新学期
今日から学校です。
あー、今年もこの階段を上がるのねー。
遥は線路の上にかけられた歩道橋を眺めた。小学校と高校はここより南の踏切を使うのでこんな急な階段のある歩道橋を使うことはない。高校生が使う踏切は駅のすぐ南側にあるので、駅に電車が止まっていると長く待たされるという難点はあるのだが、普通のフラットな踏切なので階段を使うことはない。
遥たちの中学校は高校とは反対の駅の北側にある。地元の中備駅の北側は二本の線路が北と東から入ってきていることと、操車スペースもあるために線路のある土地の幅が広い。つまり普通の踏切が設けられなかったらしい。しかし中学生の通学路が確保できなかったことから、しっかりした鉄を使った高い歩道橋がかけられた。
元気な中学生が主に使うんだから少々高くても少々段差があってもいいだろう的なこの歩道橋が、遥は苦手だ。
朝の寝ぼけている登校時、部活帰りの足が上がらなくなった下校時、何度足を踏み外しそうになって横の手すりにしがみついたことか。そのしがみついた手すりは錆びついていて手に粉のような赤錆がつく、錆びていないところは触ると皮膚がくっついてはがれそうになるくらいの冷たさだ。
ううううう。仕方がない、行きますかっ!
遥はなるべく手すりに触らないように気合を入れて階段を登って行った。高架の上を歩いて階段の降り口まで来た時に、山内翔が北側の道から出てきて中学校の方へ曲がったのが見えた。
今まで山内君がどこから来てどこに帰っているのかなんて気にしたこともなかったけど、山内君の家には翼先輩がいるんだよね。
そうか、北か。
駅裏の新興住宅街に家があるんだろうか? それとも宝山寺の方の部落なのかなぁ。出身小学校がわかれば大体の住所がわかるんだけど・・・。
恵麻ちゃんは噂話に詳しいから、それとなく聞いてみようかな。
三学期の始めの日は始業式とホームルームだけで、午前中に終わる。
しかし式の間もホームルームの間も山内君が気になってチラチラと見てしまった。
三学期の学級委員を決める時に、驚いたことに山内君が男子の委員になった。あんなに話さない人にホームルームの司会が出来るのだろうかと思ったが、意外にも大きな声で議事を進めている。
女子の方の学級委員は恵麻ちゃんだ。恵麻ちゃんは字も綺麗なので、黒板に次々と決まる委員の名前を書いていっている。
二人のことを熱心に見ていたのが悪かったのか、私も保健委員に指名されてしまった。
私を指名したのはサッカー部の武田芳樹だ。小学校が一緒だったので芳樹の考えていることはよくわかっている。自分が保健委員になったので、私を嫌がらせで巻き込もうという魂胆だ。
後ろを向いて睨んだら、意地の悪い顔をして笑っていた。
もう~、三学期は委員をしたくなかったのにぃ。でも保健委員だったらそうたいした仕事はないかも。
一学期の風紀委員が一番大変だった。挨拶運動のために毎週月曜日の朝早くに集合しなければならなかったし。でも二学期の美化委員はその点、放課後の掃除だったから楽だったなぁ。
皆が帰る用意をしてバラバラと教室を出て行っている時に、恵麻ちゃんが教室の後ろの席から遥のところまでやって来た。
「ハルちゃん、一緒に帰ろ。」
「うん。帰りにテンヤマ寄らない? ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・。」
遥がそう言うと、恵麻ちゃんはニッと笑って遥の背中をドンッと叩いた。
「わかってるって。ハルちゃんがそう言うと思って、情報を仕入れといたよ。」
「は? 私が何を聞きたいかわかってるの?」
「フフン、美月や武田君でさえ気づいてるよ。この恵麻さんに任せなさいって!」
えーと、美月は隣のクラスじゃん。何に気づいてるって言うんだろう。
「オーノー!もうっ、違うってばっ。同じ山内でも翔の方じゃなくて翼先輩だよっ。」
テンヤマのハンバーガー屋で恵麻ちゃんの話を聞くと、驚いたことに皆は私が山内君を好きになったと勘違いしていたらしい。・・・まあ山内君には違いないんだけど。
「ハルちゃん、まだ翼先輩のこと考えてたの? あの人は憧れるのはいいけど・・・ちょっと難ありだよー。」
恵麻ちゃんが紅茶を飲みながら、困ったように顔をしかめる。
「難ありってどういうこと?」
「女性関係が途切れないのっ。ずっと誰かと付き合ってる状態。いわゆるプレーボーイね。うちらみたいな真面目ガールに太刀打ちできる相手じゃないよ。憧れだけで眺めてた方がいいと思うなぁ。」
そうか・・・そりゃあモテるよね。あんなにカッコイイんだもん。
「はぁ、そうなんだねー。・・そりゃあ付き合えるだなんて大それたことを考えてたわけじゃないけどさ。どこに住んでるのかなぁと・・そのう、ちょっと思ったのっ。」
「そのくらいなら傷は浅いよ。諦めなっ。・・でもうちのクラスの山内君は真面目だしお勧めなんだけど。」
「でも、ドキドキしないもん。そんなにお勧めなら恵麻ちゃんが付き合ったらいいじゃない。同じ学級委員なんだし。」
遥がそう言うと、恵麻ちゃんは遥から目線を外して顔を赤くして俯いた。
「付き合えない。・・・えっともう付き合ってる人がいるから。」
「ええーーーーーーーっ?!!」
「シィー、ハルちゃん声が大きいって。」
声が大きいと言われても、驚くよねっ。二学期の終わりまでそんな話はカケラも聞いたことがないのに。
「だ、誰と?」
「大きい声で言わないでよ。」
「うん。」
遥は両手で口を覆って身構えた。
「武田君。」
「どこの?」
「うちのクラスの武田芳樹君だよっ。ハルちゃんは小学校が一緒でしょ。」
武田芳樹ぃーーーーーー?!! あのクソ意地悪男?!
「恵麻ちゃん・・・趣味が悪い。」
「うん。フフッ、武田君が言った通りのことをハルちゃんったらっ。」
恵麻ちゃんは、口を押えてククククッと笑いだした。
どうもきっかけはお正月のサッカー大会だったらしい。
恵麻ちゃんはおばあさんの家から家族で一緒に従弟の応援に行ったそうだ。そこで同じように試合に来ていた武田君と偶然会って意気投合したんだって。
「同じプロサッカー選手のファンだったの~。」と恵麻ちゃんは言うのだが、そのくらいのことで付き合うことになるもんなんだろうか? よくわからない感覚だ。
でも恵麻ちゃんがニコニコしてるから、まっいいか。
それにしても新学期の一日目から、なんだか疲れたな。
そうかぁ、恵麻ちゃんが武田君と付き合うようになったらこれから一緒に遊べなくなるのかな。
それに、ううっ翼先輩。やっぱり彼女がいたんだー。ちょっとがっかり。
でも空いた時間はあの福袋で遊べばいいか、と思う遥だった。
そう、うまくはいきませんよね。