入園 <午後三時三十八分>
「うわあああぁぁ!!!!」
と思わず大声で叫べば、
「何なになんですか?!」
と嬉々した声で加田屋が寄ってくる。
俺は持っていた懐中電灯をほっぽり出し、近づいてきていた加田屋を弾き飛ばして地上へと続く階段へと向かった。
死体があった。子供の死体。体は突っ伏しているというのに、顔はこちらを向いていた。
足元に散らばるダンボール箱を蹴散らし、階段を一歩踏み込もうとした。その時、地面に引いてあったカーペットのようなものに足をとらわれ、思いっきり前へとすっ転んでしまう。
階段の縁に肘を強打し、痛みに悶えながらも起き上がろうと、近くにあった箱に手をかけた。すると箱の中には大量の手が、手首から切り落とされた小さな手が箱一杯に詰められていた。
俺はもう一度大声で叫ぶと、その箱のモノを地面に撒き散らす。
気づけば階段の後ろの壁にも、首をくくった子供が何人も吊るされていた。
逆さに吊るされた首のない子。片足がない子。目玉をくりぬれて目の部分に穴が開いてる子。傷だらけの子。
頭から血の気がサーっと引く感覚に襲われ、気絶しそうになっていると、
「これ、人形っすよ。先輩」
と、何ともまぁ、気の抜けた声が聞こえてきた。
「ふぇ? にん……ぎょう……?」
「先輩が言ってた通り、小道具の倉庫だったみたいですね。ほら、ピンクウサギのウラビットくん」
そう言って加田屋が見せたのは、この遊園地のマスコットウサギのウラビットくん。の着ぐるみだった。
長年この暗いカビ室にいたせいで、今すぐにでも腕がもげてしまいそうなほどにボロボロだ。
俺は冷静さを取り戻し、もう一度吊るされた子供たちを見てみる。すると確かに、加田屋が言ったように彼らは人形だった。
先に蹴飛ばしてしまった子供の死体は思いの外軽く、ばら撒いた手首は粉々に砕けていた。関節部分には球体が付いているし、目玉がなければまぶたは開かない。
「や……やっぱ倉庫じゃねえか。
なるほど、遊園地の人形は全てここでメンテナンスしてたんだな。うん」
「先輩ビビってましたね」
「ビビってねーよ!」
「ビビっ……」「ビビってねーっつてんだろ!!」
ちょっとした小芝居をしていると、変に息が苦しい事に気が付いた。
どうやら大きく探索しすぎたせいで部屋の中の埃を巻き上げてしまったようだ。
写真は加田屋が数枚ほど撮ったようなので、急いで地上へと脱出する。
「空気が美味しい! まるで異世界ダンジョンから生還してきた探索者たちみたいですね、先輩!」
つくづく本気で楽しんでやがる。だんだんコイツが羨ましくなってきた。
「ダンジョン巡りも良いけれど、この現実世界の方がよっぽど奇妙で不可解で面白いですよねぇ~」
「お前そのうち干されるぞ」
そう注意しても加田屋はケタケタと笑うだけだった。
ジェットコースター、アクアツアー。そしてメリーゴーランド……。
あとまだ三つもあるのかと、呆れながらも今まで撮ってきた写真を見てみる。
やはり、子供たちが遊ぶ場所のなれの果ては好きになれないな。
「いい感じですか?」
「心霊写真探してる」
「どれどれ!」
喰いつく元気がまだあるか。できれば近づくな気持ち悪い。
ドリームキャッスルの蒸し部屋のせいもあるが、汗を余計にかきすぎた。
こまめな水分補給はしているが、いい加減体力も尽きる頃。先ほど足もひねってしまったし……。残り三つを回る元気は俺にはもうない。
そこで俺は「そう言えば……」とわざとらしく思い出す。
「ジェットコースターの事故ってどんなのだっけ?」
「嫌だな、先輩。僕の記事見たんじゃなかったんですか?」
もちろん見ましたとも。しかしここであえて聞こう。
「バカな乗客が安全バーを緩く下ろして、頭を吹っ飛ばした話でしょ?
遠心力で浮いた体がトンネルの淵にぶつかりバーンッ! ざくろ頭になって帰ってきた……」
あれ? まとめにあったのはそんなんじゃなかった。
記事にまとめてあったのは、ジェットコースターのジョイント部分の劣化、それにより脱線事故を起こして乗客一人がレールと車の下敷きになってしまったという事件。
可哀想だが、下敷きになった子は即死だったと言う……。
こいつのまとめた記事にはそう書いてあった。それなのにそれを本人が間違えるか?
俺はもう一度ジェットコースターの記事を見る。すると、また見たことも聞いたこともない事件が書かれてあった。
ジェットコースターの点検中による事故。
点検中に止めていた車が勝手に動き出し、従業員を轢いてしまった。
加田屋が俺の後ろから鼻息荒くその記事を覗いている。
「い……今、僕の前で怪奇現象がっ! もちろん行きますよね、先輩!!」
まるでおもちゃ屋さんの前で駄々をこねるクソ餓鬼のように目を輝かせてやがる。
こいつの興奮もピークに差し掛かっているようだが、もう嫌だ!
