1.横浜・パーティー会場
バンケットルームいっぱいに華やぐ人、人、人…。どこかで見たことのある各界の著名人達を囲んで、あちこちでいくつもの輪ができている。
ここは、横浜の有名ホテル。先程終わった映画の完成披露のアフターパーティーの会場だ。
冷え切った日韓関係を、文化面から少しでも温めようと、両国の良識ある財界人や映画人が多数関わって企画された日韓大型合作映画『いつまでも君と見続ける夢』がお披露目されたのだ。
そんな大それた目的で制作された映画が、超ベタなラブロマンスだっていうところに微妙さを感じなくもないが、両国共で広い層に受け入れてもらえる題材を、ということで検討を重ねた結果、この選択がベターと判断したのだと言う。
かく言うオレは、その映画の韓国側の主役だ。日本側の主役であるヒロインと恋に落ちる。オレにとっては、わずか3本目で初主演映画が、こんなビッグプロジェクトということで、キャストが発表になった撮影開始2か月前から、プレッシャーで連日ヘンな夢を見る羽目になった。
そんな中始まった撮影自体も苦労の連続だった。言葉で言うと本当に簡単なその一言に尽きるが、映画製作の趣旨に賛同して集まったはずのスタッフ、キャスト間でも、日韓のギャップは言葉以外にもやはり存在していて、撮影方針に対する意見の対立や、演技に対する要求の中身が違うことも少なくなく、そのすり合わせのために当初は遅々として撮影が進まない日々が続いた。公開日は、日韓同日にするために調整済みで、動かすことができないのに、本当にそれに間に合わせる事ができるのか、演じる側のオレ達でさえ焦りを感じるほどだった。
それでも、いい映画を作りたいと願う強い気持ちが、徐々にチームワークを築いて行き、お互いの良いところを受け入れる方向で動き出してからは、充実した撮影となった。どちらの国の人間かに関係なく、同じ映画を作る仲間として、一つにまとまる事ができた。
そんな苦労を経て、やっとこのお披露目のプロモーションを迎える事ができて、オレは心底ホッとしていた。ここから先は、観る側の人に委ねるしかない。国境を越えたロマンスを受け入れてもらえるか。それとも深く根付く偏見に跳ね返されるのか…。どういう結果になったとしても、この映画に関われた経験は、オレにとって決して無駄にはならないはずだと確信できるから。
とは言え、今夜のようなパーティーは、正直ウンザリだ。元々財界人のイヤな所ばかり見て育ったこともあるし、今の映画界での自分の立ち位置を否応なく思い知らされるからだ。
韓国財界のスポンサー達のお目当ては、主役のオレじゃなく、韓国側の2番手、CMクイーンのヤン・ミヒだ。彼女の周りには、次の契約を結ぶために少しでも彼女と近付きになりたいオヤジ達が群がっている。
「何、たそがれちゃってるの?」
「ああ、何だYURIか。」
「何だとはずいぶんなご挨拶ね、テオク。」
日本側の主役、ヒロインのYURIがオレの隣りにやって来た。彼女もオレ同様、モデルからの転身組で映画のキャリアは浅い。確か5本目だと言ってたはず。主役は2本目で、評価も実力もまだまだだ、と自分で言っていた。
「あ~、相変わらすヤン・ミヒの周りは人だかりだね。さっすが、オヤジ殺し。」
「もう少し大人しい言い方しないと、嫌われるぜ?」
「ヤン・ミヒはそんなこと気にしないよ。わかってやってるんだもん。」
「ま、確かにそうでもなきゃ、あそこまでサービスできないよな。その辺も映画界でのキャリアのなせる業か。オレ達に決定的に足りないトコ。ホントそこら辺も含めて、まだまだなんだよなぁ。」
「けど…今回の演技では絶対負けてない。アタシ、自信あるよ。」
