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MeMories  作者: 赤井家鴨
5/6

閉園




 夏の蒸し暑い山の中。僕はオレンジジュースを飲んでいた。

「ショウくん、美味しい?」

「うん!」

オレンジジュースなんて家では決して飲めないとっておきな飲み物。

お母さんは嬉しそうに僕の顔を見ていた。

「次は何に乗ろうか」

「ボートのやつ乗りたい!」

「アクアツアーか……よし、そうしよう」

いつもは暴れてばっかりなお父さんが別人みたいに優しい。


 僕たちは夏の遊園地、裏野ドリームランドにやってきていた。

お母さんが商店街の福引きで当ててきた遊園地のチケット。

この魔法のチケットのおかげでお父さんもお母さんもとっても優しくって、とっても嬉しい。

「沢山飲んでね。熱中症になったら大変よ」

「ショウマの好きな乗り物たくさん乗ろうな」

「それじゃあお父さん。僕、ゴーカートに乗りたい!」

調子に乗ってこんなワガママを言ってみたって、

「それじゃあ、アクアツアーの後にな」

と笑って許してくれる。すっごく楽しい一日だ。



 ゴーカートにお化け屋敷。背伸びしてジェットコースターにも乗った。

きっと最初で最後の遊園地だから、僕は全部の乗り物を見て回って乗って楽しんだ。

このままずっと居たいのにな。だけどお日様は沈んでいく。

「ショウちゃん、そろそろ帰ろうか」

 僕はとっても悲しい気持ちに襲われて、辺りをキョロキョロ見まわした。

お家に帰りたくない。お家に帰ったら、優しくないお父さんとお母さんに戻っちゃう。

「最後にあれ……、鏡の迷路に入りたい」

普段は言えないワガママを言ってみたって、

「しょうがないな」

と笑って許してくれる。


 お父さんとお母さんは一回で十分だって言って、僕一人だけで鏡の迷路に入った。

本当は一緒に入りたかったけど、許してもらえるだけで嬉しかった。

 僕は迷路の中を駆け回った。ゴールが見えても引き返し、もう一度度同じ場所を行ったり来たり。僕はこの鏡の世界を何百万倍も楽しもうとした。

だからかな、そんな変な行動をする僕に「ねぇ」って声をかけてきた子供がいたんだ。

僕と同じ帽子をかぶり、僕と同じ服を着ている。僕と同じ顔の男の子。

「鏡、好きなの? ずっと行ったり来たり……」

「うん! 鏡が沢山、楽しい!」

僕の顔をした男の子はにっこりと笑った。

「それじゃあ、もっと楽しいところを教えてあげるよ」

「本当?!」

「うん。そこの遊園地にはもっと大きな鏡の迷路があってね、他にも同じぐらい楽しい乗り物があるんだよ!」

「いいな! いいな! 僕も行きたい! 僕も連れてって!」

「それじゃあ僕たち、今日から友達ね!」

僕は差し出された男の子の手を、何の迷いなくとってしまった。



 この世界は彼の言う通り、とっても楽しい世界だった。

お父さんもお母さんもずっと優しくて、ずっと遊んで暮らしても怒られない。

 夏の蒸し暑い山の中。僕はとっておきなオレンジジュースを飲んでいる。

「ショウくん、美味しい?」

「うん!」

お母さんは嬉しそうに僕の顔を見ていた。

「次は何に乗ろうか」

「海賊船のやつ乗りたい!」

「バイキングか……よし、そうしよう」

お父さんも怒らないでずっと優しい。けど……

「沢山飲んでね。熱中症になったら大変よ」

「ショウマの好きな乗り物たくさん乗ろうな」

「僕、ジェットコースターに挑戦したい!」

「それじゃあ、バイキングの後にな」

何かが違う……

「ショウちゃん、そろそろ帰ろうか」

「最後にあれ、鏡の迷路に入りたい……」

「しょうがないな」

だけどあの子が声をかけてくることはなかった。


 優しいお父さん。優しいお母さん。美味しいジュース。楽しい遊園地。

同じ朝に蝉の声。夜のイルミネーションに同じ三日月。同じ僕は、どこにいる?

