第16話 踊り子のくびれた場所
執務室に入るなり、ドヤ顔のヴァルト氏が私達を出迎えた。
『どうだった。俺達の公演は』……などとは、わざわざ尋ねてこない。感想なんぞ聞くまでもないだろう、という余裕を感じる。王都最大の踊り子商会タンシャージャの総支配人は、自分たちの公演に絶対の自信があるのだ。
公演は素晴らしい物であったと私も思う。
私は私の世界のハイテクミュージカルに慣れてしまっているので、物足りないと感じる部分は当然あったが、そこを除けば、公演チームの歌唱力、踊り、そして演技力は、非常に観客を惹きつける魅力があった。
まさにアイドルであった。
とはいえ、私もアイドルの端くれ。ライバル事務所に挑発されているようなこの状況下で、『とても良かったです』なんて素直に答えるのもシャクである。
だから私は、彼への意趣返しとして、一曲披露する事にした。
演目の主人公である貴族の嫡男が身分を捨て、ヒロインと共に別の国へ行こうと決意をする。それを知ったヒロインが歓喜を踊り表現しながらも、予期しうる辛い未来と、それを上回る希望を願い歌う。公演のラストで最も盛り上がる部分だ。私も一番気に入っているシーンである。
そのシーンのヒロインパートを丸ごとコピーしてみせた。
ヴァルト氏の執務室の中に居た全員が、驚きを隠せないようだった。そりゃそうだろう。 初見であるはずの踊りと歌を、一度見ただけでコピーされるとは。ウルシュラちゃんに至っては、さっきまでの感動がまた押し寄せてきたのか、涙ぐんでいる。
「……気に入ってくれたようで、なによりだ」
ヴァルト氏もどうやら相当に負けず嫌いのようである。私達はお互い、ニヤリと、笑いあった。
「さて、ここに居る二人を紹介しよう。君たちと一緒に王宮へ収められる予定のセラフィーナと、そしてタンシャージャで舞台装置や衣装を担当しているシニッカだ」
執務室のソファーで、私の踊りをみてポカーンとしていた女性二人が名を呼ばれてようやく我に帰ったようだ。
「どうだ、ユーリは」
まるで古い友人を自慢するかのように、私を見た感想をセラフィーナさんとシニッカさんに尋ねるヴァルト氏。
「はい……王宮に収めるには、とても勿体無いと想います」と、セラフィーナさん。
「こんな人材を、本当に王宮に差し出すつもりですか!?」と、怒りを露わにするシニッカさん。
ふたりとも、嬉しい事言ってくれるじゃないの。
「改めまして、ユーリ様。 セラフィーナと申します。セラと呼んでいただければ」
見事な宮廷式挨拶をしながら、私に向き直るセラ。
歳は……二十歳はまだ超えていないようだ。灰色が掛かった金髪をショートボブにしている。
すらりと伸びた手、脚、ボディはまるでバレリーナのよう。私よりも背が少し高いくらいだが、等身が半端なく高い。羨ましい!! パリコレでモデルさんとして出しても遜色がない。一緒に並んだらネットで公開処刑乙とか言われてしまいそう……。
スリムながら、ただ痩せている訳では無い。無駄な脂肪と余計な筋肉が一切無いのだ。大型のネコ科動物を連想せずにはいられないしなかやかさがある。
なのに、刀のような鋭い雰囲気も同時に持ち合わせている。冷たそうな表情がそうさせているのだろうか。王宮に入る踊り子としては、ふさわしくないようにも感じる。公演で男役を担えば、女性に大層人気が出る事だろう。
「私、シニッカ。よろしくね、ユーリ。色々面白いアイディアを持っているんだって?」
もう一人の娘、シニッカさんが目を輝かせながら私の手を握ってブンブンとふってきた。パワフルな娘だ。
ルビーを溶かしたかのような赤い髪は、とてもキレイなのだが、手入れをあまりしていないのか、ボッサボサである。
二十歳前後だと思うのだが……可愛い童顔系なので年齢不詳っぽさがある。ウルシュラちゃんよりもちょっと高い程度の身長である事もあって愛らしい。案外アラサーかもしれないが、可愛いは正義である。年齢は問題ではないのだ。
そしてふらりと抱きしめたくなる、ふくよかなマシュマロボディが魅惑的だ。 自称マシュマロとかいうあれではなくて、ちゃんと適度な弾力を感じさせてくれる、むっちりとしたエロい体型だ。抱き心地は相当良いに違いない。 一般受けはしないかもしれないが、グラビアアイドルとして売り出せば、コアなファンが相当ついてくるだろう。
裏方に専念させて置くのも勿体無い人材だと思うが、シニッカさんは踊り子業には完全に興味が無いのだろう。
さもなければヴァルト氏がとっくに彼女をあの手この手で舞台に上げているはずだ。であれば、これまでずっと裏方一本なのは想像に難くない。すると実はかなり筋肉があるのではないだろうか。皮下脂肪がそれに丸みを与えて、超エロいワガママボディに仕立て上げているとみた。
「よろしくね、セラさん、シニッカさん」
彼女たちと握手しながら、ちらりと、ヴァルト氏にアイコンタクトを取る私。彼女らは私の事をどこまで理解しているのだろうか。
「こいつらには、お前たちの事は本名も込みで全部伝えてある」
つまり、私が『勇者様』である事も、一週間後に姫様の前で突如公演を行なうハメになった理由も、二人は全て了解しているのだろう。
「セラは俺が王宮内に放つ目だ。踊り子としてもピカイチだが、なにより王宮内の政治状況にも詳しい」
俺が徹底的に教え込んだからなと付け加えるヴァルト氏。
「そして戦闘能力も高い」
踊り子は目隠しで、実はボディーガードが本業だったりするのだろうか。
「俺に借りが多い大手貴族が居てな。そいつにセラを付ける。王宮内部から色々と見てもらうって訳さ」
ただのスパイじゃねーか!
