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冬休みになり、すぐにイブの日がやってきた。榎木との約束の日。正直気がすすまないが、受けてしまったものはしょうがない。
電車に乗って大きな街へ買い物へ出かけることになっていた。榎木がそうしたいと言ったのだ。いちおう、ふたりきりなわけだし、榎木に恥をかかせないコーデを考えてみたけど気が進まず、コーデュロイのショートパンツにブーツに真っ赤なざっくりニットという適当な感じになった。ニットにはたくさん毛玉ができていたけど、どうせコート羽織るんだし別にいいや、と思ってそのまま着た。髪は強い寝癖がどうしてもとれず、ニット帽を目深にかぶってごまかした。
にもかかわらず、だ。駅で落ち合った榎木は茅野を見るやいなや、「かわいい」とつぶやいたのだ。本人的には心の声だったつもりなのだろうが、ばっちり茅野にも聞こえてしまった。
「あっ、いや、その」
あわててごまかす榎木。
「その、帽子。かわいいデザインだね」
「あ、これ? うん、気に入ってる」
オフホワイトの手編み風のニット帽は、サイドにお花のモチーフがついていて、茅野のワードローブの中では異色の、かなりガーリイなアイテムだ。ほのかに似合いそうと思って、つい衝動買いしてしまったのだ。本人に渡すわけにもいかず、結局自分で使っている。
自分、どうかしてるよ、と思わないでもない。
鈍行列車の中で榎木はひとこともしゃべらず、茅野はじっと車窓から見える海をみていた。にぶい色をした冬の海だ。空は低く曇っていて、ときおり雲の隙間から弱い日差しがこぼれて海を照らしている。
三崎哲也か。あいつがもてるのはわかるけど。茅野はため息をつく。清潔感があるし、ぜんぜん男くささがないというか、なまなましくない。
電車が目的地に着くまでずっと、ほのかが哲也に惹かれる理由を探していた。
冷たい風にふかれて、若者でにぎわうアーケード街を歩く。通り過ぎる店からうかれたクリスマスソングが流れてくる。ひどく寒くて身をすくめていたけど、歩いているうちにだんだんからだがぬくもってきた。さっさと今日のミッションを終えてしまおう。
「イトコってどんな子?」
となりを歩く榎木にたずねる。
「え? あ。うーん」
「趣味とか。はまってるものとか。その子、ファッションにうるさいほう? どんな系統?」
「えっと。ふつうに、かわいいものが好き、だと、思う……」
「なにそのふわっとした答え。委員長のイトコっしょ?」
榎木はうつむいて押し黙ってしまった。顔が赤い。
「どしたの?」
「ごめんっ」
いきなり榎木は頭をさげた。おなかに顔がつきそうなくらい、深く深く腰を折り曲げて。
「う、うそなんだっ。五年生のイトコとか、いないんだ、ほんとは」
「え。えー……? なんで、そんな」
「ごめん。まじでごめんっ」
泣きそうになっている榎木を前にすると怒る気も起きない。いいよもう、と力なくつぶやく。
せっかくここまで来たんだし、と茅野は自分の気になるものをひたすら観てまわることにした。あの店行きたい、この店も、とうろうろ落ち着きのない茅野に、榎木は従順な犬のようについてくる。
「あー、このワンピースかわいいね」
ショップにディスプレイされた服を見ては、茅野はいちいち声をあげる。
「このスカートとニットも、いい」
茅野の脳内では、ほのかが着せ替え人形よろしくつぎつぎと目に留まる服を着ていた。このワンピにはあの白いコート、髪は…………。
「わあっ。かわいい!」
ふらりと立ち寄った雑貨屋で見つけたのは、ファーのポンポンのついたニットベレー。
「かわいいっ。うさぎのしっぽみたいだ。ぜったい似合う……」
そうだ、ほのかはうさぎだ。ちいさくてやわっこくて少し臆病な、うさぎ。
「茅野さんって、意外とかわいらしいものが好きなんだね。女の子っぽいやつ」
榎木がつぶやいた。茅野はめがねのフレームに手をかけた。
うむ。わたし自身の趣味ではないんだ。断言するが、自分ではぜったいに着ない。
ニットベレーを、そっと売り場にもどす。少し冷静になったのだ。
「それ、買わないの?」
「うん」
誕生日でもないのにほのかにプレゼントするのもおかしいし、買うわけにはいかない。
「クリスマスプレゼント、とか」
榎木がぽつんとつぶやいた。
そうか! その手があったか!
石田を巻き込んでクリスマス会でもやればいい。プレゼント交換だ。石田はぜったいに身に着けないデザインだから、自動的にこれは相沢にいく。自分に当たったら、「自分のだ」と白状して相沢のと取り換えればいいだけだし。うん。
なるほど、クリスマスというイベントはこのように消費されていくのか。悪くない。
茅野はひとり腕組みして、深くうなずいた。
「いいね、プレゼント。じゃあわたし、買う」
「あの」
いきなり裏返った声をあげた榎木は、がちがちに固まっている。
「ぼくがあげちゃ、だめ? 茅野さんに」
「? なんで?」
「ク、クリスマスだから」
「委員長がわたしに、なんの義理があってクリスマスプレゼントなど」
「お、おわびだよっ。だますようなことしちゃったから」
「いいよそれは、もう。ただ、理由は知りたいけど」
すると榎木は耳たぶまで真っ赤になって、茅野から目をそらした。
まさか。まさか……。
茅野は、こほん、と咳払いをした。
「あのね。これ、友達にすごく似合いそうだと思って。それで、見てたんだ」
「うん」
「だから、わたしにはいらないんだ」
「うん」
榎木の目じりにうっすらと涙が浮かんでいる。まじかよ。しまったな、と茅野は思った。ちゃんと話を聞いてみないといけない。




