4
肝試しの場所は、海を見下ろすなだらかな丘の中腹にある墓地だ。蒼の先祖も代々この墓地に葬られている。なので正直そこまで怖くはない。なんせ、つい先日、お盆の墓参りをすませたばかりなのだ。
夏休みも終盤にさしかかっていた。
夜七時、陽は沈んでいるがまだ明るさが残っている。眼下にひろがる海の東側、突堤の先で、灯台のあかりがまたたきはじめた。
クラスの約半数の生徒が墓地のそばの公園に集まっている。公園といっても、ちいさなあずまやがあるだけの、景色をたのしむためだけにつくられた展望スペースで、蒼も小さいころはここで遊んだりもしたが、最近は立ち寄りもしない。
集まったメンバーの男女比はほぼ一対一で、今から夜の墓場をめぐるというのに、みんな、うきうきそわそわしている。蒼のように、この機会に意中の相手を射止めようという魂胆の者がほとんどなのだろう。
唯は、浮足立つクラスメイトたちの輪からはずれて、ほのかとふたり所在無げにたたずんでいる。唯もほのかも、クラスでのイベントに積極的なほうではない。こういう非公式な遊びに関しては特に。今夜は哲也がうまいこと言いくるめて誘い出してくれたらしい。
主催者の多田が点呼をとり、今からくじびきで男女ペアをつくると言った。
「くじびき?」
いきなり不安になった。もし唯とペアになれなかったら意味がない。それどころか、彼女がほかの男子とペアになる可能性だってある。
哲也がそんな蒼の背中をぽんと叩いた。
「根回ししてあるから」
耳元でささやいて、ぐっと親指をたてる。
はたして蒼は唯とペアになった。
哲也、ありがとう。心の友よ。蒼はひとり熱くこぶしをにぎりしめて親友に感謝した。ここまでお膳立てしてくれるなんて、もう今夜から哲也に足を向けて寝られない。
哲也自身は、ほのかとペアになった。女子の数人があからさまにがっかりしている。
哲也はもてる。よく放課後に呼び出されて告白されているけど、今のところだれともつき合う気はないみたいだった。
各ペア、じゃんけんで順番を決める。
「順番決まった?」
多田がさけぶ。みな、うなずいた。
「それじゃあ、八時ジャストになったら一番のペアがスタートします。五分後に二番のペア、さらに五分後に三番のペア、と続きます。ルールは簡単、各ペアに渡したお札を多田家の墓に置いて来る、それだけ。花を生ける筒あんだろ、そのそばにカゴ置いてるからそこに入れて」
おまえんちの墓かよっ! いいのかよっ! と野次がとぶ。まあまあ、と多田がいさめる。
「うちのご先祖様たちは寛大なのでだいじょぶっす。死んだじーちゃんも草葉の陰でおもしろがってると思う」
「多田君ちの墓って、どれー?」
女子のひとりが声をあげた。
「それを教えたらつまんないでしょ? パートナーとふたりで、キャッキャ言いながら探してくださーい」
にんまりとほほ笑む多田。
「暗いから足もと気をつけるように! 危険を感じたらお札とかいいからすぐに引き返してきてね! とくに霊感強いひとは気をつけてねー。おれのいとこ、ここで見たんだって。ひ・と・だ・ま」
そこで、女子の数人が、きゃあっと小さく悲鳴をあげた。唯はむっつりと口をつぐんだまま、無反応だ。
八時になると、海辺の丘はすっかり闇にくるまれた。クラスメイトたちは懐中電灯片手に、順繰りに墓場へ向かっていく。となりにいる唯が、いまだ自分にひとことも発しないのが気にかかる。
やがてほのかと哲也のペアがスタートし、その五分後、蒼たちも展望公園を発った。
「足もと、だいじょうぶか」
「……うん」
虫の声がひびいている。潮騒の音も。この墓地は古くからあるもので、きっちりと区画が整理されているわけではなく、墓のあいだの小道も曲がりくねっているし、急な石段もあったりして、ゆっくり進まないと転んでしまいそうだ。おまけに広い。
懐中電灯で墓石のひとつひとつを照らしながら「多田家の墓」をさがす。
潮のかおりと草いきれに、かすかに線香のかおりも混じっているような気がする。
ふとした拍子に唯の腕が蒼のからだに触れた。どきんと心臓が跳ねる。
手をつなぎたい。というかもう、それ以外のことなんて考えられない。万が一、いま幽霊や人魂が出てきたとしても気づかないかもしれない。
ふいに、唯が歩を止めた。じっと、丘の向こうの、果てないような暗い海を見つめている。彼女の視線をたどると、小さな星のようなまたたきがあった。
灯台のひかりだ。
「ぜったい幽霊なんて出ないと思う。ここの墓地にいる人は化けて出ないよ。だって灯台のひかりが見えるんだよ。迷うわけないじゃん」
――現世とあの世のあいだで迷うことがない、という意味か。さっきからずっと黙ってると思ったら、そんなこと考えてたんだな。
「あ。蒼んちの墓じゃん? これ」
懐中電灯の照らす先を見て、唯が笑う。高島家の墓。
あーあ。もう終わりだ。蒼は肩を落とした。「高島家の墓」のとなりが「多田家の墓」なのだ。
「つーか多田んちの墓の場所知ってたんじゃん? なんで早く言わないの?」
唯が口をとがらせる。
「なんで、って」
それは。……それは。
答えられないまま、もとの展望公園に戻ると、ほとんどのメンバーが戻ってきていた。
スタートする前と明らかに雰囲気のちがうペアもいる。みんな多田に「根回し」をしていたようだ。多田のやつ、いったいどんな報酬を受け取ったんだか、と蒼はあきれた。
哲也とほのかのペアも戻ってきている。こちらはほかのカップルとはちがう意味で雰囲気がおかしい。なんだか、……淀んでいるような。
夜九時をまわり、多田が解散を告げる。
「みなさんっ。家に着くまでが肝試しですっ。男子諸君はくれぐれも女子を家までまっすぐ送り届けるようにっ。いいですか、寄り道はいけませんよっ」
みんなが笑った。哲也は笑っていなかった。
ほかのクラスメイトたちが三々五々に公園をあとにする中、唯と蒼は哲也たちのもとへ駆け寄った。
「四人で一緒に帰ろう」
蒼は声をはずませる。昔みたいに、仲の良い四人に戻れるチャンスかもしれない。というか、このタイミングを逃したら二度とそんな機会は訪れない気がした。なぜだろう、泣きそうな顔でうつむいているほのかのせいだろうか、哲也の、みょうに疲れたような表情のせいだろうか。
哲也は首を横にふった。そして、さきほどまでとは打って変わった満面の笑みを、蒼へ向けた。
「ぼくはほのかちゃんと一緒に帰るから、蒼は唯ちゃん送ってって」
じゃ、とほのかの手を強引に引いて哲也はきびすを返す。
おい、と呼び止めた蒼に
「告りなよ。どうせまだなんでしょ」
と、小声でささやいた。