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いつまでも君と見続ける夢  作者: オクノ フミ
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5.ソウル・実家で(1)

 思いがけず、リリイを朝まで預かる羽目になった。とは言え、この状況で夜の移動は危険だし、とにかく宝石街が店開きする時間になれば、人の目の多さで危険なことはなくなるだろう。どうせ明日は1日オフだし、何ならホテルまで送ってもいい。大事な俳優仲間、YURIの友達だ。関わったからには、最後まで責任持って送り届けよう。オレはそう決めて、リリイを母と暮らした実家へ連れてきた。


 「古くて狭いところで悪いけど、緊急事態だからガマンして。さ、どうぞ。」

 「お邪魔します。」


 玄関でスリッパを勧めると、素直にそこで履き替えたリリイの立ち居振る舞いがとてもキレイで驚いた。ああ、本当にYURIと一緒でお嬢様なんだな、と改めて思った。


 ああ見えてYURIは、物の食べ方もすごくキレイだし、長いスカートの時の裾さばきなんかもとても美しくて、モデルをやっていただけじゃなく自然と身についているものだよな、と感心した覚えがある。リリイもきっとそうなんだろう。


 部屋に入ると、ちょっぴり緊張しているのか、落ち着かずあちこちキョロキョロしている。


 「あんまり狭くて驚いた?」

 「いえ、そうじゃなくて、あちこちに刺繍が飾ってあるじゃないですか。それが素敵だなって思って。」

 「そう?亡くなった母が好きでいつもやってたんだ。」

 「そうなんですか。じゃあ、大切なお母様の形見なんですね。」

 「そういう訳でもないけど…。この部屋、時間が止まったままなんだ。母が死んだ時のまま。オレはすぐに父親の家に引き取られたから。祖父が1人残されたオレを不憫に思ったのか、ここを残してくれたけど、誰も住んでないからそのまんまなだけさ。」


 オレの声は、いつもどおりだろうか。母のことを語ると、いろいろと余計なことも思い出すから、できればこの辺で止めにしないと。


 「慌ててたから、ノドが乾いただろ?何か飲もうよ。少しアルコール入れた方が、かえって気分が落ち着くんじゃないかと思うけど、ワイン、飲める?」

 「はい。量は飲めないけど、赤が好きです。」

 「了解。じゃ、適当に出してくる。」


 この古くて狭い家には、なぜか昔からワインセラーがあって、20本くらいのワインがいつも常備されていた。小さいオレにはその意味がわかってなかったのだけれど、今思えば、きっとオレが寝静まった頃とかに父がこっそり家に来て飲んでいたんじゃないかと思う。しばらくしてから、入れたままになっていたそのワインを調べてみて、結構いいワインが入っていたから。


 さて、彼女には何がいいかな?あんまり量は飲めないって言ってたから、軽めの方がたぶんいいよな。ブルゴーニュ産ピノ・ノワール100%って、これにするか。確か有機栽培のブドウを使ってるとか言うヤツだった気がするから。オレは、選んだワインを持ってリビングへ。簡単にテイスティングしてから、彼女に勧める。


 「どうかな?軽過ぎだった?」

 「いえ、おいしいです。実は、このマルサネ時々飲むんです。好きなワインです。」

 「そう、よかった。じゃ、遠慮なく飲んでよ。他にもあるよ。この家、ワインだけは常備してるから、」

 「そんなには飲めないと思いますけど。でも、いただきます。」




 やはり、緊張していたのと、ちょっと焦ったこともあって喉が渇いていたんだろう。いつもより早いペースで飲んでしまったらしい私は、気づけばもう3杯目を飲み干してしまって、何だかふわふわした気持ちになっていた。ふと気づくと、T-OKさんがじっと私の顔を見ている。


 「どうかしました?何か私の顔に付いてます?」

 「いや、そうじゃなくて。見れば見るほど好みの顔だなぁ~って思ってさ。」

 「どこがですが?」

 「うん?目鼻立ちも眉も自然に整ってて、唇もめっちゃキレイな形してるだろ?でも、冷たいカンジじゃなくて、目の表情とかすごくかわいらしくて、いいなぁ~って。」

 「もう!お世辞が過ぎます!」

 「お世辞なんかじゃないよ。本心。」

 「いつもそうやっておだてて、女の人と仲良くなってるんですか?」

 「いや、こんなこと女の子に言ったことないよ。いつも言われる一方。そりゃ、こんな仕事してるから自分でも顔には多少自信あるしさ。なのに、ホテルの廊下で会ったリリイは、全然オレのこと見てくれなかっただろ?だから、何だか悔しくて。ついちょっと意地悪してみた。」


