とてもいい思いつき
美月が帰った後、遥は・・。
遥はショルダーバッグから取り出した帽子や服を使って、トイレの中で大人の女性に変身した。
狭いトイレの中で服を着替えるのは大変だったけど、なんとか最短の時間で着替えられたと思う。
脱いだ服をバッグに入れると、たちまち吸い込んでくれるから本当に便利だ。
髪型をベリーショートにして、年齢を30歳ぐらいに設定する。服のほうは動きやすいパンツルックにした。
想像した通りに変わった服を触って、遥は「よしっ。」と気合を入れた。
やっとトイレの外に出ると、手を洗いながら自分の顔を確認する。
背は少し高くなっているが、顔は丸みが取れただけであんまり変わっていなかった。
身体の方は全体が細くなって落ち着いている気がする。そのせいで、やや胸が強調されているような気がするが、見なかったことにしておこうと遥は思った。
こうやって比べてみると、中学生時代というのはポッチャリとした体形になる時期なんだなということがよくわかる。
「私もいつかは瘦せられるってことか。」
でもこのくらいの変化では、遥をよく知っている人にじっくり見られたら疑問を持たれるかもしれない。
遥はバッグにもう一度手を突っ込むと、自宅のタンスの上に置いてあったマスクを取り出した。
一応、マスクをつけてバレないように気を付けますか。
フードコートに戻ってラーメン屋の近くに行ってみたら、恵麻ちゃん達はもういなかった。
「どこに行ったんだろう・・。」
恵麻ちゃんがよく行く雑貨屋は知っている。でもあのハンサムな大学生と一緒だとどうなんだろ。
カップルっていうのはどんな所に行くのかな?
・・・・うーん、もしかして、映画館?
遥は混雑するフードコートを抜けて、映画館にもう一度戻った。
するとチケットをチェックしている奥のゲートを、恵麻ちゃんと芳樹が二人で通っていくのが見えた。
・・・どういうこと?!
あの大学生は、何処に行っちゃったの?!
もしかして、ただの知り合いだったんだろうか?
遥は狐に化かされたような気分になったが、よく考えたら三角関係の修羅場になっていたとしても遥にできることは何もない。
これで良かったのかもしれない。
ただ、勢い込んで変身までして様子を見に来ただけに、がっくりと気が抜けてしまった。
あぁ~あ。私も帰るかな。
もう一度着替えるのはめんどくさかったので、遥はそのまま歩いてモールを出た。モールの外は凍るような寒さになっていた。
「ううっ、寒いっ。これはベリーショートの髪じゃ、厳しいわ。」
遥は誰もいない横道に入ってからショートの髪をふかふかの毛糸の帽子に変身させた。ついでに上着を厚めのコートに変える。
やれやれ。これで少しはマシになった。
「・・あれ? あれって竜くん?」
ちょっと先の小道から大きな犬を連れて出てきた男の子が、遥の方を見ることもなく道を曲がって歩いて行く。ジャンパーの背中の刺繍に見覚えがあるので、たぶん竜くんなんだろう。
遥はちょっとしたいたずらごころが湧いてきた。
周りを見回すと遥の後ろには誰もいない。
遥はバッグの中に入れていたペンダントの星をこすって、タタンを呼び出した。
「今度は何?・・ここ外じゃないっ!こんなところで呼び出して、誰かに見られたらどーすんだよっ!」
「まあまあ、そんなにかたいことを言わないで。タタン、飼い犬の役をしてよ!」
そう言いながら、遥はシュルシュルと縮んで幼稚園児の大きさになった。
コートの袖を少し変形させて、犬用の首輪とリードを作る。
「はぁ~、干支神様の使徒をこんなことに使うなんてっ。」
「そう言わずに付き合ってよ。ちょっと竜くんに聞きたいことがあるの。ほんのちょっとの間だから喋らないでね。何か言いたかったらワンワンって言って教えてね。」
嫌がるタタンに首輪をつけて、なんとか励まして竜くんの後を追わせる。
「こんにちは! もしかして竜くん?」
遥が後ろから声をかけると、歩いていた竜くんが立ち止まって振り返った。竜くんが連れていた犬がリードを引っ張って先へ行きたそうにしたが、後ろに犬がいるのがわかるとおずおずと側に寄ってきてタタンのお尻のにおいを嗅ぎだした。
「ワァワーン、ワンワン。」
タタンが情けない声で何かを訴えたが、遥は竜くんに思い出してもらおうとつけていたマスクを外していた。
「あっ、わかった! しいなはるちゃんとおんなじなまえの、はるちゃんだ。」
「当たりっ!覚えててくれたんだね。」
「うんっ。」
よしよし。これで質問しやすくなったかも。
「この犬、竜くんちの犬?」
「そう、ザンダっていうんだ。」
「・・変わった名前だね。」
「えー、かっこいいなまえだよ。ちょうじんウルトラのザンダだよ。はるちゃん
しらないの?」
「ごめん、知らなかった。」
う、こんなところにジェネレーションギャップがあったとは・・。
タタンがあまりに情けない顔をしてしきりに訴えて来るので、歩きながら話をすることにした。
大きなザンダはタタンが歩く方に寄って行ってる。いやにタタンのことが気に入ったようだ。タタンはザンダから逃げ回っているように見える。
タタン、ごめん。早く目的を達成するから。
遥は超人ウルトラのアニメの話を熱心に教えてくれていた竜くんの言葉を遮って、肝心な質問をすることにした。
「ねぇ、それはそうと竜くんにはお兄さんが二人いたでしょ。」
「うん。おおきいにいちゃんとちいさいにいちゃん。」
「その小さい方の・・眼鏡をかけてる翔お兄さんって、付き合ってる彼女がいるのかな?」
遥がそう聞くと、竜くんは首をかしげて何を言われたかわからない顔をした。
「かのじょ?」
あちゃ~、幼稚園児には難しすぎたか。どう言えばいいんだ?
「えっとね・・・好きな女の子がいるのかな?」
「ああ、ぼくは、しいなはるちゃんがすきだよ。」
「そうなの。翔お兄さんは?」
「かけるにいちゃんは、はるかちゃんがすきみたい。」
「えっ?!!」
遥の心臓がドキッと飛び上がった。
そんな遥と竜くんの頭を後ろからガシッとつかんだ人がいた。
「そこまでだっ!竜。」
この声は・・・・。
恐る恐る振り返った遥の頭の上には、怖い顔をした山内翔の右手が乗っかっていた。
ありゃりゃ。




