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第14話 私がミュージック

 夕方となった。

 王宮ではすでにセルンド公国のスヴェンセン大公の三女……王位継承序列5位にして、美人かつ剣の達人と呼ばれるマティルド・スヴェンセンが王族の側室として迎え入れられる儀式が進んでいるのだろう。


 家臣へと下賜される踊り子達は、所詮は所有物に過ぎず、式には当然入る資格を持っていない。


 私とウルシュラちゃんはヴァルト氏と共にタンシャージャが所有する劇場までやってきた。カフェでの支払いは当然ヴァルト氏持ち。ソルヤちゃんに早く公演の事を伝えたかったが、まだどうなるか分からないのでやめておけと釘をさされてしまった。



 本来マティルド姫歓迎の直後に王宮に収められる予定だった踊り子達は、『勇者反対勢力』の妨害により、一週間という短い期間の中で公演を用意し、演劇鑑賞が好みだと言うマティルド姫に見せなければならなくなった。


 とは言え、流石王都最大の踊り子商会タンシャージャの娘達と言うべきだろうか。最高のショーを見せて、マティルド姫をファンにしてしまえ! という気概を持って準備を進めていた。


 これは私もウカウカしてられないぞ。


 公演はタンシャージャの劇場で、チケットがあれば誰でも入れる一般形式で行う事となった。王宮側からは反対意見が当然出たが、王宮内には練習場所も舞台設備も揃っておらず、時間もたったの一週間しか用意されていない。舞台設備を王宮に運び入れる作業だけであっという間に一週間が過ぎ去ってしまう。


 無様なステージをマティルド姫にお見せするつもりか! と、総支配人たるヴァルト氏が王宮側を押し切ったのだ。


 また、当のマティルド姫からも、演劇鑑賞は大勢の観客達と同じ場を共有してこそ得られる物があるという旨の援護射撃を行ってくれたらしい。


 やるぅ! ますますお姫様への興味が湧いてきた。


 そんな訳で、私とウルシュラちゃん、そしてその他の王宮に収められる予定だった踊り子達も、全員公演が終わるまでは劇場で稽古と寝泊まりをする事となった。



 ウルシュラちゃんの王宮内での立ち位置があまり良く分かっていないのと、本人も説明する気が全く無いようなので、ヴァルト氏には彼女は勇者擁立派が私につけてくれたメイドの『シュラちゃん』という扱いのままで通す事にした。


 その代わりと言ってはなんだけれども、 私ことユーリは異世界から召喚転移された者であると正直に伝えた。


 本名は富士見ゆりか。

 地球という世界にある日本という国で暮らしていた。 学生であるのと同時にアイドルも兼業しているという事も説明した。アイドルのイメージは、ウルシュラちゃんを通じて伝えて貰った。エッチな意味で売り買いされるという点以外は、こちらの踊り子と大差は無いのだから、伝えるのは容易であった。


 だから才能を感じたのかとヴァルト氏は得心がいった様子である。


 むしろ私が学生であるという事に驚いてしまったようだ。こちらの世界では貴族でも無いと学校になんていけないのだから。説明するのも面倒臭いのでそこらへんははぐらかしておいたが、ヴァルト氏は私の事を日本の貴族なのに踊り子をしているという、とんだ非行少女だと認識してしまったようだ。


 面白いのでその誤解は暫くそのままにしておく。


 取り敢えずアイドルである事の証明として、私の持ち歌を2曲、アカペラで歌いながら踊ってみせた。この世界には無い踊りである事をヴァルト氏は即座に見抜き、これは全世界の踊り子業界に革命をもたらすぞと興奮していた。


「しかし踊り子……いやアイドルか。 そのアイドルを『勇者様』として召喚されるとは……神は一体何を考えておられるのだろうか」


 それは私だって知りたい。


「ユーリの登場で踊り子業界に革命がもたらされた結果、 魔王がファンになって人間と仲良くなってしまうとか? 歌で平和を取り戻すってか。 公演の題材に出来そうじゃないか」


 冗談にしか聞こえないが……意外とそのような方向性で世界が救われちゃうのかもしれない。



 更に私が異世界の人間である事の証左として、この世界には無いであろう、私達が着ていたアイドル衣装や、観客に販売するグッズの事を説明すると、 早速公演に取り入れて見たいと言い出した。デザイナーをつけるから何種類か試作してみてくれとまで頼まれてしまった。