そして、ようやく気が付いた。

 そっくりだけど違うもの。同じ毎日を繰り返す同じ世界。

お父さんもお母さんもずっとニコニコしているのは嬉しいけれど、だけど違うよ。別人だ。

ここは僕の世界じゃない。



 ◆ ◆ ◆



 段々と俺の中の恐怖が膨れ上がり、ウサギに背を向け逃げ出した。

ウサギは「返して……僕を返して」と寝言のようにつぶやいていたが、全くもって意味がわからない。

 回るメリーゴーランドとは正反対に走っていく。奴らは未だに薄ら笑いを浮かべながら俺を睨んでいた。

 ウサギがゆっくりと追ってくる中、俺は出口へと向かわずにミラーハウスへと急行する。

あいつ(加田屋)が言う、鏡の中はパラレルワールドっていう話しが本当ならば……。


 小屋の横に散らかった廃材の中、バールのようなものを拾い上げた。

ミラーハウスの前に置いてある歪んだ鏡。その鏡には、歪んだ背景が映し出されているのだが、俺とウサギだけはまっすぐに映っていた。

「お帰りだの返せだの何なんだよ! 俺は全く知らねぇよ!

お前がその、鏡の化け物っていう奴で、俺と入れ替わろうってんなら……こうしてやるっ!!」

そして俺は思いっきり、ウサギが映っていた鏡を叩き割った。

 遊園地の鏡という鏡が割れる音が響いてくる。それは子供の悲鳴のように聞こえてきて、俺の耳に突き刺さった。

ウサギの着ぐるみも悲鳴を上げながら崩れ落ち、ピクリと動くこともしなくなった。

 俺は静かに笑っていた。これで俺は助かった。俺を閉じ込めようとする世界はもういない。

そうだ、自由だ! 遊園地中に子供の悲鳴が響いてようが知ったものか。助かったんだ。早くこんな所から出て行かなくては。



「嘘つき……」



 またあの少年の声が聞こえてくる。

一体なんだ。何なんだ。ウサギの着ぐるみは今も崩れたまま動かない。

一体どこから話している。

 歪なアコーディオンの音色が大きく鳴って、子供の笑い声も再び聞こえてくる。

メリーゴーランドは速度を上げて、みんなが俺を嘲笑っていた。

「何なんだよもう!!」

怒鳴っても何も意味はない。ケタケタと笑う少女の声が、右の方から聞こえてきた。

「私を返して」

振り向く先には少女の人形。首が変な方向に向いているあの子だった。

「止めろ! はなせっ!!」

「僕をお家に返してよ」

別の少年の人形が俺の足を掴んだ。

本当に何なんだよ、もう!

 絶体絶命。逃げ場はない。助かる術はもう残っていない。

走って出口へと向かおうとしたが、行く手にはあの不気味な着ぐるみが転がっていた。

理解しがたい謎の恐怖に、俺はこのまま呪い殺されてしまうのではないかと絶望した。

その時、「せんぱ~い!」と、あのふざけた声が聞こえてきた。

「せんぱ~い! こっち、こっち~!」

声の方を見ると、加田屋が観覧車の前で大きく手を振っている。

 地獄に仏? 蜘蛛の糸? そんな綺麗なものじゃないが、考える暇もなかった俺は加田屋の呼ぶ方へと走って行った。

「先輩こっちです!!」

 観覧車の裏側は取り壊されていて更地になっていた。きっとそこから逃げるんだと思った俺は、観覧車の横を目指していた。

「先輩違います! そっちじゃないです!! この世界の出口はこの観覧車なんですよ!!」

また訳の分からないオカルトを叫んでいるが、今は奴の言葉を信じたほうが賢明な気がした。

このオカルト的状況下では、あいつの方が専門家だ。

 俺は加田屋を押し飛ばして急いでゴンドラの中へと逃げ込んだ。

ゴンドラの中もあっちこっち錆びすぎて、今すぐにでも底が抜けそうだ。

 しかし、他のアトラクションはライトアップされている中、このゴンドラだけは電気がついていない。現実の世界に近づいているような気がしてほっとした。が、次の瞬間、観覧車がゆっくりと動き出す。


