第12話 スカウト、という話
キャハッ☆
私、田舎娘のユーリ!
こっちは異母妹のシュラ!
小さな農村で生まれ育った普通の女の子! 生活は貧しいけれど、シュラちゃんと歌と踊りがあればオケオケオッケー!
ある日、二人で森の中で歌いながら薬草を探していたら、魔物に突然襲われたの。
その時! 白馬に乗った王子様が颯爽と現れて、魔物をあっという間に退治してしまったわ! 感謝の言葉を述べたら『それよりも君の素敵な歌声をもっと聞かせておくれ』だって! 素敵!
でも家族がいるから一緒には行けないのって断ったら、私達がいなくても安心して生活出来るほどの大金を両親に渡してくれたわ!
しかも私とシュラを王都まで護衛するように、なんと王宮騎士団まで動かしてくれたの! まるでお姫様みたいね! 王都での身分は踊り子だけれど、大好きなシュラと歌と踊りがあれば大丈夫!
王子様! 待っててね!
キャハッ☆
……王国重鎮ヴァッサ侯爵は、次男アグリコラを溺愛している。女っ気の一つも無い事が悩みどころだったこの次男坊から、田舎娘二人を囲いたいと聞いた時には、呆れつつもついに溺愛している次男の子供が抱けると大いに喜んだそうだ。
しかし所詮は田舎娘。 そのまま招き入れる訳には当然いかない。
まずは踊り子として二人を収め、その後に仮面夫婦でもいいからどこかの大手貴族の娘と結婚する事を条件とした。そうすれば二人を妾に出来る。実際の愛はその二人の妾に注げば良い。そして次男坊はその条件を飲み込んだ。
それほどまでにその田舎娘に惚れ込んでいたとは……。感動したヴァッサ侯爵は次男坊との約束を果たすべく、私的にも公的にも、よくお世話になっている踊り子商会タンシャージャ、その総支配人たるヴァルト氏直々に、まず踊り子として二人の田舎娘を手引きするよう依頼した……。
……というのが、私ユーリこと、異世界に召喚転移されて2日目を迎えたばかりの今をときめく女子高生アイドル富士見ゆりかに与えられた、『勇者反対派』の目を掻い潜って王宮に侵入する為の台本である。
キャハッ☆
そしてカフェのテーブル向かい側では、件の総支配人ヴァルト氏が座っている。
「ヴァッサ侯爵のご依頼で、君たち二人を、貴族の三女さまの側室入りに合わせて王宮に入れる。実に簡単な仕事だな」
ハンっと笑い、私達へと向き直った。
「しかし気が変わった。 ユーリにシュラ。 ウチで働かないか?」
突然のスカウトに、喉を詰まらせそうになる私。
「えー、でもぉ! 王子様が待ってるしぃー? 早く会いに行ってあげないとね!」
このノータリンな田舎娘の台本を用意した奴の頭をキャハッ☆ ってさせたいが、我慢して茶番を続ける。
「それにぃ侯爵さまの依頼はー、無視出来ないのでは? キャハッ☆」
それは問題ないとばかりに、ぞんざいに手を振るヴァルト氏。声のトーンとボリュームをやや落として言う。
「ヴァッサ侯爵はウチのお得意さまだが、逆に言えば侯爵の下半身的スキャンダルも数多く握っているって訳だ。言っちゃあ悪いが、田舎娘二人とスキャンダル、どっちを侯爵は取るだろうな?」
流石は王都、いやこの国最大のアイドル事務所……じゃなかった踊り子商会。主要人物の性癖調査はバッチリという訳だ。
「もちろん、無理にとは言わねぇがね。 しかし考えてみてもくれ。 お前たち田舎娘二人のために、こっちはとっておきのスキャンダルを侯爵との交換条件としてぶち上げるんだ。 お前達にはそれくらいの価値があると、俺は見ているんだぜ?」
私達を買いかぶりすぎなのでは? キャハッ☆
「なんなら、田舎に残した家族も全員、王都に家を用意して住まさせても良い。 王子が払ったという大金も、返済した上でその二倍、いや三倍の金を出そうじゃないか」
「えぇ〜 でもぉ〜私バカだから〜そんなの全く分かんなーい」
田舎のバカ娘ユーリちゃんを演じつつ、このトラブルを回避する方法を必死で考える。ウルシュラちゃんは無口を貫いている……単にパフェを食べるのに必死なだけかもしれないが。
当然、ここはありがたいお言葉ですが先約がありますのでオホホ、と、お誘いを退けるべきだが……あまりにも唐突過ぎるスカウト。しかもかなり政局に踏み込んだ話題を前振りもなくぶっ込んで来た。この目の前の男は本当に信用出来るのだろうか……?
