こんな予定じゃなかったんだけど
駅ビルに買い物に来ました。
探していたハイネックの白いセーターが見つかったので、遥は駅ビルのファッション街から帰ることにした。
しかし帰り道のことを考えて、ここに来る時に経験した寒さを思い出してしまった。
「もっと暖かい格好をして帰りたいなぁ。」
仕方がない。年代を変えてパンツルックで帰ることにしよう。
ビルの中を歩く人を眺めながら、よさそうな服装を物色する。
あっ、あのおばあさんの着ているコートとズボンってあったかそう。
遥の前に立ってカバンを見ているおばあさんは、グレーの起毛素材のコートをはおり、同じ色のネックウォーマーをつけている。ズボンも風を通さないように表面がステッチのあるナイロン加工がされている素材で、中側が起毛になっているような実用本位のものだ。
あの服ならこの靴にも合うし、冷たい風にも対抗できそう。
遥はおばあさんの服を脳裏に焼き付けた後、トイレに入って変身した。
色を少し変えて、茶色のグラデーションで全体をコーディネートしてみた。でもおばあさんの服でもコーディネートっていうのかしら?
手を洗う時に自分の姿をチラリと見たのだが、髪の分け目の辺りに白髪がはえていて、肌の張りがないのがわかる。
うー、やだやだ。私ってこういう顔のおばあちゃんになるのか。手にも細かい皺が無数にあってガサガサしている。
年寄りって潤いがないんだなぁ。
ビルの外に出ていつもの調子で歩こうとしたら、身体がいうことをきかなかった。
駅前の交差点の段差で毛躓きそうになって、咄嗟に道の側の信号機の柱に捕まって息を整えていたら、側を通りかかった男の子に心配された。
「大丈夫ですか?」
あ、今日は山内兄弟に縁がある日だー。
心配そうに声を掛けてくれた男の子は、同じクラスの山内翔だった。片手にはカバンをぶら下げていて塾の帰りのように見える。
「大丈夫です。ちょっとつまずいてびっくりしただけだから。」
「僕、同じ方向なので良かったら荷物を持ちましょうか?」
・・・こいつって、教室では違った意味の猫を被ってるのかしら? この間のスポーツ店で会った時も小さい子(私だけど)に親切だったし。
「・・いえ、そこまでしてもらうほどじゃないです。山内君とは家の方向も違うし。」
「えっ?! 僕のこと知ってるんですかっ?」
あっヤバいっ。つい口が滑っちゃった。
「・・・知ってるっていうか。えーとそのう、知り合いの知り合いみたいなものです。」
ヤバいヤバい。ろくな言い訳が思い浮かばない。寒いのに冷や汗がにじんでくる。
山内君はじっと遥の顔を眺めていたかと思うと、ふと納得したような顔になった。
「今日は小溝に用事があるんですよ。友達と約束をしてて。武田芳樹っていうんですがご存知じゃありませんか? たぶんお孫さんのお姉さんの方の同級生です。」
くうっ、なんか勘違いしてるみたい。私が私のおばあちゃんだと思ってるのかしら? 自分としては今の変身したおばあさんの姿といつもの自分では全然違う姿だと思うけど、どこか面影が残っているのかもしれない。
結局、二人で一緒に歩くことになった。
「その紙袋、お孫さんへの贈り物ですか?」
「へっ? あ、ええ。お年玉の・・・そう、お年玉の代わりなんです。一緒に住んでいないので、こんな時期になっちゃって。」
「ふうん。それは戸田さん、喜ぶでしょうね。」
お、私の名前は知ってるのね。一度も喋ったことないけど・・。
その後、遥は盛り上がっていたマンホールのフタに躓きかけて、山内君に腕で支えてもらうことになり、買った服が入っている袋も危ないからと取り上げられてしまった。
恥ずかしいやら申し訳ないやらの複雑な気分だ。年寄りになると自分の目算より足の上りが低いんだな。
道中、この冬始まった将棋アニメの話で山内君と話がはずんだ。これは遥にとって想像してもみなかったことだ。
山内君は将棋を指すらしく、原作のラノベも読んでいたらしい。遥の方は他の番組を観るつもりでつけたテレビで、たまたまそのアニメの放送を観て、面白かったので続けて観ているところだ。
しかしこの男って、こんなに話す人だったんだ。ドキッとするようないい顔で笑うし・・。
山内君って、趣味にのめり込むタイプだなと遥は思った。
そういう人って、嫌いじゃない。うん、嫌いじゃないな。
お兄さんの翼先輩と歩いていた時のようなドキドキや高揚感はちっともなかったけど、帰りに山内君と歩いた道中は思いのほか楽しかった。肩の力が抜けて、楽というか何でも話せるというか、とにかく心地いい時間だった。
もっといつまでも話していたいと思ったことは誰にも内緒である。
おやおやぁ。