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あの人に会いたい

遥は何をするんでしょう。

 トイレの入り口を見ている美玖(みく)の目線を避けて、(はるか)はどこかのおばさんのすぐ後についてモールのトイレを出た。

「ふうっ、まさか美玖(みく)がトイレにまでついて来るとは思わなかった。」

五歳ぐらいの女の子が大人びた口を利いたので、前を歩いていたおばさんが遥を振り返ってチラリと見た。

やばいっ、口調に気をつけないと。でも五歳の子って、どんなしゃべりかたをするんだろう。忘れちゃったな。しばらくは不用意にしゃべらないほうがいいかも。


とにかく計画通りに母親と美玖にメールをして先に本屋へ行ってもらうことにする。

今日は三人でアイモールに来ている。母親が本屋へ予約していた本を取りに行くというので、チャンスだと思って一緒について来た。美玖が「一緒に行きたい。」と言ったのは予定外だったが、仕方がない。

二人の目を盗んで計画を実行するしかない。

トイレの前から美玖がいなくなったのを見て、(はるか)はスポーツ店に行った。


実は遥が憧れている(つばさ)先輩が、冬休みにここのモールのスポーツ店でアルバイトをしていると聞いたのだ。


(つばさ)先輩は遥より二つ上で、去年の春に桑南(そうなん)高校に入った秀才だ。三年生の夏までテニス部に出ていたのに、公立の中でもトップクラスの桑南高校に入れたと聞いた時には驚いた。

爽やかな容姿で人気者だったこともあって、卒業式では女生徒が入れ代わり立ち代わり告白合戦をしていた。つまり遥たち一年生の出る幕はなかったといえる。

中三と中一の年齢差は大きい。同じテニス部に所属していても、選手だった翼先輩と球拾いと素振りばかりしていた一年生では接点がほとんどなかった。その上、三年生は夏の県大会が終わると引退だ。四か月ちょっとの部活では遥の名前も覚えてもらえなかった。


一年生の友達と一緒に「翼先輩、カッコイイ~。」と陰ながら見ていることしか出来なかった。

今日は近くで翼先輩を見られるかもしれない。五歳の子が近くにいたって誰も注意して見ないだろう。背景モブに徹するつもりで、今日は五歳児の格好に変身してみた。ショルダーバッグはキャラクターがついたリュックサックに変えて背中に背負っている。帽子は三つ編みのおさげ髪にしてピンクのイチゴ付きの髪ゴムでくくっている。

「よっし、行くぞー!」

遥は勢い込んで、スポーツ店に足を踏み入れた。


キョロキョロと店内を見て歩いているが、五歳児にとっては服やジョギングシューズなどのワゴンが森の中を歩くように視界を遮る。

「これ、失敗したかも。」

年寄りに変身すればよかった? いやいや年寄りがスポーツ店にいたら目立つよね。何を買うのか店員さんに話しかけられても困る。

コンセプトはお父さんやお兄ちゃんについてきた可愛い妹だ。そう、あそこに見える兄弟みたいに。


・・・ゲッ。山内翔(やまうちかける)! こんなところで会うなんて。でも山内君、弟がいたんだ。天涯孤独って感じで、教室に座って本を読んでいるイメージしかないんだけど。


遥の前方から歩いて来る山内(やまうち)君たちは、仲が良さそうだ。山内君がふと立ち止まってTシャツを見ているうちに、一緒にいた弟が遥の方へ走って来た。

「ねえねえ、なんてなまえ? きしくらようちえん? ぼく、さくらぐみのやまうちりゅうっていうの。しってる?」

いやにフレンドリーな子だ。山内翔(やまうちかける)という男は、眼鏡男子で暗くて特定の友達としか口をきかない奴だ。その山内君の弟とはとても思えない。

「えっと、知らない。私、違う幼稚園だから。」

「おなまえは?」

「遥・・・じゃなくて、ハル。」

「はるちゃんね。おぼえた。さくらぐみさんにもはるちゃんているんだよっ。しいなはるちゃん。」

「へ、へぇ~。」

「あっ、おにいちゃんだっ!」

その子は「よかったー、さがしたんだよー。」と言いながら山内君とは反対方向に走って行った。

・・いいのだろうか?


遥が振り返って見ると、そこには翼先輩の足に飛びついたリュウ君の姿が見えた。


・・・ウソッ! 山内君と翼先輩って・・・兄弟?!

翼先輩も山内だけど、うちの学校には山内姓が何人かいるから結び付けて考えたことがなかったよ。


「こらっ、一人で来たのか? (かける)は?」

ああっ、一年近く聞いてなかった翼先輩の美声だっ。・・・感激。

遥が恍惚としていると、翼先輩とリュウ君が遥のすぐそばを通って山内君の方へ歩いて行く。

(かける)悪りぃ。」

「ったく、携帯を何度も忘れるなよな。部屋を片付けないからだよ。足の踏み場もないんだから。」

え? 翼先輩って家ではそうなんだー。学校では何でもできますって感じなのに。

「お前ー。言い方が母さんに似てきたな。」

「・・・とにかく、こう何度も呼び出されるのは迷惑。」

「わかったって。バイト代出たらなんかおごるよ。」

「ぼく、アイスクリームがいいっ!」

「はいはい。(りゅう)はアイスな。(かける)はハンバーガーでいいか?」

「うどんがいいな。ぶっかけうどん。ちくわ天つけて。」

「オッケー。んじゃ、仕事があるから行くな。」


きゃ~なんか翼先輩、お兄ちゃんって感じ。

遥はウルウルした目で翼先輩を見ていたが、翼先輩は遥など目に入らないようで足早に去っていった。

「君、一人? お母さんかお父さんは一緒にいないの?」

「え?」

誰かが遥に話しかけていると思ったら、山内君だった。

「かけるにいちゃん、このこはキミじゃないよ。はるちゃんっていうの。」

リュウ君がそう言うと、山内君はホッとした顔をした。

「なんだ。(りゅう)の友達か。迷子かと思っちゃったよ。なんか泣きべそをかいてるようだったし。」

な、泣きべそですってぇーーーーーっ?!

乙女の恋心をっ! これは泣いてるんじゃなくて、感激してるのっ!


・・・でも、人見知りの彼が滅多にしない親切心を出したんだろうから、無碍(むげ)にも出来ないか。

「お母さんとは一緒に来てます。ちょっと本屋へ先に行ってます。」

「そうかー。本屋の場所はわかる? 連れて行ってあげようか?」

山内君って、世話好き。リュウ君のおかげで子ども慣れしてるのかな。学校では一言も女子に話しかけたことがないのに。

「・・ありがとう。わかります。ここにはよく来てるから。」

「そうか。それじゃ、気をつけてね。」

「はるちゃん、バイバイ。」

「・・バイバイ。」


ハァー、私もそろそろ変身して本屋に行かなくちゃ。お母さんは本に夢中だろうから遥がいないことなんか気にしてないだろうけど、美玖(みく)はいつまでトイレにいるのかいぶかしむかも知れない。

そんなことを考えていたら、携帯が震えた。

美玖からメールだ。『お姉ちゃん、まだぁ?』

やれやれ、もう一度トイレだね。


遥は変身するためにもう一度さっきのトイレに走って行った。

その後ろ姿を心配して山内君が見ていたことを、急いでいた遥は知らなかった。



世話好きな翔くん。(笑)

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