「ヴァルトさん、いらっしゃい」
不穏な雰囲気を知ってか知らずか、無邪気に割り込んで来たのは、先程私達の注文メニューを運んで来た店員……ソルヤちゃんだ。
ヴァルト氏に出されたのは、先程ウルシュラちゃんが頼んだパフェのようなデザートの特盛版だ。これが『いつもの』……だと……?
「ヴァルトさんが直々に面談するなんて、やっぱりユーリちゃんとシュラちゃんは期待の新人なんですか?」
なるほど、このお店はタンシャージャの側にある。所属している踊り子達もよく利用するのだろう。総支配人が常連であってもおかしくはない。
「ん? ソルヤちゃん、ユーリとシュラとお知り合いなの?」
まるで最初のチャラ男モードに戻ったかのように尋ねるヴァルト氏。 さっきまで近くで見てたくせにわざとらしい。
「はいっ! ついさっき知り合ったばかりなんですよ。ね?」と嬉しそうに私達を見てくる。
ぐぬぬ……ソルヤちゃんの前では田舎キャハッ☆娘の演技が出来ないぞ……。無言で笑顔を作り、頷くだけに留めておいた。
「おお、ソルヤちゃんやっぱ見る目あるなぁ。そうだよー。超期待の新人さ! 偶然視察に行った田舎の弱小商会で燻っていたんだけれどね。パッと見た時から、こりゃあとんでもない原石を見つけた気分だったよぉ! 流石俺って感じだね! あんな人を見る目の無い商会に置いておくのはこの国の損だと思ったね! あっちの商会に大金叩きつけて、こいつらを引き取って来たって訳さ!」
……うわぁ、とんでもないストーリーが出来上がっていくぞ……。
「わぁ! やっぱりそうだったんだ! 二人とも全然新人っぽくなかったし! 私、ひさびさにドキドキしちゃったもん。 早く二人を公演に出してあげてよねヴァルトさん! 私絶対に観に行くから!」
「おーおー! 早くもソルヤちゃんのお墨付きたぁ、こいつらもツイてるねぇ! よーし、こいつらの初公演チケット、君たち店員分用意しておくぜ!」
「本当に!? ありがとー! ユーリちゃん、シュラちゃん! 私、期待しているからね! 頑張って!!」
そう言ってるんるんと……全く演技には見えない、本当に嬉しそうな様子で店内に戻るソルヤちゃんを見てしまう。
「……なぁ、ユーリさんとやら。 正直に話そう。俺は君が『勇者様』と呼ばれている事を知っている。知った上で全てを茶番として処理しているに過ぎない。しかし……あのソルヤちゃんは完全に無関係の一般人だ。それだけはここの常連客として全力で保証してもいい。 不思議と踊り子を見る目はあるがな。うちのスカウトマンとして欲しいくらいだ……そんな子が本気でお前たちを応援したいと言っている」
その目は本気だった。これがヴァルト氏の本質で本性なのだろう。
「ウチでトップを目指してみないか」
「……私達は王宮に用事があります。世界を揺るがしかねない、非常に大事な用事が。正直踊り子でトップは目指してみたい。でも今は王宮へ入る事を最優先しないといけないの」
私も日本でトップアイドルである。ヴァルト氏の圧力に負けないよう、同じく圧力で対抗してやった。
しばしの沈黙。
「ふぅ……もう『キャハッ☆』は止めるのかい?」
おどけつつも、先に折れたのはヴァルト氏だった。
「あれは台本書いた奴をかち割りたいですね……キャハッ☆」
「ははっ、お前さんはやっぱ俺が見込んだ通りだぜ」
お手上げとでも言わんばかりに、ようやく特盛パフェを食べだすヴァルト氏。
「王宮での用事が終わって、気が向いたらいつでも来てくれ。歓迎してやる」
「ええ、世界を救い終わったらね」
「……しかしなぁ、ソルヤちゃんをがっかりさせちまうなぁ」
本当に残念そうに呟く。この人は根っからのエンターテイナーなのだろう。見る目のある観客を楽しませたいって思いを感じる。
「……どんな内容かにもよりますが、一公演くらいなら、ソルヤちゃんの為にも付き合いますよ」
!?と、一番驚いているのはウルシュラちゃんだった。
「彼女は私の、ユーリとしてのファン第1号ですから。がっかりさせたくはありません」