 ふふふ……富士見アイドル事務所設立への道が近くなってきたぞ……。



 しかし困った事に、私の脳内イメージを伝達出来る相手は現在ウルシュラちゃんしかいないが、彼女は衣服を製作する才能は持っていなかったようだ。私も当然無理である。


 そしてもう一つ問題があった。

 私はこの世界の文字が読めないのだ。


 単語だけなら、例えばカフェの店員さんのネームプレートくらいなら読めるようになってはいたが、発音が分かるだけで意味までは覚えていない。 文章ともなると、更にちんぷんかんぷんである。演劇をするのに台本が読めないのは困る……。


 そこで、ふと、翻訳飴を私が起動して、他の誰かに飲ませれば良いのではないかというアイディアが浮かんだ。もしかしたら文字以外にも、宮廷儀礼や踊り子としてのお作法、王宮内でのお偉方の面々など、私やウルシュラちゃんに足りない物をイメージ伝達してくれるのでは……?


 その場合、幾つかの翻訳飴を使用する必要がある。衣装やグッズのイメージを伝える為、 デザイナーさんに起動してもらう事。 そして今後の王宮対策の為、王宮対策がばっちりの娘にも起動してもらう必要がある。


 場合によってはウルシュラちゃんにも王宮対策ちゃんが起動させた飴を飲んで貰う必要があるのだろうか。くっ……NTR要素は辛い……。


 ともあれ、先に懸念するべきなのは、私が魔導器具を使用すると変調をしてしまうという点である。翻訳飴は使い切りタイプなので問題ないと思いたいが……。


 さて、どうした物かな。



 ……困った時にはヴァルト氏に相談だ!


「助けてよヴァルえもーん!!」と、私は声に出しながら、彼の執務室の扉を開けた。


「……なんだその、ヴァルえもんというのは?」


 怪訝な顔で、実にごもっともな質問を、言われた本人が投げかけてくる。


「……猫型の自動人形『銅鑼えもん』と、無能なご主人様が活躍する、ゆり……ユーリ様の世界で有名な童話。なにか事件が発生する度にご主人様が『銅鑼えもーん』と泣きつくと、遥かに進化した魔導器具で助けてくれる。その事から、相手の名前の後ろに『えもん』とつけて泣きつくと、大抵の人は苦笑しながらも助けてくれるようになる、らしい」


 ……シャラララン~さすがウルシュラちゃん。 すでに『イメージ伝達の伝達』をモノしていた。


『テレビ』や『アイドル』など、私の世界では一般化している事象の伝達に問題はないと以前確認しているが、そこから更に一歩進んだ概念……例えばパロディのイメージはどう処理されるのか興味があったけれど。

 まさか通じるとは。


 次は定番のジョジョネタをかましてみるとしよう。


「ユーリの世界には色々と面白い物があるのだな。落ち着いたら、色々聞かせて欲しいものだ」


 苦笑いしつつ、しょうがないなぁゆり太くんは、的なジェスチャーで私に話を続けるよう促すヴァルト氏。彼はすでに私の本名を知っているのだが、念の為、「ユーリ」という呼び方を続けている。


 現在悩んでいる事、主に翻訳飴の使い方についての考えを話した。 その上で、誰か信頼のおける人を紹介して欲しいとも。当然、可愛い女の子でシクヨロ!


「ふむ……シュラがユーリの世界の事にやけに詳しいのは、翻訳飴のせいだったのか」


 仕事柄、色々な国へ行く事も多いヴァルト氏だ。当然翻訳飴の存在は理解しているはず。しかし、この世界に無い事象までも翻訳出来る……いや、意訳しているとでもいうべきだろうか……そんな機能があるとは知らなかったようだ。あのウサミミ王宮魔道士ユスティーナさんですら、その事に驚いていたのだから当然であろう。


 ……もしかしたら、私の魔導器具を変調させてしまう体質(?) が、そのような能力を發現させているのかも知れないが、そこはユスティーナさんの今後の研究を待とう。


「わかった。君たちと共に王宮へと収められる娘から一人、俺が信頼している奴を紹介しよう」


 さすがヴァルえもん。頼りになるぅー!