「今後王宮内で俺に連絡する必要があれば、セラを通してくれればいい」
なるほど。 NINJAのようですな。 アイェエエエ!
「で、こっちのシニッカは。……うーむ。変人だ。以上」
すげぇ雑に紹介しやがった。
「いやいやいや総支配人、それはないでしょう」
ぷんすかとするシニッカさん。
ふふっと微かに笑みを漏らすセラさんをみる限り、どうやら普段からそういうコントをしているらしい。
総支配人と、舞台を管理する人間。 とても強い信頼で結ばれているのだろう。でなければ、あんな公演は出来っこない。
「シニッカさんは、衣装デザインや舞台装置、演出から宣伝まで。公演に関する実務の多くを担っています」
ヴァルト氏の代わりに、セラさんが説明をしてくれた。
「ユーリがもつ様々な構想を、ぜひこいつに教えてやってくれ」
シニッカさんの頭を笑いつつグリグリしながら言うヴァルト氏。
先程から彼はシニッカさんにはやけに悪童めいた態度を取っている。彼女もヴァルト氏の『秘密基地』たるタンシャージャの事を、深く理解している『戦友』なのだろう。
一通り私との会話が済んだあと、ウルシュラちゃんとも挨拶をするセラさんとシニッカさんを眺めつつ、今後の展開を考える。
紹介されたセラさんとシニッカさん。どちらも癖が強そうだが、同時にとても魅力的なな娘たちだ。彼女らと翻訳飴を交換出来ると分かってそわそわしだしてしまう私。
……うむ!! 久しぶりに百合百合っと女の子成分補給できちゃうぞ! 美少女二人とチッス! チッス!
と、さきほどまで興奮していたのだが、ヴァルト氏の執務室のソファーに座った途端、猛烈な眠気が私を襲って来た。
私がこの世界に来て過ごす2日目の夜は、すでに23時を回っている。結局今日もいろいろあった。気力はともかく、ライフはとっくにゼロですよ。
横にいるウルシュラちゃんもさっきからウトウトとしている。
「セラさんとシニッカさんとは早急に翻訳飴を交換したいところだけれど……」
眠気と戦いながら私は言う
「ごめんなさい、もう限界。明日シニッカさんと飴交換してから、姫さま向け公演の打ち合わせに入って良いかな?」
「ふむ。そうだな。お前達は今日だけでもいろいろあっただろう。今夜はとっとと休むと良い」とヴァルト氏。
「明日からは正式に姫さま公演対策を始めるからな。しっかり体力回復しておけ」
そう言ってセラさんに、私とウルシュラちゃんを寮部屋まで送って行くように命じた。
「寝る前に飲んでおけ」と、栄養ドリンクのような小瓶を数本私に手渡してきた。
「シュラには目覚めてから飲ませるといいだろう」
セラさんに私たちの部屋まで案内してもらう。
翻訳飴の仲介者たるウルシュラちゃんが殆ど寝てしまっているせいか、私とセラさんとの会話が所々で通じなくなっている。まるでチューニングの合わないラジオを聞いている気分だ。
部屋に入る直前、セラさんに先程の栄養ドリンクのような物を見せて、なにこれ? と尋ねるジェスチャーをした。
飲む。寝る。目覚める。元気ハツラツ!
というセラさんの手振り身振りでわかった。本当に栄養ドリンクだったのね。ありがたく頂戴しよう。
「アリガトー」と、ぎこちないながらも翻訳飴を経由していない私本来の発音で彼女に礼を言い、部屋に入る。
挨拶程度でもいいから、少しづつこちらの言葉は勉強していこうと思う。明日からの打ち合わせでは様々な人達と出会う事になるだろう。ウルシュラちゃん、セラさん、とシニッカさんの誰かがずっと側にいるとは限らないのだ。せめて挨拶くらいは出来るようにしておくべきだろう。
セラさんの部屋は私たちのすぐ隣だ。彼女もそのまま自身の部屋へと入っていった。
ウルシュラちゃんをベッドに放り投げ、頂いた栄養ドリンクを飲んだ後、私もベッドへダイブする。ウルシュラちゃんをアロマ付き抱き枕として使ったら、あっという間に意識が落ちてしまった。
そんな状態だったから、私は気付きようがなかったのだ。私達の部屋の机の上に置かれた封筒の存在に。