「行くかよバカっ! アクアツアーも素通りな。こんなの外だけ撮れば満足だろ!」
「それじゃあ僕の”廃墟ノススメ”は完成しません!」
「それじゃあお前だけが行け!! そんな危ないこと、俺はしたくねーんだよ!!」
いい加減、加田屋の妄想に付き合うのにもウンザリだ! この遊園地は、あいつが楽しむようなオカルトが存在する場所じゃない。これ以上、思い出を踏みにじられる前に、俺は出口の方へと急いで行く。
しかし加田屋も俺の後を着いてきた。奴はアクアツアーもジェットコースターも素通りに、何かを熱く考察する。
「これはとんでもない新発見かもしれませんよ!
ミラーハウスのもう一人の自分。あれはスワンプマン的なものだと考えていましたが、実際はパラレルワールドの方が合っているのかもしれません。つまり、合わせ鏡の分だけ平行世界が存在し、その世界にはそれぞれの事件が起きている。よく映画や小説にあるやつですよ!
どんな世界線に行っても絶対に同じ日、同じ時間に事件が起きているって言うやつ!
例えばこの世界を一の世界と仮定して、鏡の中は二の世界。両方ともジェットコースターの事件があるが内容は違う。しかし事件があったという事実は一緒」
「その話だと観覧車はどうなる? 城は? アクアツアーは??!!」
「先輩、アクアツアーの都市伝説は……」
「恐竜みたいな超大型爬虫類が出るってんだろ! んなわけあるかっ!! ここはニューヨークじゃねーんだよ!」
「あはっ! ニューヨークの下水道ですか?! 先輩もやっぱ都市伝説好きなんじゃ」「好きじゃねーよっ!!」
加田屋の喜びと比例するように俺の怒りも大きくなる。互いに興奮しているが、意味は全くもって別物だ。だが加田屋は、呆れたように眉を細めて俺を見た。
「先輩は否定ばっかりなんですね……。どうして素直に目の前の不思議を見ないのですか?」
「時間の無駄。思考の無駄。動力の無駄で無駄ばかり」
「僕はですね、この世の中の全てには何かしらの理由が付いている。
そして世界はそれに従い動いているのだと、そう思っているのです」
「お前の考え方、生き辛そうだな」
「逆ですよ。逆。そう考えていなきゃ、こんな世界、生きていられない」
そう言う加田屋の顔は残念そうな、辛そうな表情をしていた。
もうこいつと何を話しても分かり合えることはないだろう。
話し合うことを諦めた俺は加田屋に背を向けて一人、この遊園地を出て行こうとそう決めた。
「ねえ先輩……自分の生きる世界をすべて知ることもせず、なぜ別の世界へと憧れをもつのですか?」
いい加減、加田屋の戯言に痺れを切らした俺は最後に一つ、声を荒げてヤツを脅そうと勢いよく振り返った。
加田屋の代わりに、ピンクウサギのウラビット君が立っていた。正確にはウサギの着ぐるみ。
突然の異物に俺は怒鳴るはずだった声をグッと抑えて飲み込んだ。誰だこいつ?
「加田屋…………か?」
俺は最も近くにいたヤツの名前を呼んでみたが、返事はない。
熱で歪む空間の中、蝉の鳴き声だけが五月蠅く響いている。
「おい、何ふざけてんだ! そんな格好しても驚かねーぞ!」
しかし返事はない。
「もういい! もう分かった! 今日のことは編集長に」「おかえり……」
おかえり……。ようやく声が返ってきた。
声を発したと思われるウサギの声は二十代の男性とは違い、小学低学年の少年の高い声をしていた。そして彼が声を出したと同時に、空が、世界が、夜の暗闇に沈んでいた。
ガコンッ。と何か留め具のようなものが落ちる音が聞こえる。歪な音楽が流れ出し、辺りに灯りがともり出す。沢山連なった豆電球が弱々しい光を灯しながら、ペンキの剥げた白い木馬たちを照らしている。そしてゆっくりとメリーゴーランドは動き出した。
もちろん電気なんてとっくの昔に途絶えている。俺は走り出した馬たちに睨まれているよな感覚に襲われて冷汗をかいた。
気づけば腐ったベンチの上にも、城の地下室で見た人形たちが、俺を睨んで並んでいた。あっちにも、こっちにも。みんな俺を睨んでいる。
「おかえり」「おかえり」「おかえり」「おかえり」
次第に俺の脳内に子供の声が響いてきた。
「ひぃっ!!」
と引きつった声を漏らしてしまうと、子供たちはケタケタ笑う。
一体何が起きている。夢か? 幻か? 加田屋はどこだ?
ウサギは静かに佇んでいるだけだった。虚ろな瞳。その奥には何か恐ろしい事を企んでいるようで気が気でなかった。
俺は勇気を振り絞って声を出した。
「お前は……誰だ…………?」
その質問にウサギは両腕を伸ばした。まるで何かを求めるかのように。
そして、またあの少年の声が聞こえてくる。
「返して……、僕の体。返して…………」