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MeMories  作者: 赤井家鴨
2/6

入園 <午後一時五十三分>




 廃墟の遊園地にいるのは、この土地の管理者から撮影の許可を貰った俺だけのはず。

それじゃあ俺に声をかけてきたのは誰だ? まさかの”ヤー”さんか?!

俺は恐る恐る声の方へと振り向いた。

「…………加田屋(かたや)?」

 振り向いた先には加田屋がいた。

でぶっちょなコイツもこんな蒸し暑い中、長袖長ズボンの探検家風な服装をしていて、滝のように汗を流している。そして目をまん丸くしながら俺の顔を見ていた。

「先輩? ど、どうしたんですか?!こんなところで!!」

 俺の知っている普段の加田屋は辛気臭くって、ジメジメとした顔をしている奴なのだが、なぜだか今のコイツは生き生きとした目をしている。

 そういえばコイツ、入社時の挨拶で、本当は大手のオカルト雑誌”アトランティス”で記事を書きたかったのだが、落っこちたのでこちらに来た。と言っていた。

廃墟担当なのも、廃墟には幽霊や都市伝説が共存していると言う、しょうもない理由の下なのなのだろう。さながらこの廃遊園地はこいつの聖地……。妙にムカついた。

「お前、今まで何処に居たんだよ?!」

「? 何処って、ずっとドリームランドにいましたよ?」

「一週間もか?」

「一週間……? 今日は七月の十五日ですよね?」

 それは加田屋が裏野ドリームランドへと取材に行った日で、今日は七月の二十二日だった。

それじゃあ何だ。こいつだけこの遊園地で七月十五日を一週間も繰り返していたって言うのか? それとも時間もわからない馬鹿なのか? そんなことはないだろう。とりあえず加田屋は会社に連絡もよこさずに、この一週間、ドリームランドのどこかで呑気に暮らしていたという訳だ。

「お前が帰ってこないから、代わりに俺が取材に来たんだ。写真はもう撮ったんだろ? なら、さっさと帰るぞ!」

「!! 写真はまだです! これからです! せっかく来たんですから、先輩もゆっくりしましょうよ~。ほら僕、ミラーハウスの写真を撮ろうとしてたんです。先輩もこっちに……」

「写真はまだだぁ?! ホンット、お前、この一週間何をして……。もういい。

写真がねーならさっさと撮って来いよ。クッソあっちいのに何が好き好んで外にいなきゃいけねぇんだ……」

そう言って俺は加田屋が指さしたミラーハウスを、軽蔑するような目つきで見た。


 白いウェスタン調の建物は途中まで解体されていたのか、木材や錆びた釘が建物の隅に散らばっている。入り口の隣には太って見えたり長身に見えたりする歪んだ鏡が置いてあるのだが、土埃とカビのせいで鏡全体は曇っており、ぼんやりとしか自分の姿を確認することができなかった。

思い出の場所が廃れている姿を見続けるというのは、随分心がズキズキ痛む。


加田屋が嬉しそうにカメラを構えると、パシャリとシャッターが下りる音がした。

「よし、次行くぞ!」

「ちょ! 本気ですか?! 先輩!!」

急いで俺の腕にしがみ付いた加田屋は、まるで子犬のように目を潤ませながら訴える。正直、いや、本気で気持ち悪い。

「一枚は撮ったんだからいいだろう」

「先輩、僕の”廃墟ノススメ”……バカにしているんですか?」


 ”廃墟ノススメ”とはこの加田屋が書いている記事である。

オカルト第一のコイツにとって廃墟の記事を書くと言う事は、心霊スポットに行くための口実でしかないと思っていた。だから、こんなにムキになるとは考えもつかなかった。


「いいですか先輩! 廃墟はですね、歴史なんですよ! 過去から今までの、沢山の人の想いや記憶が詰められた大切な宝箱なんです! そして、この廃墟は誰かの秘密もこっそりと、長い間見続けているんです!

 ジェットコースターの事件の瞬間や、アクアツアーの怪物の姿! 消えた子供達の行方……。

それらをずっと見続けて記憶し、いつしか付喪神のように自我を持って、僕らに教えてくれる日が来るんです!」

 やっぱコイツ、オカルト目当てで来ているな。

読者ハガキによく

「廃墟の記事のはずなのに、廃墟の詳細ではなく、怪談ばかり書いてあってつまらないです」

と書かれているのもしょうがない。

このままコイツを喋らせちゃあ、永遠とオカルト話を聞かされそうだ。

「わかったよ。撮ればいいんだろ、撮れば」

 俺はナップザックからヘッドライト付きのヘルメットと懐中電灯を取り出し装備する。

そして妙にウキウキとした加田屋と一緒に、ミラーハウスの中へと入っていった。


 やはり第一の感想としては埃っぽい。そしてカビの匂いがツーンとする。

暗い迷路の中、俺と加田屋が持った懐中電灯だけが唯一の灯りだった。

しかし迷路と言ってもただの迷路ではない。鏡の迷路だ。光が鏡に反射して、思ったよりも真っ暗というわけではなかった。ほどよく薄暗い、イメージとしてはイージーモードのホラーゲームだろうか。いちいち鏡に映る自分の姿に驚くのは疲れるが、それでも子供の頃を思い出すのには十分だった。


 ミラーハウスかぁ……。意味もなく好きだったなぁ。沢山の自分に囲まれて、奇妙な感覚に襲われるのが病みつきになった。帰る前にもう一度入りたいとせがんだら、母に笑われ、父に呆れられ、結局俺一人だけでもう一度入ったんだ。

