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第10話 朝をありがとう

 ゆっくりと目が覚め始めた。

 まだ靄がかかった視界で、チラッと腕時計を見ると既に朝11時。


「やばっ! 遅刻っ……!!」


  って、今はそんなの関係無かったか……。


 ここは日本にある自分の部屋ではなく、異世界のウサミミ隊員ことユスティーナさんが所有するセーフハウスの寝室である事を、ぼんやりと思い出す。


 異世界に飛ばされた後に迎える、初めての朝であった。 もうほぼ昼に近い時間だが。


 大きなベッドのど真ん中に私が居て、家主たるユスティーナさんと、そのメイドである褐色金髪少女のウルシュラちゃんの二人が側で寝息を立てている。


 目覚める気配は全く無い。変調してしまった魔導器具の研究を朝までしていたのだろうか。


 もう少し寝かせてあげたい所だが、今日の夕方に踊り子として王宮に潜入する為の準備も行わなくてはならない。


 まずひとっ風呂浴びたいところだけれど……私が浴槽を使うと昨夜のポッドみたいに変調してしまう可能性がある。ユスティーナさんご自慢の浴槽を壊す訳にはいかない。


 申し訳ない気分でユサユサと家主さんを起こす。


「ユスティーナさーん。 起きてくださーい。 もうお昼ですよ~」


「うぅう……あと少し……あと少しだけぇえ……」


 完全に寝ぼけておられる。ふーむ。 これは……セクハラチャーンス!?


 幸い、昨夜私が生成した水がまだ残っていた。風呂場で顔を洗い、口をゆすぐ。再び寝室へ戻り、ベッドの中にいるユスティーナさんの前までもぞもぞっと潜り込む。


 ユスティーナさんの反応はまだ無い。まず彼女の髪の毛を撫でてみた。


 光加減や角度によってはピンク色にも紫色にもなる、その艷やかな銀髪を一房摘んで匂いを吸い込んだ。 昨日お風呂で同じ石鹸を使ったからか、彼女から私とお揃いの香りが漂ってくる。なんか無性に嬉しくなった。


 よいせっと彼女の頭と枕の間に、私の左腕を差し込む。腕枕の密着感って、安心感あるよね。


 空いた右手で彼女の頭をさすり、そのまま肩から腰、そしてふとももへと撫でていく。ピクンッと反応した気がしたが、さて狸寝入りなのかしら?


 あ、うさ耳がぴくんぴくんと反応してますよ? うっすらと潤いを帯びた目を開けてきた。……あかん、思わず初日のキスを思い出してドキドキしてきた……。それは彼女も同じようで、ゆっくりと近づく私達……



「ゆりか様ー、ユスティーナさまー、あふぅ……おはよう……ございます」


 ムクッと、そこでウルシュラちゃんが起き出してしまった。


 ……残念なようなホッとしたような……。

 

 ユスティーナさんのおでこに軽くキスして、私はなんでもないかのようにベッドから起き上がった。ウルシュラちゃんのおでこにもチュッとする。


「おはよう ウルシュラちゃん。 ユスティーナさんも、ほら、起きて!」


 ユスティーナさんが憮然とした表情で上半身を起こす。


「ウルシュラ……もう少し寝てても良いんですよ?」


「もう平気。 ゆりか様の準備、しなきゃだから」



 三人で一緒に朝風呂に入り、 遅めのお昼ごはんを食べ終えたあと、ようやく出発の準備に取り掛かった。


 昨日の魔導器具の変調の状況は結局、ここの設備程度では何も分からず、王宮にある研究施設に持ち込むまでお預けとなったようだ。私の魔素干渉力もそこで研究をする必要があるとも。


「なので早めに王宮内で合流する必要があります」とユスティーナさん。


「今回は、ウルシュラも踊り子としてゆりか様についていかせます」


「え、大丈夫なの?」


 この世界における踊り子の立ち位置がまだよくわかっていないが、『下賎な』という形容詞が付いて回るような場所にウルシュラちゃんを送り込んでもいいのだろうか?