「その前に」と、私にチケットを二枚、ヴァルえもんが渡して来た。


「ユーリとシュラは、俺たちタンシャージャの公演は、まだ観た事がないのだろう?」


 ふるふると、頭を同時に横に振る私とウルシュラちゃん。


「一週間後の公演では、君たちにも出てもらわねばならない。主役は無理だが、何か重要な脇役を任せようかと思っている。 王宮内の勇者反対派へのアリバイ作りというのが大きい。まさか重要な脇役を演じた踊り子が勇者様だなんて、誰も想像するまいよ」


 貴族が混乱する様でも想像でもしたのか、ククッと愉快そうに悪い顔をするヴァルト氏。


 しかし私達を公演の舞台に役付きで上げるとは。 今回のようなケースでも無ければ無理だっただろう。通常の公演チームに何処の馬の骨ともしらないド素人を入れようものなら反発されるだろうが、今回は王宮に収められる踊り子達のみでの公演だ。 私達をねじ込む事は容易い。


「同時に、マティルド姫の覚えを良くしておきたい。 演劇観賞が好きだというからな。絶対にお前たちの事を記憶するだろう。 今後万が一、お前達に不利な事態が発生しそうになった時には、お姫様が助けてくれるかもしれない」


 本当、色々考えてくれるなぁ。当然、彼自身の利益にも繋がるのではあろうが、それだけではないのだろう。


「とまぁ、様々な理由を述べてみたが、……なにより、俺がお前たちの舞台を観てみたいってのが本音だ」


 そんな夢見る少年のような真剣な眼差しで見つめられてしまうと、ヤの付く職業風な見た目からのギャップで、普通の女の子なら惚れちゃうのだろう。しかしそれは恋だの愛だとという視線ではなく、どことなく、戦友をみるような目つきだった。


 幼いころ同じ秘密基地を共有しあった戦友を見るような目線。彼にとってはタンシャージャが秘密基地なのだろう。私はただの通りすがりの人間のはずだが、彼の秘密基地の良さを理解してくれるであろう戦友が目の前にいるのだ。 そいつを王宮の陰湿な連中の餌食にしてたまるものかという戦意が滲み出ていた。



「さて。 そのチケットは今夜の公演のものだ。ウチのトップチームが出る。この世界の踊り子達の頂点……君の言い方に習えばトップアイドルか。それを一度観ておけ」


 観終わったらまた執務室まで来い。お前の望みに合った娘を紹介しよう……



 ヴァルト氏の執務室から出ると、先ほどまで無表情だったウルシュラちゃんが、チケットを眺めながら目をキラキラさせていた。


「シュラちゃんも、踊り子には興味あったの?」


 こくん、と頷くウルシュラちゃん。


 私も引き続き、彼女の事は「シュラちゃん」と呼ぶようにしている。


 しかし……踊り子は下賤な物……というイメージがあったのだけれどねぇ。


「数十年前までは、タチンボよりはましな程度という認識をされていた」


 こらこらこらー! 幼女がそんな言葉使っちゃいけません。でも、元々はやっぱりそういう認識だったのね。


「でもタンシャージャが出現してから、その風潮も減った。今では多くの貴族、一般市民の一大娯楽まで成長した。踊り子は今や女の子憧れる職業の1つ」


 ウルシュラちゃんもそんな女の子の一人なのだろう。


「じゃあ私がシュラちゃんに似合う、可愛いアイドル衣装、用意してあげるねっ!」と、彼女を抱きしめる。


「うん。ゆり……ユーリ様のイメージするアイドル衣装。可愛いから楽しみ」


 抱かれながら微笑んだ彼女は実にキュートである。今後どれだけ多くのお兄さんお姉さんをロリコンにしてしまうのだろうか。

 恐ろしい子!!



 ちょっと着替えなどと準備をしていたら、公演開始時間ギリギリになってしまった。すでに着席したお客様達に頭を下げながら指定席まで向かう。

 ど真ん中よりもやや左後ろの席。

 全体を見渡せる良い位置だ。


 オノボリさんのごとく、キョロキョロと劇場内を見渡してみる。三階まである、かなり広い作りとなっていた。私達の公演の時は、姫様はそこのボックス席から観賞するのだろう。


 全体としてはブロードウェイのシアターを彷彿とさせる構造となっている。歌って踊ってストーリーを展開するのに適したステージというのは、文化は違えど……いや、異世界とは言えども、似たような作りに収束するのだろう。



 ビィーと開幕のブザー音が鳴るのと同時に、シアターが暗転しだす。さぁ、 みせてもらおうか、この世界のトップアイドルという物を!

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