20.ソウル・掛け違いは正しても…
翌日からも撮影は順調に続いた。初日おかしかったチャンスも普段どおりの王子様に戻って、あのプリンススマイルを炸裂させてた。気のせいか、以前よりパワーアップしているような…。「ホント兄さん達って単純。すぐプライベートの様子がわかるよね。」ってセナが言ってたところをみると、幼なじみの彼女とうまくいったのか。ん?兄さん達ってことは、ベクも何かあったのか?いつの話?そんな様子、全然気づかなかったけど。まあ、オレは自分自身のことでいっぱいいっぱいだからな、と苦笑するしかない。
充実した撮影を終えて、オレはソウルに帰ってきた。本当なら、真っ先に百合とジヨンのところへ帰りたいところだけれど、どうしてもそれより先にお祖父様に会わなくてはいけなかった。オレ達二人の掛け違えって、一体…。
いつも居心地のいい祖父宅なのに、今日は百合とジヨンが気になって、いつものように落ち着けない。そんなオレを祖父がうれしそうに見ている。
「やっとこの家が居心地悪くなったね、テオク、おまえの帰る家が別にできたからだよ。よかったな。」
確かにそのとおりだ。オレの帰るべき家は、百合とジヨンのいるあの家だ。
「さあ、まず百合から連絡が来たところから話そうか。」
そう言って、お祖父様が説明をしてくれた。
去年5月中旬に日本で会って以降、時々百合とはメールをしていた。それまでは大変そうではあったけれど明るかった文面が、急に暗くなったな、と思う瞬間があったそうで、それが6月中旬のこと。メールの間隔も空いて、何かあったんだろうと予感していたところへ、百合から電話がかかってきた。「助けて下さい。」と切羽詰まった声だったから、そのまま話を聞いた。好きな人の子供ができたこと。けどこのままではお見合い相手と結婚させられ、その子も見合い相手の籍に入れられてしまう。そうすると、いずれ祖父に取り上げられてしまうんだ、と泣きながら話す百合に胸が痛んだ。子供の父親とは話したのか聞くと、結婚できない相手だから言えない。でも、どうしてもそ の人の子供を産んで自分の手で育てたい…。その相手が誰なのか、百合は絶対言わなかったそうだ。でも、それがオレだとお祖父様には最初から確信があったと。
「日本で会った時に、テオクの話をすると、百合の目がキラキラ輝くのに気づいていたからね。一生懸命恋をしている目だったよ。微笑ましかった。」
そこから、どうやってお見合いを破談にし、ソウルへ来る口実を作って、奥田の祖父が後追いできないように身を隠すか、百合が1番信頼しているYURIと3人で相談して、策を練ったと。ワーキングホリデービザで入国し、3か月祖父のグループの系列ホテルで働き、労働実績を作った後で、実際にそのビザで入国している人たちがそうであるように、ソウルから出て韓国内を転々と旅行しているように装った。実際は、ソウルのあのアパートでひっそりと、でも、子供の生まれる日を楽しみに待ちながら日々過ごしていた。予定より少しずれて12月27日にジヨンは生まれた。安産だったと。そこまで聞いて、オレは胸が詰まった。そんなに思い詰めて、でも、オレの子供を産み育てたい と思ってくれたことがうれしくて。でも、結婚できない相手と断定しているのが気になった。
「気づいたかい?百合は、テオクとは絶対結婚できないと思ってる。何故だろう?」
「私の仕事のことかと思っていたのですが…。何か別の理由ですよね?」
「きっと、そうだ。おまえも百合も私に同じことを聞いた。テオクには私が話した。百合にはテオクが話すはずだった。でも、きっと話していないんだろう。私は、そのせいだと思っているし、たぶん間違いないはずだ。」
「私が話すはずが、言っていないこと…。」
過去の記憶を掘り起こしてみる。そう多くはない百合との会話、そして、後はLINEで…。『~また後で説明する。』そうだ、確かにそう言っておきながら、オレは話していないかも。百合もオレに確かめずに、勝手に思い込んでる?それだったら、話はわかる。「絶対結婚できない相手」確かにそのとおりだ。