「私が一緒についていく訳にはいきませんし、翻訳飴の事もありますからね」


 翻訳飴は、一度食べればスピーキングとヒアリングが完璧になるような便利な代物ではなかったのだ。あくまでも起動者が仲介となり、意思をイメージ化する事で意識の疎通が出来ているように見せかけているに過ぎない。


 起動者が喋り声の届かない位置まで離れてしまうと、翻訳効果は切れてしまうという。昨夜試した『テレビ』のやりとりで、翻訳飴の本質はイメージの伝達であると感じた事は、当たらずといえども遠からずだったのだ。


「ですので、ウルシュラに翻訳飴を起動してもらい。 ゆりか様のサポートとなってもらいます」


 昨日言っていたウルシュラにも翻訳飴を使わせるつもりってのは、この事だったのね。


「それと、万が一の事もありますので、ゆりか様にも何個か翻訳飴をお渡しいたします。 必要な場合、相手に起動してもらって使用してください」


 そしてやけに豪華なデザインの印璽が押され、封蝋された手紙を数枚渡された。


「これを相手に見せれば、大抵の方は翻訳飴に協力してくださるでしょう。誰に依頼するかは……ゆりか様のご判断にお任せいたしますが……」


 不安げな表情で続けるユスティーナさん。


「出来るだけ使わなくて済むようにお願いします」


 重ねて念を押された。これは嫉妬などではなく、万が一『勇者様妨害勢』に知られては困るのである。


 しかし翻訳飴が無ければ、こちらの言葉を全く使えない。多少のリスクを背負ってでも、翻訳飴を使わなければならない場合もある。ウルシュラちゃんもずっと私と行動出来るとは限らないのだから。


 私に渡すべき物は全て用意が終わり、ウルシュラちゃんへ振り向くユスティーナさん。


「では、ウルシュラ。起動を」


 ウルシュラちゃんが飴を手の平に置くと、光を帯びて起動が完了する。 口にぽんと放りこみ、「ん」と、背伸びをするかのように私に顔を近づけてくる。


 うーむ……幼女とチッス! チッス! と、昨日は喜んでいたものの、いざ本当にキスするとなると……めっちゃ恥ずかしくなるね。


 私はしゃがみこみ、ウルシュラちゃんの顔と同じ高さになるようにした。ウルシュラちゃんの両手を取る。


 少し汗ばんでいる。 相変わらず無表情に見えるが……やはり緊張はしているようだ。


「じゃあ……ウルシュラちゃん、お願いします」


 チュッと、まずおでこに軽く唇を重ねた。


「ふふっ……」


 くすぐったそうにするウルシュラちゃんのほっぺにも軽く、挨拶程度のキスをする。

 

 飴玉はウルシュラちゃんの口の中にある以上、彼女からは積極的に動けないのだ。気分をほぐす意味でも、少しくらいのスキンシップはした方が良いよね。


 ウルシュラちゃんを抱きしめたまま、おでこに口づけをした。母が娘にするような口づけ。ふわっと彼女の緊張が解けたのを感じた。


 そこで彼女に口づけをし、飴玉を素早く奪い取り、すぐさま口を話した。ごちそうさまでした。


 ムー……と、私に抱かれながらもウルシュラちゃんは不満そうである。


 いやー、これ以上の事をしちゃうと、お姉ちゃん、日本に戻った時にタイーホされてしまうんだよ。ごめんね。



「うふふ、もうよろしいかしら?」


 あわわ……ユスティーナさんが……いつも以上に優しそうな笑顔を浮かべている……。


「さぁ。二人とも。早く衣装に着替えなさい」


 淡々としているのが逆に怖い。ウルシュラちゃんもそんなユスティーナさんを見るのは初めてなのか、私の中でプルプルと震えていた。



 そして用意完了!


 私とウルシュラちゃん。 ふたりとも踊り子コスプレ完了です! 二人で一緒にユスティーナさんの前で決めポーズを取る。


「二人とも、素敵ですよ」


 さっきまでの怒りは既に収まっているようだ。


「本当に……気をつけてね。ウルシュラ。ゆりか様を頼みましたよ」


 ウルシュラちゃんをギュッと抱きしめるユスティーナさん。


「任せて」


 気丈に振る舞うウルシュラちゃんが実に頼もしい。



 私からもユスティーナさんを抱きしめる。


「では、行ってきます!」


「はい……ゆりか様。王宮で会いましょう」




 私はウルシュラちゃんに引かれて、セーフハウスを飛び出した。大通りから数区画奥まった場所にある踊り子専門の商会を目指す。


 今回王家に側室入りするという隣国のお姫様と一緒に、後宮に収められる踊り子たちがそこで待機しているのだ。

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