開園
俺はしがないトラベルライター。
と言えば響きだけはかっこいいが、”メルベイユ・ヤーパン”と言うしょうもない雑誌で、しょうもない記事を書いている。だからあんまりかっこよくない。
大きなコーナーを一つ任されてはいるが、ライター自体少ないので特別すごいわけでもない。
それじゃあ何でこんなしょうもない雑誌で記事を書いているのかと言うと、ここには何者にも縛られない、自由な時間があるからだ。
元々ライターになりたかった俺は、とりあえず雑誌編集の勉強をしてからライターになろうとこの出版社に就職した。正直、就職できれば何処でもいいやと思っていたのだが、その考えが甘かった。
売れることは二の次で、ただ趣味を追い求めるだけの弱小出版社。
別にそれでもいい。むしろ好きなものを書いて飯が食えるだなんて理想的だ。
俺は昔からビルや高い場所から見る夜景が好きで、それを記事にでもできたらいいなーっと軽く考えていた。しかし、俺の配属された部署はそんなありきたりな物なんて求めてはいなかった。
この部署の求めるもの。それは、日本各地のダムや団地、廃墟にヘンテコなオブジェやお寺など。いわばサブカルチャーと呼ばれる一般人には理解しがたい斬新で新鮮なネタを求めていた。俺の趣味とは全くもって合っていない。
しかし夢の為には何とかしてでも、この出版社で生き延びなければ。何もできない中途を雇ってくれるような大手があるとは思えないし……。
そして俺は考えた。この雑誌でストレスなく書けるもの。それは”工場夜景”だという結論にたどり着いた。
沢山の煙突から吹き上がる真っ白な煙。波打つ川に反射する眩しすぎる工場の光。絡み合ったパイプ。巨大な鉄の要塞都市。別に工場萌えだとか言うキモオタとは違うから、勘違いするなよ。とりあえず、その、夜の工場の写真をあっちこっちで撮りまくって記事に書いて発表した。そこそこ読者受けもよく、この雑誌の看板となっているようだ。それはそれでいい気分だし、気負いなく好きなものが書ける今の状況にすっかり満足してしまった。
だがこの雑誌は年二回しか発行できないほどに貧乏だから、いつ廃刊になってもおかしくない。その時は俺も無職か……。いや、大手への転職を考える時が来たと思えば……。
その日の朝も俺はいつも通り職場へと向かっていた。職場と言っても古い赤タイルの小さなマンション。リフォーム済みの3DKを一つにブッ通した後付け事務所。社員も片手で数えられるぐらいしかいない。
編集長に挨拶して、俺は自分のディスクに置いてあるノートパソコンを開いた。担当ページの素材探しだ。
とりあえず検索サイトに行き、いつもお世話になっている工場まとめサイトにアクセスする。
ふーん、へえー、ほぉ。っと心惹かれる工場を探すが、どれも微妙。
俺は年季が入っている工場よりも銀色に輝く真新しい工場が好きなんだよ。古臭いのはなぁ……特に赤サビのせいで浮いてしまったペンキ。細かくひび割れているのは生理的に無理だ。細かいブツブツ……吐き気がする。俺はそっとウィンドウを閉じた。
げっそりと顔色を悪くしている俺に、編集長が面倒臭そうな声をかけてきた。
「おい。加田屋の連絡先、知ってるか?」
加田屋とは、俺の後輩で新人ライターだ。廃墟のページを担当しているのだが、なぜかオカルトの記事ばかりを書いている。本人も廃墟みたいに根暗で陰湿的な雰囲気を持っていて、いつも何を考えているの分からない。
俺はこいつが嫌いかどうかと聞かれたら、興味がないって言うくらいどうでもいい存在だ。
俺が知っている加田屋の連絡先を編集長に見せたのだが、編集長の知ってる連絡先と一緒だった。
「困ったなぁ……一週間前に廃墟の取材に行ったきり帰ってこないんだよ。このままじゃあ、夏の創刊が間に合わないぞ」
それは俺も困るな。次の就職先を探さなくては。
「てなことで、加田屋の引き継ぎ……、できるかな?」
「えぇ?! なんでまた? それに俺、まだ自分の分もできてませんよ?」
「どうせ君は追い込まれなきゃ、やる気が出ないんだろ? 追い込んでやるよ」
「えー……」と俺は回転椅子を左右に揺らした。我ながら子供っぽかった。
「まだどこの工場にしようかも決めてないんですが……」
「君ならできる! それに、加田屋の分もやってきてくれたら、倍の給料あげるよ?」
「それって普通の事じゃないですか!」
「まぁまぁ取り敢えず、あいつが途中まで書いてきた記事を見てくれよ。なかなか面白そうじゃないか?」
最初は絶対に断ってやる! っと決めていのだが、渡された記事を見て俺の目は釘付けになってしまった。俺の自由な時間が奪われる。それでも俺はこの依頼を引き受けてしまった。
目的の廃墟がある市役所に電話をかけ、管理者を尋ねるとすぐに見つかった。
連絡先を教えてもらい、渋る管理者をなんとか説得して取材の許可を取る。そして俺は夜の新幹線のチケットを取ると、廃墟探索の道具をそろえにいろんな店へと行った。