「僕の言葉を信じるなんて。ウンガイ先輩、だいぶビビってますね」

窓の外には満面な笑みの加田屋が、肩や腕の上にあの人形たちを座らせて覗いている。

俺は奴の顔に一発拳を打ち込もうと思ったが、扉が上手く開かない。

「ちげーよ! おい加田屋! 遊んでないでここを開けろ!!」

「先輩、人間じゃなかったんですね」

「何言ってんだ?! おい加田屋、開けろ!」

「嬉しいな~。僕の上司は妖怪だったんだぁ。他じゃ経験できないぞ~」

「おい! どういうつもりだ」

「どうもないですよ先輩。僕は自分の欲望に忠実なだけです。

 一週間前、ミラーハウスに入った時に本物のショウマくんとお話ししました。

そこで先輩が、本当は妖怪だという事を教わったんです。

そして、ショウマ君とお友達になる代わりに、あることを頼まれました」

「俺がショウマだ! 早く開けろっ!!」

「加田屋お兄ちゃんの先輩は本物のショウマじゃないよ。

僕を騙して僕になった偽物だ。だからあの妖怪をこの遊園地に連れてきて! って」

「妖怪なんてバカなもの、この世にいるわけないだろう!」

「先輩。僕、正直なこと言うと、先輩が人間でも、妖怪でもどうでもいいんです。

この状況を、大いに楽しんでいることに変わりないから……」

嬉しそうな加田屋の笑顔を見送りながら、どんどんとゴンドラは上って行く。

「おい、加田屋ぁっ!!」

「先輩~。うつし世は夢。夜の夢こそま・こ・と。ですよ!」

「オメェ、ゼッテー意味わかってねーでソレ言ってるだろっ! おい加田屋ぁ!」

しかしいくら叫んだところで観覧車が止まることはなかった。



 裏野ドリームランドは、昔を思い出したかのように沢山の明かりに溢れていた。

ジェットコースターが勢いよく滑り落ち、アクアツアーの水しぶきが光をあびて輝いた。

更地となった場所にも懐かしのアトラクションが蘇る。全てがあの日に戻っていた。



「本当だよ! 本当にいたんだって!」

 少年の声が聞こえて、俺は反対側の椅子を見た。

そこにはかつての父と母の姿が。そして俺の隣には子供の頃の俺が座っていた。

「本当に怪獣見たんだよー!」

「アクアツアーにそんなのがいるわけ無いでしょう」

と優しく笑う母がいる。

「いいや、ニューヨークの下水道にアリゲーターがいるって言うぐらいだから、田舎の遊園地に怪獣がいたっておかしくないだろう」

と優しく援護する父がいる。


そんな馬鹿な話し、あるわけねぇだろ。


「ショウマ、今日は楽しかったかい?」

「うん!」


いいや、最悪だ。


「また来たい?」

「うん! また来たい!」


そんなのお世辞に決まっているだろ。気づけよ。


 そしてゴンドラが頂上につくと、子供の頃の俺はベッタリと窓に張り付いて目を輝かせた。

遊園地が一番綺麗に見える場所。

その光景はまさしく俺がこの世で最も美しいと見惚れたあの景色のままだった。


 俺は自然と涙を流して、笑いながらその景色を眺めていた。

「なんでだよ……なんで俺にこんなの見せんだよ……」

 前の席に座っていた父と母の幻影は居なくなり、代わりにあのピンクウサギのウラビット君が座っていた。

 彼は子供っぽく足をパタつかせ、子供の頃の俺の声で言った。

「だってウンガイ君、僕たち……友達でしょ?」




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