もう二十年近くも前の記憶。多少、美化されている部分もあるだろう。しかし、それでも楽しかった記憶だけは間違いない。

 俺は加田屋が一緒にいる事なんて忘れて、どんどんと迷路の中へと入っていった。

真っ直ぐ行って、この道を右へ。すぐに左に曲がって行けば、鏡に囲まれた行き止まり。

俺は懐かしい友人に会うように、胸を弾ませながらその行き止まりにはまろうとしていた。

するとそこには少年がいた。まだ小学三年生ぐらいだろうか。五枚の鏡に映っているというのに、帽子を目深にかぶっているせいで少年の顔を上手く見る事は出来なかった。

 俺は詰まった息を吐きだすように、

「危ないだろ! さっさと出て行け!!」

と少年を怒鳴った。

 少年は急いで俺の横をすり抜けると、出口の方へと走って行く。一体なんだ? 近所の子供か? 折角、良い気分だったのに台無しだ。

「先輩、何かいましたかー?」

 嬉しそうな声を出す加田屋に俺は軽く舌打ちを打つ。

「あぁ、近所のクソガキが隠れていやがった。ったく、なんだってんだ……」

 そう言ってむしゃくしゃした俺は、ポケットからタバコと百円ライターを取り出した。

建物の中でタバコを吸うなと言われても知ったもんか! せっかくいい気持ちになってたって言うのによ……。


 俺はとっとと記憶の中に眠る道順を思い出し、鏡の迷路を攻略した。

未だに日差しはギラギラと輝き、暗闇に慣れた俺の両目を容赦なく刺激する。

眩しすぎて目を開けられない。

「うわぁー。いい写真がたくさん取れた!」

もう、そのねちっこい声で喜ぶのはよしてくれ。暑さのせいなのか、コイツの声のせいなのか、腕にポツポツと鳥肌が立った。


「でも残念だったな」

「? 何がですが?」

「オカルト、起きなかったじゃねーか」

あぁ、っと加田屋はしんみり微笑んで、カメラの画面に映った鏡の迷宮を見つめている。

「このミラーハウスはですね、入る前と後とで別人に変わっているって言う噂があるんですよ」

それは俺も知っている。なぜならこいつがまとめた記事を読んだからな。

「でも、僕は思うんです。別人って何なんだろうって……」

「?」

「なんでその人じゃない人が、お前は別人だなんて言い切れるのでしょうか?」

「……俺はお前が金髪に髪を染めて、チーッス! とか言って出社してきたら別人だと疑って追い出すぞ?」

それを聞いた加田屋は狐のような顔をして細く笑った。

「それは確かに別人だ。だけど変化はそれだけで中身はそのままの僕だったら?

このミラーハウスが映し出す別人は、先輩が思っているようなものとは違うんです」

「……何が言いたい」

「この鏡が映し出す別人。それは自分なんです。

僕であって僕でない人。自分そっくりな人間だけど、違うもの。

人はそれを潜在意識とか本当の自分と解釈しますけど、そんな難しいものじゃありません。

正真正銘、本物の自分です」

まーた、こいつのオカルトとんでも理論か……。俺は大きくため息をついてそっぽを向いた。

「その別の自分と今の自分が交換こするのが、このミラーハウスの噂です。

でも……大丈夫ですよ、先輩」

「何が大丈夫なんだ?」

「何がって、そっくりだから」

「はぁ?」

「鏡はマネキンと違って本人そのものが映し出されたものですから、人形と違って見た目は完璧にそっくりそのままの自分です。だから別人の自分と入れ替わっても大丈夫」

「何が大丈夫だ。入れ替われば、それはもう別人だろ?」

「それじゃあ先輩は本当の僕を知ってるんですか?」

肩やのその言葉に俺はすっかり呆れ返っていた。本当のお前なんか知りたくねぇよ!


「さっき先輩はどこを見て僕を加田屋と呼んだんですか?

顔立ち? 体型? それとも声? だとしたら僕はその百円ライターと変わりない。

与えられた仕事をこなして、そのまま家に帰るだけの存在。

それが先輩の知っている加田屋という人間。


 それは事実で当たり前なことなんです。人は思っているよりも他人の事を見ていないですからね。

結婚したパートナーが別人に変わってても、そっくりそのまま同じ顔で性格で、癖も何もかも一緒で、普通にいつも通り生活できてたら、別人に変わってても。ね、平気でしょ?」


妙な薄ら寒さを感じたが、こいつと話をしていると頭が痛くなる。

「やめだ、やめだ! アホらしい」

そう言って俺は地面にタバコを落として火を踏み消した。

 「先輩」と加田屋はまた無意味に声をかけてくる。もうほっておいてくれ。

「先輩、僕にもタバコくださいよ」

黙らせるには丁度いいかと思い、握りしめたタバコとライターを無理やり加田屋に押し付けた。

 逆光で顔に落ちた黒い影。加田屋は「ありがとうございます」と笑った声で言うと、ライターのホイールをカチカチ回しだした。


 この苛立ちを抑えるため、俺は大きく深呼吸をする。

新鮮な空気を肺にいっぱい詰め込んで、ふーっと長く息を吐く。すると少しだけだが苛立ちが収まった。

人間って単純な作りになっているんだなぁ。と感心しつつも、後ろにいる加田屋をチラリと見れば、あの苛立ちが俺の元へと帰ってくる。

プカプカと煙の輪っかを作って遊んでいるんだもんなぁ。

コイツの行動はいちいちムカつくんだからしょうがない。

だけどその呑気にタバコを吸っている加田屋を見て、ふっとある疑問が湧いてきた。

こいつ、タバコ吸ってたっけ……?




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