 そう言ってクスクス笑うT-OKさん。私は、急にあの時のキスの感触を思い出して、一気に顔が火照ったのが自分でもわかった。


 「あ、また真っ赤になった!リリイってホントにカワイイね。ますますオレ好み。」

 「また、そうやってからかう。YURIに言い付けますよ。」

 「あ、それはダメ。お願い許して!」


 申し訳なさそうに両手を合わせて拝むその様子がおかしくて、私は思いっきり声をあげて笑った。


 「あ、笑った。もう、大丈夫だね。怖くないでしょ?」


 ああ、そうだったんだ。私が怖い思いをしたのがわかってて、ほぐれるように笑わせてくれたんだ。本当に優しくていい人なんだな。


 「はい、大丈夫です。ありがとうございます。」

 「うん。じゃあ、聞いても大丈夫だよね。何でこんな時間にあの店に行ったの?閉店時間とっくに過ぎてるの、知らなかった?…って言うのはさ、あの店、父親の経営している店なんだ。だから、何か用事があるなら、オレで役に立てるかも?って思って。」

 「えっ?!そうなんですか?」


 世の中の狭さにビックリした。それじゃ、マフィアとか犯罪絡みの件は…。どこまで話しても大丈夫?と私が躊躇していると。


 「何かトラブル?それに何でヘンな男達に追われてたの?それもあの店に関係あるの?」


 すごく心配そうに尋ねてくれる様子に、きっとあの店自体が犯罪絡みな訳じゃないのだろうと思えた。実家がそういう関わりがあるなら、こんなに心配したりしないよね。私は、昼間の様子、出直してくるよう時間を指示されたこと、男達の会話をできるだけありのまま話した。


 「…なんだそれ?その対応した初老のスタッフって、たぶんオレも知ってる人だと思う。いい加減な仕事をする人じゃないんだけど…。うん、わかった。それも含めて確認する。悪いけど、そのヒスイ見せてもらえる?大事な物だから預かるわけにはいかないから、とりあえず画像撮っておくよ。それで、古い話みたいだから祖父に確認する。まだ現役の会長でオレより多忙だから、ちょっと時間は掛かるけど責任持って確認するから。」


 すごく真剣な顔でそう言ってくれるから、安心して任せられると思った。バッグから、ケースを取り出してヒスイを見てもらう。


 「すごく古い物だね。このケース今のと違うから。ああ、これ硬玉だし、同じ石から2種類のリング作ってるから、オレが見てもいい物だってわかるよ。お祖母様、素敵な物を遺してくれたんだね。大事にしないと。ヒスイって健康を祈って贈ったりするんだよ。だからきっと、お祖母様のそんな願いも込められてるんだ。オレも祖父にもらったことがあるから、わかるよ。」

 「そうなんですね。」


 改めて祖母の気持ちがこもった物だとわかって、本当に大事にしなくちゃ、と思った。



それにしても、今まで私の周りにいた男の人とT-OKさんは、どうしてこんなにも違うのだろう。婚約するはずだったあの人でさえ、こんなにまっすぐ私と向き合ってはくれなかった。


YURIは、あんな性格だから、昔から男友達がたくさんいた。何人か会ったことのある人はみんな明るくて楽しいいい人ばかりだったけど、中でもT-OKさんは、別格だと思う。ホテルの廊下で会った時は、突然キスなんかされたから「変態」なんて言ってしまったけど、今こうして話してみると、見た目はもちろんだけど、気持ちはもっと素敵だと思う。こんなに素敵な人がお友達だなんて、YURIが本当に羨ましくて。


 「羨ましいな…。」


 つい、私はそうポツリとつぶやいてた。


 「何が羨ましいの?リリイみたいなかわいい子でも悩みがあるの?」


その時の私の口は、飲んだワインのせいで必要以上に滑らかで、言わなくていいことまで口にしてしまう。


 「もう悩みだらけですよ。婚約者になるはずの人に、直前に破談にされて、寿退社だったはずが、単なる無職になっちゃうし。このままだったら、会ったこともない財力しか魅力のないかもしれない人と結婚させられちゃうかもしれないんですもの。」

