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思春期スイッチ  作者: せせり
フレンズ
16/26

2

 冬になると、日が沈んでから夜になるまでのあわいが、一瞬のように感じられる。校舎を出ると吐く息は白く、藍色の空に月がさえざえと光っている。

 結局、唯やほのかを待っていたら遅くなってしまった。榎木を待たせなくてよかった。人を待たせるより待つほうがいい。だれかを待たせるということは、その人に縛られるということだ。待つのはちがう。待ちたくないなら帰ればいい、そこは自分の選択なのだから。

「きょうも蒼くんたちと一緒になるかな」

 ほのかがつぶやいた。自転車を押しながら。ぐるぐる巻きにしたマフラーにちいさな顔の三分の一が埋まっていて、思わず頭をくしゃくしゃに撫でてやりたいくらいにかわいい。

 最近、陸上部の練習が終わるタイミングと重なることが多く、途中で蒼や哲也とばったり会って、そのまま四人で帰ることもあるらしい。

「ふーん。仲良し四人組の復活ですか」

 茅野自身は小学校時代の四人のことを知らないが、脳内妄想で補完している。

「さあねー」

 と、唯が空に視線をとばした。感情を隠すのが下手くそなやつだと思う。おぬし揺れておるな、とさんざんからかっていたぶってやりたい。しないけど。

 学校からつづく坂道を降りている途中で、ブレーキの音がした。高島蒼だった。

「おう」

 自転車を降りて片手をあげる。唯が「おう」と無愛想に応じた。

「今日哲也は?」

「用事あるって先帰った」

 こいつ石田のこと待ってたな、と茅野はすぐに感づいた。蒼ほどわかりやすい人間もいない。だいじょうぶかな、とほのかのほうを見やると、彼女はくいくいと茅野の袖をひいた。

「茅野さん、ちょっとつき合ってくれない?」

 唯が眉を寄せると、ほのかは

「ごめんちょっと今日茅野さんと買い物して帰るから。唯ちゃん先に帰って」

 なんて言う。それじゃあたしもつき合う、と言う唯のことばをさえぎって、

「だめっ! 唯ちゃんにはひみつの買い物なの!」

 と、眉をつりあげて上目づかいで唯をにらむ。

 蒼はあからさまにうれしそうな顔をした。

「じゃ、行こうぜ唯。邪魔しちゃ悪いし」

 そう言って手をふった。


 結局、茅野とほのかは国道そばのたこ焼き屋に寄った。

 夕ご飯前だし、ひとパックだけおみやげに買って帰ろうかなと思っていると、ほのかが「中で食べてこうよ」

 と誘う。

「茅野さんに、話があるんだ」

 うつむくほのかの顔が、少し、赤かった。

 店内は高校生でいっぱいで、結局ふたりは国道沿いのバス停のベンチに座ってたこ焼きをつついた。

「いいの? 石田たち、ふたりきりにしちゃって」

 ほのかが唯を好きだと言って泣いた日のことを思い出す。そばにいた茅野に抱き着いて、肩をふるわせて泣いていたほのか。

「いいの」

 妙にきっぱりと言い放つほのかは、無理に強がっているという感じではなかった。

「あたしね、あたし……」

 ほのかの目がうるんでいる。やっぱりかわいいなあ、見とれてしまう。

「まだ誰にも言ってないんだけど……」

「石田にも?」

「うん」

「で、なに?」

 はやくつづきが知りたい。

「あたしね。最近、哲也くんと話してると、どきどきするんだ」

 頭をがんと殴られたような衝撃。三崎哲也、だと?

「えっ、だって、い、石田は?」

「唯ちゃんには蒼くんがいるもん」

 あんなに「唯ちゃんをとられたくない」と泣いていたのに。そんなにあっさりと乗りかえてしまうなんて。しかも、男子に。

 酸欠の金魚みたいに、口をぱくぱくさせてしまう。ことばが出ない。声にならない。

 なんでも、合唱コンの練習後、ほのかは蒼に送ってもらうことが増えた。蒼はほのかに一方的に唯のことを相談してきた。相談というか、「あいつかわいいよな」と鼻の下をのばしたり、「おれのこと結局どう思ってるんだろ」というせつない愚痴をこぼしたり。

 最初はとまどっていたほのかも、だんだん蒼にシンパシーをおぼえるようになり、ついには「応援したい」と思うまでになった。らしい。

 そこまではいい。問題は、そのあと。なぜに三崎哲也が出てくるのだ。唯のつぎにほのかのそばにいたのは自分なのに。自分なのに!

「おのれ三崎……」

 自分の部屋で、ビーズクッションを抱きしめて歯噛みする。結局この世はイケメンのひとり勝ちなのか。ほのかも、男子を好きになる、ごくごく一般的な女子なのか。唯に惹かれているという時点で自分と同類だと確信していたのに。ほのかの思い人の唯は蒼とくっつく寸前、もう秒読み段階にはいっていると茅野は踏んでいる。傷心のほのかをなぐさめて心の隙にもぐりこむ作戦までたてていたのに。

 机のうえに置かれたペンポーチ。世界にたったひとつの、茅野の宝物。ほのかが自分のために刺してくれた、赤いめがねの刺繍入り。見つめていると、どんどん視界がぼやけて、布のうえのちいさな赤いめがねもにじんでくる。

 卒業しちまったのか、と茅野は思った。卒業しちまうたぐいのやつだったんだな、と。ほのかの唯への感情は。自分とはちがったのだ。

 

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