「お祖父様、わかりました。話します。誤解を解きます。百合にわかってもらいます。」
「うん、そうだね。早い方がいい。…テオク、百合と幸せになりなさい。おまえも百合も我慢ばっかりの人生を送る必要はないんだよ。幸せになる権利はちゃんとある。私は、これからもずっと2人を見守っているから。」
「はい。ありがとうございます。」
挨拶も早々にお祖父様の家を飛び出した。乗ったタクシーの進みが遅く感じてイライラしながら、それでもやっと百合とジヨンの待つ家にたどり着いた。
カギを壊しかねない勢いで、ガチャガチャと慌ただしく中に入る。「百合!」と叫んで、失敗したと慌てて口を押さえた。リビングで授乳した後なのだろう。百合はソファの背に寄りかかって、ウトウトしている。そんな百合に抱かれたジヨンはもうぐっすりだ。穏やかで温かい空間がそこにあって、オレは何だか泣きたくなった。そうっと足音を忍ばせ、ジヨンには肌触りのいいベビーケットを、百合の肩にはオレのジャケットを掛けて、またそうっと離れる。
こんな穏やかな家庭で過ごした記憶のほぼないオレだから、ジヨンにはいっぱいの愛に包まれて育って欲しいと願っている。その環境を与えるのがオレであるのが当然だとも。百合は、許してくれるだろうか。話さなければならなかったことを後回しにして、忘れてしまっていたオレのことを。今さら不安な気持ちが湧いてくる。ウトウトと眠る百合を見守りながら、1人での出産・子育ての日々で味わわせた辛さをどう癒やしてやればいいのか、悩むオレだった。
いつの間にか、ジヨンを抱いたままソファで眠ってしまったらしい。ふと気づくと、肩にテオクのジャケットが。ジヨンにもベビーケットが掛けられている。テオクが帰ってきたんだ!と慌てそうになって、向かい側のソファでうたた寝をするテオクに気づいた。ロスでの10日間の撮影が終わって、ここに帰ってきてくれたんだ。夢のようなこの時間を想像することすらできなかった毎日を思うと、胸がいっぱいになる。
結婚なんかできなくてもいい。許される限り、テオクのそばにいられれば…。でも、私たちの関係が万一外に漏れるようなことがあったら。結婚できない相手との間に子供までいる…。それがテオクの仕事にどれだけの影響があるのだろう?そんなリスクを冒してまで、私とジヨンを受け入れてもらう必然性なんかないのに…。テオクは優しいから、無条件にその事実を受け止めてくれたけれど、元はと言えば、単なる私のわがまま。相談もなく勝手に子供を産んだだけなのだから。それをテオクに負わせるのはきっと間違い。今さらそんなことに気づいても遅いけれど。
「テオク、大好き。愛してる…。」
眠っている今なら素直に言える。本当に整ったテオクの顔。男の人なのに、見惚れるぐらい美しいとすら思う。でも、見かけ以上に気持ちのキレイな優しい人。誰よりも幸せになって欲しいのに、私とジヨンの存在がそれを邪魔するんじゃ…。一緒にいられる幸せと拭いきれない罪悪感。あの日に戻れたら、とつくづく思う。ホテルで初めてテオクに会った日。あそこからちゃんとやり直せれば、こんな事態を招かなかった。眠るテオクを見守りながら、ただ胸を痛めるしか無かった。
「目が覚めた?」
うっすら目を開いたら、向かいに座っていた百合にそう声を掛けられた。百合とジヨンを見ている内に、いつの間にかオレも眠ってしまったらしい。その間に起きた百合がダウンケットを掛けてくれてた。
「今、何時?」
「15時過ぎてるけど。」
「3時間近く寝ちゃったのか…やっぱり時差ボケかな?」
「移動が長かったから疲れてるんじゃない?もう少し寝たら?」
「いや、百合に話さなきゃならないことがあるから。今、大丈夫?」
「さっきジヨンが寝たばかりだから、大丈夫だけど。」
「じゃ。いいかな。ね、百合。どうしてオレとは絶対結婚できないって思ってるの?」
「え?」
「お祖父様に聞いたよ。百合が『絶対結婚できない人の子供』って言ったって。」
