第13話 君が愛を語れ
「そ、そんな時間はない、ゆり……ユーリお姉ちゃん」
私の袖を引っ張りながら焦りを隠せないウルシュラちゃん。
表情に乏しいこの子が、ここまで感情を発露するのは珍しい。目の前の男の本意がまだ分かっていないので、引き続き設定通り、私の事を「ユーリお姉ちゃん」と呼んでいる。いつかちゃんと「ゆりかお姉ちゃん」って呼んでもらいたい。
さて。
今日の夕方には隣国の王位継承順位5位をもっておられる三女さまが王族の側室として迎え入れられる。祝い事であるので、臣下には褒美として通常よりも多くの踊り子が下賜される。私達は踊り子に変装し、踊り子商会タンシャージャが提供する女の子達と共に、王宮に収められる手筈となっている。
王宮に入った後は、出来る限り早くユスティーナさん達と合流をしなければならない。合流後は『勇者様』として、今後の魔王対策作戦に正式に従事する事になるだろう。 踊り子業を兼任するなんて不可能。つまり、公演なんてする余裕はどこにもない。
しかしだ。
私の目の前に座って特盛りパフェを食べているこの男……王都最大の踊り子商会タンシャージャの総支配人ヴァルト氏は、なぜ私が『勇者様』である事を知ったのか。そこをまず見極めなければならない。
今回彼に与えられた依頼は単純だ。ド田舎のバカ姉妹を王宮に送り込むだけ。実に簡単なお使い。しかも依頼主は王国の重鎮たるヴァッサ侯爵。超VIPなお得意様直々のご依頼。提示された報酬がなぜか普段よりも遥かに高い事に懸念を抱くかもしれないが、全ては溺愛する息子の為であると知れば、納得が行く。
そして私の存在は王宮内でも出来る限り隠蔽されているはず。なのにヴァルト氏は何かを嗅ぎつけた。その結果が今の状況に繋がっている。
……今の私には情報が足りなすぎる。否、持っている情報が偏り過ぎているのだ。
例えヴァルト氏が『勇者反対派』の手先であっても、そこから得られる情報にはなんらかの価値があるはずだ。そもそも、彼が私を『勇者様』であると知っている以上、今更なにを取り繕っても無駄なのだから。
私はここまで考えた事を、包み隠さずヴァルト氏に打ち明けた。
ふむ、と、聴き終えたヴァルト氏は頷きながら語る。
「今回ユーリ、お前さんに用意された物語はごくありふれた内容でな。『キャハッ☆』なんていう馬鹿げた語尾は論外だが、基本的には誰も疑問に思わないだろう。俺だって始めは、ただのよくある依頼だと思っていた。貴族さまが気に入った娘さんを踊り子や妾として王宮に収めたいと俺たちに依頼する。親に金を積んだり、或いは娘本人に直接声をかけたりして籠絡するのさ。『貴族の妾になれるぞ。裕福に暮らせるぞ。 あのタンシャージャで踊り子デビュー出来るぞ』って具合にだ。大抵はそれでカタがつく」
喋っていて喉が乾いたのか、パクっとデザートを数口食べるヴァルト氏。
彼の説明では省かれているが、万が一娘や親が応じなければ、誘拐でもして強引に連れ去るだけなのだろう。ファンタジー物、いや、地球でも良くある話だ。胸糞悪いが、ここで彼を非難した所でどうにかなるような話ではない。
「しかし、どうにも引っかかった。わざわざ公国のお姫様のお迎えに合わせるって所にな」
それはどういう事だろうか。 話を続けるよう、ヴァルト氏を促す。
しかし彼はパフェの溶けかかったアイスだけは冷たい内に食べてしまいたいのか。しばし無言になり全部掬い取った後、ようやく話を続けた。
「言った通り、村娘を踊り子として妾にする事自体はよくある話だ。わざわざ三女さまのご到来に合わせずとも、今まで通り、日没くらいの時間帯に王宮の裏からこっそり入れてしまえばそれで終了だ。あとは王宮の中にいる貴族さまの手下が娘を案内する」
「むしろ三女さまに合わせるほうが、ヴァッサ侯爵には不都合が多いはずだ。 三女さまと同時に収める踊り子達は全員、タンシャージャが誇る娘達だ。身分も教育も全員しっかりしている。そこにド素人でド田舎のバカ姉妹を放りこんでみろ。 なんかのきっかけで偽装がバレたら俺たちタンシャージャにも、ヴァッサ侯爵にも、名前に傷がつく」
そんなにド素人とかド田舎とかバカ姉妹とか連呼しないで欲しいなぁ。あれはそういう脚本ってだけだっつーのに。
キャハッ☆
だがヴァルト氏はことさら茶化す訳でもなく、声のトーンを低くし、私達だけに聞こえるよう顔を近づけてきた。
「だからきな臭さを感じたよ。何を隠しているのかってな。 調べてる内に、『勇者様』という単語が浮かんできた」
ハッ! 子供向けの絵本かっての! と毒づくヴァルト氏。
「現時点では俺も『勇者様』とやらがどんな存在なのかは分かっていない。魔王に対抗するべく、神に依って呼び出された存在だとくらいしか。 多分王宮の連中も話半分なんだろうよ。眉唾過ぎる。お伽噺かよってな。 公演の演目に使えそうだなと思ったくらいだぜ」
ドキッ! 女の子だらけの勇者英雄伝説! ……悪くないかも。ビキニアーマーを装着して踊りながらミュージカル風に魔王を倒す。
揺れる胸。 むふふ……。
「実態はどうであれ、俺が手引する予定の人間は、連中がこぞって狙うような存在であると言う事は分かった。どの踊り子が『勇者様』なのかを分からなくさせる為、時期を三女さまに合わせたのだろう。 そこまで読めればあとは簡単だ。 王宮、そして貴族内の誰が……少なくとも表面上は、誰が『勇者歓迎派』で、誰が『反対派』なのかは掴めた。 別に勇者様がどうなろうと俺には関係無いが、王宮内のゴタゴタに巻き込まれてしまうのはごめんだからな。情報を収集したのは俺自身の為でもある」
まぁ、 実際にはその情報を利用してまた一稼ぎするのだろうけれど。
「そして、本来は悪い情報だったんだが……、今のお前たちにとっては逆に良い知らせが出てきた」
良いニュースと悪いニュースがある。 どっちから訊きたい?悪い方から? オーケー。 覚悟して聞けよ……悪いニュースは良いニュースになった!
