


 彼女に向き合う形でバスタブに入る。はぁ、朝風呂最高。


 なによりも最高なのが、シニッカさんの超ワガママむっちりエロボデーを真正面から見れるという事だ。 仕事柄、殆ど室内にいるからか、 驚くほど白い。


 なのに不健康さが全くないのは、やはり仕事柄、よく筋肉を使うからなのかしら。白くも、血がしっかりと通った肌色をしている。


 バスタブの傍のサイドテーブルに置かれた籠の中から、シニッカさんが2つ、翻訳飴を取り出した。 1つを私の手のひらに乗せて来る。


 お互いお湯に浸かって体温が高いのか、飴が溶け出してベタベタしてきた。 さっさと起動させてしまおう。 ふたりともほぼ同時に口に放り込み、 口づけで飴を交換しあった。 他の人達よりも温かいお湯の抱擁と共に。


 キスが終わり、手の平のベタつきを洗い流そうとすると、シニッカさんが私の手を引いて、手のひらの甘い所を舐め取った。


 「勿体無いじゃない?」


 クスクスっといたずらっぽい顔で、私の手の平を舐めるシニッカさん


 「うふふっ、くすぐったい」


 そう言うと、彼女もまた、彼女の手のひらを私に向けて差し出してきた。


 「……くすぐり返していいよ?」


 ほんのり顔が赤いのは、お風呂のせいだけじゃないかもしれない。 私もまた、その手のひらに残った甘味を水に流すのは勿体無いと感じたのだ。




「ふう」と、 満足気なため息を先にもらしたのは誰なのかしら。


 かろうじて座れる空間として残された、シニッカさんのリビングのソファーで私達は横並びに腰を落ち着けていた。


 彼女の髪の毛は、風呂上がりに使用した香油で、ツヤツヤと光沢を放っている。その香りと感触を楽しむように、彼女の頭を私の肩に乗せている。



「ほんじゃまー、テストしてみましょっか。 なにか、ユーリの世界の面白い衣装を想像してみて」


 この世界に無くて、でもこの世界に……というか、舞台に向いてそうな衣装に何があるか考えてみる。


「じゃあ……『ゴスロリ』」


 私が発した単語のイメージを咀嚼するかのように彼女が黙る。


「ゴスロリ……うん……うん……おお! おお! すごい! これいいね! 死神役とかに使えそう! 」


 飛び上がり、適当なメモ用紙にザザザっとラフを描いていくシニッカさん。


「どう? ユーリのイメージと齟齬はない?」


 彼女が描くラフを横から覗き込んで見る。


「私が想像した物とは細部に違いはあるけれど……だいたい合っているよ。 いいよね、 フリルと薔薇で身を纏った死神の少女って感じで」


 その意見に、うんうんと力強く頷くシニッカさん。


「面白い! 面白いよ! 衣装からプロットが生み出せるほどの力があるよこれ!」


 私の世界のイメージを得て、彼女の脳内ではシナプス結合が凄まじい勢いで発生しているに違いない。そんな彼女の創作活動の邪魔はしたくないが、私の方でもテストしなければならないことがある。



「次はシニッカさん側からテストしないと。文字で書かれた適当な資料を斜め読みしてみて」


 私はまるで絵本の朗読を母親にせがむ少女のように、シニッカさんが広げた資料に目を通した。


「お……読める!!」


 私が昨夜見た公演の脚本だった。


 ラストシーンのページも開いてもらう。公演の最後にヒロインが歌い、私もヴァルト氏の執務室でコピーをしたあの曲の歌詞も、しっかり読み取れた。


 しかし、 シニッカさんがその台本から目を背けると、あっというまに意味不明の文字へと変化してしまう。


 会話よりは不便だが……それでも大きい前進だ。


「よっし、 これならお姫様向けの公演、色々と新しい事にチャレンジ出来そう!」


 シニッカさんはやる気だ。人質みたいなものとは言え、他国のお姫様をファンに出来てしまえば……。タンシャージャの名声は更に高まるはずだ。


 私はここにはあと数日も居ないので、付き合う義理は本来はない。それでも、誰かと共に舞台を作り上げるという、麻薬的な感動を、彼女らと味わってみたいと思った。

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