夕暮れ時の新幹線に飛び乗ると、美しい工場夜景を眺めながら加田屋のまとめた記事をもう一度詳しく読み返す。その記事は相変わらず廃墟を紹介すると言うよりも、心霊スポットを紹介するような内容であった。
”裏野ドリームランド”
かつて大変な人気を得ていた巨大テーマパーク。観覧車やジェットコースターはもちろんのことアクアツアーまで付いている、まさしく子供たちの夢の王国であった。そう。だったのだ。時代の移り変わりと言うのは早いもので、この遊園地も例に漏れず子供たちに飽きられてしまった。裏野ドリームランドは三十周年を目前にして廃園してしまったのだ。
廃園の理由は詳しく分かっていないようだが、巷では、遊びに行った子供たちが次々と消える事件があったから、ジェットコースターで死人が出るような事故があったから。アクアツアーに恐ろしい化け物が現れたから、ドリームキャッスルから血だらけな人間が発見されたから……などなどエトセトラ。多種多様の理由がつけられているようだが、あいにく俺はオカルトなんて信じていないんでね。大方、来客数が減って経営が困難になったのだろう。
それにしても廃墟なんて、ただ埃っぽいだけじゃないか。それに”ヤ”のつくお兄さんたちに出くわすのだけは御免だ。幽霊や妖怪より人間の方がタチが悪い。
それじゃあ何故こんな廃墟の取材なんて、ストレスしかたまらない仕事を引き受けたのか。
それはこの遊園地が俺の思い出の場所だったからだ。
酒癖の悪い父親に他人に興味を示さない母親。無味無臭で貧乏な家庭だったが、この遊園地に遊びに来た時だけは最高に幸せな家族だった。
それなのによぉ、ジェットコースターで死人が出る事故?! そんなもの、あるわけない。
せいぜい、重量オーバーの客が無理やりジェットコースターに乗って、安全装置が作動したって言うお笑い事件があったぐらいだろ。昼のニュースで、それをゲラゲラと笑って観ていた子供時代を思い出す。
だから俺の思い出を踏みにじる様なこんな噂が許せなかった。
オカルトを楽しみにしているであろう加田屋や編集長には悪いが、この記事はいっぱしな廃墟紹介コーナーにしてやるぜ。
三時間かけてようやくF県に着くと、近場のビジネスホテルにチェックインする。そしてその日はすぐに眠った。明日の朝は、早くに目的地のある市へと電車で向かい、レンタカーを借りなきゃいけないからな。そして私有地の管理者から鍵をもらって、昼食をとってから目的の遊園地へと向かおう。廃墟探索と言うのは何だかんだと準備がかかる。
そして次の日の朝、俺は前日予定した通りに事を済ませると、ようやく思い出の地へとやってきた。
湿気が気持ち悪い夏の山奥。ひび割れたアスファルトの道の先に、あの懐かしいピンク兎のゲートが待ち構えていた。
セミの鳴き声が辺りを埋め尽くし、俺の精神を削ってゆく。トドメにお天道様が真上でギラギラと輝くものだから、滝のように汗が流れていた。
さっさと仕事を終わらせようと、早速俺はレンタカーの中で廃墟探索用の服に着替えた。
登山用の丈夫な雨合羽に、ガラス破片から足を守る底の厚いブーツ。大きなナップザックの中には廃墟探察で必要だと言われる物を一式そろえて突っ込んだ。
準備万全だ。いつ目の前に巨大廃墟が現れても立ち向かうことができるだろう。そう思ってゲートをくぐった俺の目の前には、とんでもない光景が待ち構えていた。
「おい、おい、おい!なんだよ、これは!」
なんと遊園地のほとんどは、もうすでに解体されていたのであった。
全然怖くなかったお化け屋敷に海賊船やゴーカート。全て更地になっている。ここにはあの乗り物があった。あそこには動物のふれあい広場があった。俺は寂しさを紛らわせるように、何度もカメラのシャッターを切った。
いざ目の前で、思い出の遊園地は無くなったのだと知らされると、こんなにも悲しい気持ちになるのかと、俺は心底驚かされていた。しばらくカメラを握りしめ、自然に還った遊園地を見つめていた。
残っているアトラクションは何があるのだろうか……。辺りを軽く見渡せば、人気だったアトラクションだけはまだ残っていた。
園の中心に佇むドリームキャッスル。その前には白馬だったメリーゴーランド。その右には懐かしのミラーハウス、観覧車。左にはアクアツアーにジェットコースターが残っている。
俺は廃人のようにふらふらと、デコボコなアスファルトの上を歩いて行った。
ダメ押しに喰らった思い出の亡骸が、だいぶ心にダメージを負わせている。早く仕事を終わらせたい。とりあえず俺は左のアクアツアーに向かおうとした。が、
「おい! そこで何をしている!!」
っと、急に右の方から声をかけられてしまった。
※オカルト成分多めのあまり怖くないホラーになってしまったです。
何故か少々、SFもどきが混じってます。温かい目で見てください。
よろしくお願いいたします……