 「何、それ?ずいぶんと波乱万丈だね。…でも、金持ちの結婚なんて多かれ少なかれ家柄同士の結婚だからね。」

 「?…T-OKさんちもそうなんですか?」


 私の問いに、T-OKさんはふーっと息を吐いた。


 「あんまり公にしてないけど、オレ、OSグループ社長の庶子なんだ。そ、妾の子って訳。6歳で母が亡くなって父に引き取られてから、金持ちのイヤなトコいっぱい見てきたからさ。」

 「同じですね。私も、両親が駆け落ちして生まれたんですけど、父の実家が奥田運輸ってそれなりに大きな会社で。父が家を出た後、後継者に就いていた叔父が私が中学に入ってすぐに病死したせいで、他に血縁者がいないからって、私が捜し出されて祖父に引き取られたんです。私なんて、祖父と血のつながった孫を産むための単なる道具です。引き取られてからの私の生活はすべて監視されて、ヘンな男が寄りつかないように、キズものになって、将来の縁談に差し支えないようにって、そればっかり。ずっと女子高だったから、この年で、男の人とちゃんと付き合ったこともなければ、機会がなかったから特別誰かを好きになったことも好きになられたこともありません。もちろん処女だし…。」


 そこまで口を滑らせて、自分で気づいてまた真っ赤になった。いくら何でも男の人の前で自分が処女だって宣言しちゃうなんて恥ずかし過ぎる~!!!


 「はははっ!処女宣言しちゃったよ。リリイ酔ってるね。いいよ、大丈夫。聞かなかったことにするから。でも、聞かなくてもなんかわかったよ。こんなに恥ずかしがり屋で初心な子が経験豊富な訳ないもんね。」


 思い切り笑いながら発せられた、えらく納得した風なその言葉に、なぜか私はカチンときた。私にまったく女としての魅力がないってこと?と思ってしまったから。私は、本当に酔っていたんだと思う。今まで心の奥に溜まってた複雑な思いが口をついて出る。


 「どうせ、T-OKさんみたいなモテる男の人にとって、私みたいな処女はお荷物なだけで、全然魅力なんか感じませんよね。そうですよ、どうせ処女なんか面倒なだけですよね。」


 すると途端にT-OKさんがムッとして怒り出した。


 「どうしてそんな投げやりな言い方すんの?処女、スゴイ素敵なことじゃない。そんなに好きでもない、良く知らない男とでも簡単に寝る女の子より何倍も何十倍も魅力があるよ。もし、オレがそんな子と出会ったらすごくうれしいよ。だってその大切にしてた物をオレに捧げてくれるんだ。そんな感動することないだろ?もっと、自分を大事にしろよ。本当にこの人に抱かれたいって思う人が現れるまで、大事に守っておけよ。」


 私を諭すようにそう言ってくれているT-OKさんの言葉の本気さが、逆に私には感動的で。YURIが言ったとおり、T-OKさんってなんてまっすぐな人なんだろう。こんな人が私の初めての人だったら…。


 そうだ、このままだったら私、本当に孫を産む道具として、好きでもないロクに知りもしない人と結婚させられて、その人に初めてを捧げる事になってしまうんだ。そんなの女として、哀し過ぎる、惨め過ぎるよね。もし、それがT-OKさんだったら、きっと私の一生の思い出にできる。信頼できる人だもの。私を傷つけたりもしないはず。そう、そうだよ。私、T-OKさんに抱かれたい。私の初めての人になって欲しい。その時の私の頭の中は、その考えで見る間にいっぱいになってしまった。


 「ね、リリイ。ゴメン、言い過ぎた、気を悪くした?でも、ホントに大事にしなよ。リリイを好きになった男にしたら最高の宝物だからさ。ね?」

 「そう本気で思うなら、私を抱いて下さい!私、T-OKさんに抱かれたい。T-OKさんに初めての人になって欲しいです。ダメですか?私なんか抱くのイヤですか?ね、T-OKさん。」


 思い込んだら実は引かない性格の私は、いきなりの展開に驚いてさっきまでとは逆に固まってしまったT-OKさんにズンズン迫って行く。躊躇する気持ちなんか微塵もなかった。



 次話は、この流れの続きです。お酒に酔って迫る百合に対して、テオクが困った果てにどうするのか?

 よろしかったら、またお付き合いください。

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