いやっふぅううう! USA! USA!
「勇者反対派だと思われる子爵が、三女さまには是非タンシャージャが自慢する踊り子たちによる公演を見せるべきだと主張してきた。 普段公演を行なうチームじゃなくて、三女さまと一緒に王宮に入るメンバー達だけでって注文までつけてな」
はぁん、 読めてきたぞ。
つかダダ漏れじゃないの、私が踊り子として潜入するって情報が。なにやってんだ勇者ゆりか様擁立派の連中は。
「今回側室入りをする公国の三女さま……マティルド姫の事は知っているのか?」
どうせ目の前の田舎娘は分かっていないだろうから、ついでにセルンド公国との関係も教授してやろうという、ふざけた表情で説明を続けるヴァルト氏。
それくらいはユスティーナさんからきいてまーすぅー。
「じゃあこの話しは知っているか? 公国は約13年前に、『勇者召喚』を行っているってな。お前さんにとっても関係ある話かもしれんがね。 軍事的に元から弱かった公国は、伝説の勇者様を召喚して連合内で優位に立とうとしたのだろうな。 しかし召喚は見事に失敗。 使用した魔導器具で国家予算規模の莫大な資金と魔素を使い果たしてしまい……王国の属国と化した」
……え、召喚魔道器具ってそんなに簡単に作れるもんじゃないの……? 日本に戻れるのか聞いた時、ユスティーナさんが言い淀んだ理由ってまさかそれ……?
「せめて関係を今よりも良くしようとしたんだろうな。 美人でしかも剣術の達人という事で有名なマティルド・スヴェンセンを王族の側室に……実質の人質として、王国に渡したって訳だ」
はぁ、教科書よりも一歩突っ込んだ世界史本を読んでいる気分になってきた。 王国の歴史がまた1ページ。
「人質とは言え、仮にもセルンド公国王位継承序列5位を持つ美人なお姫様だ。公国国民からの人気も高いからな。 今後の為にも恩は売っておくのに越した事はない。そして当のマティルドは演劇観賞が好みだと言っている」
へぇ、 演劇好きなんだ。 ここで初めてお姫様に興味が湧いてきた。
「そこを利用して、反対派の連中は画策したのだろうな。マティルドに媚びを売りつつ、公演に出なかった踊り子が『勇者』なのだろうと当たりを付けられる。一石二鳥という訳さ」
俺たちの演劇も随分安く見られたもんだぜ! と愚痴るヴァルト氏。
そう。 演劇にしろミュージカルにしろ、 急に演じろと言われても無理なのである。一個人のパフォーマンスだけであればともかく、集団で行なうのだから。
事前の綿密な打ち合わせにリハーサル。 どれも時間が必要だ。そして時間が足りなかったからと言って、観客に無様なショーは見せられない。
そういう矜持が彼からは感じられる。
「あまりにも唐突に提案された計画だからな、我らタンシャージャといえども、急に公演は出来ない。 結構キツイが……準備に一週間ほど貰う約束を取り付けた」
ふう……と、 血が上った頭を冷やすかのように、水をぐいっと呷るヴァルト氏。空になったグラスをそのまま乱暴に机に叩きつけるのかと思いきや、意外かな。 繊細な手付きでコトリ、とテーブルに載せた。
「お前たちがもし踊り子としてこれっっっっっぽっちも、役に立たなそうだったら、俺としては、王宮にお前達を送り込んで、はい任務完了です! としたかったんだがな……」
苦笑するヴァルト氏。
「一目で分かったよ。お前ら……特にユーリ。 お前はそこらの踊り子達なんかが束になっても敵わないくらいの才能を持っているってな。 そんな人材を、みすみす王宮の陰湿な連中に持って行かれてたまるかっての。 だからこそ、ヴァッサ侯爵にスキャンダルと交換してでも、お前たちを引き止めたかった」
……言ってて恥ずかしくなったのか、あれほど自信満々に喋っていたヴァルト氏が、僅かに視線を外して頭をポリポリしている。
「お前らの予定よりもだいぶ遅れてしまうが、これで安全に『勇者様擁立派』のところへたどり着けるはずだ」
そして約束通り、 公演も出来る。
「……ヴァルト氏、ソルヤちゃんへのチケットの手配、頼んだよ」
舞台劇は久しぶりだ。 燃えてきたぁあ!