「だって、日本と違って韓国では8親等まで結婚できないんでしょ?はとこだったら無理じゃない。そんなこと今さら聞くの?なんで?」
やっぱりそうだった。一つ掛け違えてること、そのせいで、オレと百合の人生がぶち壊しになるところだった。
「オレも最初そう思ったよ。それで実はすごくガッカリした。でも、お祖父様にネタばらしされて笑われたんだ。ね、百合、お祖父様、百合のお祖母様のこと『3人目の妹』って言ってただろ?『3番目』じゃなくてさ。」
「あんまりはっきり覚えてないけど、たぶん。」
「オレのLINEでもそう書いたよな?そしてややこしい関係だから今度説明する、って。」
「そう言われればそうかもしれない。でも、そこに何か違いがあるの?」
「お祖父様と百合のお祖母様は血が一切つながっていないんだ。しかも縁戚でもない。」
「どういうこと?全然わからない。」
「百合のお祖母様は、お祖父様の叔父さん夫妻の子供、しかも再婚した奥さんの方の連れ子で、死別した最初のご主人の戸籍に残ったままなんだ。ちゃんと養子にしようとしたけど、向こうが同意しなかったんだって。その内その叔父さん夫妻が事故で亡くなって、お祖父様の家で引き取った。でも、戸籍上は他人のままだったんだ。だから、『3番目』じゃなくて、『3人目』なんだよ。」
「ホントなの?」
「ああ、だからオレと百合は血縁はおろか家系図的には縁戚でもないんだよ。…その説明を後回しにしたせいで、百合に誤解させたままだった。ゴメン百合。こんな些細な行き違いで、百合の人生狂わせるところだった。ゴメン。ホントにゴメン!」
「ホント…。信じられない。」
百合は呆然としている。当然だろう。あんなに思い詰めていたのだから。
「ね、だから百合。オレ達ちゃんと結婚できるから。何の問題もない。だから、結婚しよう?2人で一緒にジヨンを育てよう?」
「ダメ!結婚なんてできない。問題がないなんて、そんなことない。」
「なんで?結婚できるのわかっただろ?」
「じゃあ、仕事は?『子供が生まれてました。はい、結婚します。』ってそんな風にできる訳じゃないでしょ?どれだけ影響があるか、全然わからないじゃない。…結婚なんかできなくていいの。そばにいられればいい。それさえ望めないって思ってたのに、こうやって会えたんですもの。それで十分。それ以上望んでダメになった時が怖い。私やジヨンのせいで、お仕事がダメになったら、メンバーの皆さんに迷惑掛けてしまったら、それでもテオクは私たちのこと変わらずに愛せる?メンバーの皆さんに平気な顔で接していくことができるの?」
結局そっちもか…。今まで、この仕事を選んだことを後悔したことはなかった。大変でキツくて愚痴をこぼしたことはあっても、辞めたいと思ったことはなかった。それは、家を離れて自分の力で生きていきたいと思った時に、出会えた仕事だったからだ。デビューまでも、デビューしてからもいろいろあって、メンバーと支え合ってきた。そんなみんなを裏切るようなことは確かにできない。
でも、今のオレにとっては、百合とジヨンと生きていくのが1番大切なんだ。
その後も延々と同じことの繰り返しで、百合は頑なにオレとの結婚を拒否する。そうこうしている内に、ジヨンが起き出して、話が中断した。どんなにオレと揉めていても、百合のジヨンに対する態度は愛に満ちあふれていて変わりがない。自分の子供を愛してくれる百合を褒めるべきなのに、オレ自身を放っておかれるようで気分が悪い。
「ダメだ…。」
ジヨンの世話を終えた百合に、一度落ち着いて考え直そうと提案した。百合も言い争いで疲れたのだろう。それに異存はなかった。やり切れない気持ちのまま、百合とジヨンと離れて、オレは自分が1人で暮らしている部屋に帰った。そこはまるでがらんどうで、色のない世界だった。もう2度とここには戻りたくない。百合やジヨンと一緒に暮らしたい。
オレは初めて本気で今の仕事を辞めることを考え始めた。
次話では、悩んだ末にテオクは自分としての結論を出します。それをメンバーに告げると…。
よろしかったら、またお付き合いください。




