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思春期スイッチ  作者: せせり
スイッチ
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2

 帰り道、ふと携帯を見ると、哲也からの着信でいっぱいだった。哲也との約束を思い出し、あわててかけ直す。

「ちょっと蒼、何してんの? ドタキャンするなら連絡ぐらい」

「わり」

 哲也の台詞のなかばでさえぎる。こうして電話していても、胸がうるさくてしょうがない。

「ちょっと人命救助してて」

「はあー?」

「っていうかおれのほうが救助呼びたいぐらいだ、たすけて哲也」

「は? どしたの? 話がちっとも見えないんだけど」

「ゆい、が。す、」

「す?」

 おもいっきり空気を吸い込む。

「唯のこと好きになったみたい、おれ」

 口に出すと、途端にふわふわしていた気持ちに名前がついて、少しだけ息が楽になる。

 くわしくはまた明日部活で、と電話を切って、深呼吸。

 昼間、勢いよくたちのぼっていた入道雲は暗い色に代わり、空を覆いはじめている。そのすきまから夕暮れの桃色の陽がもれて、海を照らしている。

「降らねえかな、雨」

 つぶやいてみる。暑くて暑くてのどがからからだ。唯にあげた水筒のことを思い出す。

 やば。間接キスじゃん。

 ふと思い当たってどぎまぎしてしまう。

 唯のやつ汚いとか思わなかったかな? いや、緊急事態だったし、そんなこと気にする余裕なんてないか。いやでも今頃、おれみたいにそういえばあのとき、って我に返られたりしてたら。

 わあああっ、と叫びだしたい気持ちで、でも実際に叫ぶ度胸はなくて。海沿いの小道を、雨の前のむっとする潮風を吸い込みながら、全速力で駆けた。駆けて駆けて駆け抜けた。これまで走ってきた中で、今のがおそらくベストタイムだろう、そう思ってしまうほどに。


 唯の家に最後に遊びにいったのは、六年生の冬だった。哲也と蒼と、ほのかと唯と。四人集まってクリスマス会をしたのだ。ジュースで乾杯し、唯の母が焼いたケーキを食べ、持ち寄ったプレゼントを曲に合わせて回して交換したのを覚えている。

 唯とほのかは、哲哉と同じく、昔からの遊び仲間だ。家も近所だし、親も顔なじみだし、ひと学年ふたクラスしかない小学校でずっと一緒だったし。

 唯は男子の友達とたいして変わらなかった。とにかくラクだし気をつかわない。

 対して、ほのかはちょっと扱いづらい子だ。

 ほのかは幼いころから極端に内気で、小さいころは、唯の後ろにくっついているばかりだったけど。雪が融けていくように、ゆっくりと蒼や哲也になじんでくれた。

 ところが。

 中学にあがった頃から、女子とはみょうな距離ができてしまった。

 ほのかが蒼たち男子と話すのを避けるようになったのだ。

 いっぽう唯とは普通にふざけ合ったりしていたが、いつも一緒にいるほのかに気を使ったのか、単にクラスが別だったからなのか、次第に接する機会が減っていった。

 二年に進級して、二年ぶりに四人が同じクラスになった。前みたいにつるめるかな、と期待していたけどそううまくはいかず、なんとなく唯にも避けられている気がして、自分からなかなか話しかけられずに今まできた。今日はだから、ひさびさに唯と会話したのだ。

 まさかスイッチが入ってしまうなんて、思いもよらなかった。

 頭の中が唯でいっぱいだった。夕食を食べていても、テレビを眺めていても。

 風呂から出て冷たい麦茶を飲んでいると、携帯が鳴った。また哲也か、と思いながら画面を見るとそこにあるのは「着信 石田唯」という表示で、お茶を噴きそうになってしまう。唯からの電話なんて一年ぶりだろうか、いや、はじめてかもしれない。お互い、携帯を買ったばかりのころにアドレスを交換して、何度かたわいもないメッセージのやりとりをして、それっきりだった。

「もしもし」

 どきどきして声がふるえそうになる。

「もしもし、今、いい?」

 電話ごしの唯の声は低くくぐもっていて、聞いていると耳の奥がくすぐったい。

「今日はありがとう」

「あ。うん。もう大丈夫なの?」

「おかげさまで」

 少し、沈黙。

「……あのさ。蒼、あたしのスケッチブック、持ってない?」

「あっ」

 すっかり忘れていた。そういえば、リュックに入れたままだった。帰ってすぐ自分の部屋にリュックを投げて、水筒も流しに出しておくのを忘れていた。唯が口をつけた水筒。

「蒼、あした部活ある? 悪いけど、学校来たら美術室までスケッチブック持ってきてくれないかな。あたしも部活で、いるから。……って、聞いてる?」

「あ。あ、うん」

「じゃあ、よろしく。あ、スケッチブックだけど、中は見ないで。いい? ぜったい、見るなよ」

「わかった」

 そこで電話は切れた。

 耳たぶが熱い。

 昨日まで、いや、今朝まで、ぜんぜん唯のことなんて意識したことはなかった。ノリが合って一緒にいて楽しい友達だったから、また昔みたいに仲良くできればいいな、ぐらいの気持ちだった。むしろ男子だった。哲也と同列の存在だった。なのに。

 自室としてあてがわれている四畳半に、布団を敷いてあおむけにひっくり返る。何度も何度もごろごろと寝返りをうつ。

 いまいましいスイッチめ。いつもそうだ。突然カチリと音が鳴る。声変わりがはじまるときも、ひげが生え始めたときも、思いがけない変化をもたらすのはいつもあの「カチリ」の音。でもまさか、恋のはじまりもそうだとは思わなかった。

 蒼はため息をつく。

 スイッチを押すのはだれだろう。自分を支配しているものは何だろう。



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