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歩道橋の人影

帰宅途中に・・。

 「あぁ~あ。今日もこの階段を登るのか。」 

遥が部活で疲れた足にカツを入れて、例の歩道橋の階段を登り切った時、橋の中ほどに小さな男の子が立っているのが見えた。

柵の隙間から下の線路を凝視している。

何が見えるんだろう? そうか電車を見に来たのね。

でも、もう夕暮れ時だ。西の空が徐々にオレンジに染まっている。


「こんにちは。ボク一人? もう暗くなるからお家に帰った方かいいんじゃないの?」

お節介だとは思ったが、遥が心配して声をかけると、男の子は「んー、もうちょっとまって。」とこちらを振り返りもせずに駅を見ている。

遥も興味を惹かれて駅を見ると、そこには見たこともない電車が止まっていた。

「ねぇ、あれってもしかして、テレビで言ってた新しい寝台列車?」

「そうだよ。381系特急やくもの改良型車両なんだ。」

「すごい、詳しいね。電車、好きなの?」

「うん。あっ、発車する!」

風に乗って、ピィッーーーという笛の合図が聞こえる。


駅から走って来る電車をしっかり見る。深いグリーンの顔がピカピカしていて、いかにも新人さんといった面持ちだ。電車がこの歩道橋の下にさしかかった途端に、男の子は反対側の手すりに走って行った。

「カッコイイねー。」

「うん。最後尾にテラスがあるんだ。」

男の子の言う通り、最後尾のテラスに立っていた男性が、上から見下ろしている私たちに気が付いて手を振ってくれた。

私たちもその人に手を振った。何か珍しい体験をして得した気分だ。心がじんわり暖かくなる。


「ありがとッ!お姉ちゃんも君のおかげでいいもの見れたよ。」

「うん。あ、ちがついてる?」

男の子の手袋には歩道橋の鉄の赤錆がたっぷりついていた。

「あちゃあ~、汚れちゃったね。でも血じゃないよ。サビなの。洗濯したら取れるかも。」

遥はかがんで男の子の手を取って錆を払ってやった。その時に男の子の顔をじっくり見て驚いた。

(りゅう)くん?!」

「はぁい。おねえちゃん、なんでぼくのなまえをしってるの?」

しまった。

「あっ・・と、お兄ちゃんの(かける)君と同じクラスなんだ。」

「ふぅーん。」

竜くんはそう言いながら周りを不安そうに見ている。夢中になっていて周りを見ていなかったが、夜になりかけていることにやっと気づいたようだ。


「お家どこ? お姉ちゃんが送っていったげるよ。」

遥がそう言うと、竜くんはホッとした顔をした。

「ええとね、んーと『ほうざんさん』のおてらのそば。マルヨシのスーパーのとこまがるの。」

結構遠くの方から来ていたようだ。

「そんな遠いとこからよく来たねぇ。お家の人に言って来たの?」

遥の追及に竜くんは目を下に向けて黙ってしまった。

・・・誰にも言わずに来たのね。困った子だ。お家の人は心配してるだろう。



 竜くんを連れて宝山寺の近くへ来たところで、自転車に乗った山内翔(やまうちかける)がお寺の方からやって来た。キィーというブレーキの音をさせて、遥たちの直ぐ側に止まる。

「はぁ~、竜! 何処に行ってたんだ。探したんだぞっ。」

「ごめんなさい。電車みてたの。」

「暗くなる前に帰らないと駄目だろっ。」

山内君、お兄ちゃんだね。

「あの、すみません。連れて来てくださったんですか? ・・・もしかして戸田さん?」

「そうです。この間は・・そのうおばあちゃんがお世話になりました。これでおあいこだね。」

「えっ、その~・・・・・ですね。」

あら、一気に無口になっちゃった。


「かけるにいちゃん、かえろうよぉ。」

固まってしまった山内君の自転車のベルをいたずらしながら、竜くんが声をかけたのでやっと山内君が動き出した。

「じゃあ、私はこれで。竜くん、バイバイ。」

「バイバイ、はるかちゃん。ありがとー。」

「ちょっ、ちょっと待って! 戸田さん、もう暗いから送るよ。うちはすぐそこなんだ。あの・・・あのぉ、竜を家に入れたら送るから、そこまで付き合ってくれないかな。」

「え? でも・・・。」

「鞄を僕の自転車のカゴに入れて! 重いだろ。」

山内君はそう言うと、人質を取るように遥の手から学生鞄をむしり取った。

ま、いっか。確かにこの鞄を抱えてまた家まで帰るのは、ちょっと遠いなと思っていたし。

正直に言うと山内君がどこに住んでいるのか気になってたんだよね。


山内君の家は本当にすぐそこだった。スーパーの角を曲がって細い道を入って行くと、大きな田んぼの奥にマサキの垣根に囲まれた二件の家があった。古い農家のような家の隣にまだ新しい別れ家が建っている。

「ここ?」

「うん。ちょっと待ってて。」

遥が田んぼの側の私道の入り口で待っていると、竜くんを送り届けた山内君が自転車のハンドルに野菜が入った袋をぶら下げてやって来た。


「ごめん、お待たせ。これ、ばあちゃんが持って行けって。白菜だけど食べるよね。」

「・・ありがとう。うちのお父さんは鍋が好きだから喜ぶと思う。」


そんな会話がきっかけになって、初めて中学二年生の遥として山内君と話をすることが出来た。

少し前におばあさんになって話をした時よりぎこちない会話だったが、遥が思っていたよりも会話が弾んだ。山内君に将棋のことを聞くとびっくりしていたが、話し出すと止まらないようだった。

大勢のプロ棋士の話や戦法を聞かされたが、遥には話の内容が半分もわからなかった。

それでも山内君の話している声を聴いているだけでなんだか楽しかった。


暗い夜道を辿る二人の側を、カタカタと回る車輪の音がどこまでもついてきていた。


※ やくもの話は二台の電車のイメージを合わせた創作です。

※ 銘尾 友朗さんからいただいた絵を一話のトップに載せました。

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