燃えるような目をして、ヤン・ミヒを凝視するYURIの視線に気づいたのか、ヤン・ミヒがこちらを見て…フフン、と鼻で笑ったのがわかった。YURIだけでなく、オレのこともバカにしているのがあからさまで、ものすごく悔しいけれど、現状オレやYURIとヤン・ミヒじゃそういう扱いを受けても仕方ないぐらいの歴然とした差があるんだ。
でも、いつかきっと…。オレは、この世界で生きていくって決めたんだから。
「あ、いた!リリイだ!。」
突然YURIが、誰か知り合いを見つけたらしく、満面の笑顔でそちらに向かって手を振り出した。相手もそれに気づいたようで、こちらに向ってやって来た。浮かべた柔らかな笑顔同様全体の雰囲気も柔らかな同世代の女性だ。
「ようこそ、ホテル・クリスタルパレス横浜へ。快適にお過ごしいただけておりますでしょうか?」
キレイな姿勢でお辞儀をしてそんな挨拶をするってことは、このホテルのスタッフのようだ。
「ちょっと、止めてよ、リリイ。そんな他人行儀な。」
「こういう場では、お客様とスタッフ、きちんとケジメをつけなくてはいけませんから。…でも、本当にお久しぶり。会えてうれしいわ、有里。」
「リリイ、私も!」
いつものように喜びを素直に表して、彼女に抱きつくYURI。彼女の方も慣れた感じでそれを受け止める。きっと昔からの仲の良い友達なのだろう。
「さ、有里。私まだ勤務中だから、お仕事させてちょうだい。今日は、このパーティーが終わったら時間が取れるから、その後でゆっくりね。」
「わかった。部屋で待ってるね。」
「じゃあね、有里。…どうぞごゆっくり。」
YURIへの挨拶と、オレの方にもニッコリ微笑んで、彼女は仕事に戻っていった。その柔らかな微笑みは、人の心を包み込むような暖かさがあって、知らず魅了されてしまう。彼女の去った後をぼんやりと見送っていると、YURIが目の前でヒラヒラと手を振る。
「ちょっと、何呆けてるの?リリイに見惚れちゃった?あ~あ、オトコはみんなリリイみたいな子がスキよね。でも、リリイはダメよ!アタシの大事な親友なんだから。ウチの弟のお嫁さんにして、ホントの姉妹になる計画立ててるの!テオクの遊び相手にはさせないからね!」
YURIはそう言って、オレをキッと睨んだ。
「わかった、わかった。大丈夫だって。確かにすっごくキレイな子だったけど、オレにはふさわしくないよ。あんな純粋そうな子、幸せにできるような男じゃないからさ。それに、この稼業、恋愛するのもひと苦労じゃないか。」
「ホント、そうだよね。恋愛スキャンダルでしか話題にならない三流女優にはなりたくないし。」
「そうそう、今は仕事に全力!それっきゃないだろ?」
さっきのヤン・ミヒのような視線を跳ね返せるように、実力も人気ももっと上を目指さなきゃ。
「おや?何二人でコソコソ話してるんだ?テオク、おまえ達リアルに付き合い出したのか?」
「先輩!お疲れ様です。誤解しないで下さいよ。オレ達は単なるビジネスカップルですよ。」
「お疲れ様です。付き合ってはいませんけど、きっとこれからもずっと友達です。」
「そうだな。二人してめちゃくちゃ大変な撮影を助け合って乗り切った仲だからな。」
ドラマ共演が縁で、オレのことを気に入って目を掛けてくれるこの人は、韓国映画界の大スター、今回の映画のキャスト全体でも実質1番手のリ・セユンさんだ。
「先輩、群がってたスポンサーの方はもういいんですか?」
「ああ、もういい加減作り笑いにも限度があるから、おまえをダシに逃げてきた。オレはヤン・ミヒ程、スポンサー確保に気合入れてないからな。」
オレとYURIは思わず顔を見合わせた。先輩でさえ、ヤン・ミヒのスポンサー接待には呆れているのだと知って、感じているのはオレ達だけじゃないと改めて納得したのだ。
「何だ、みんなここにいたのか?」
「おう、ユージ。おまえも逃げてきた口か。」
「まあ、いつものことだけどな。」
先輩とハグして再会を喜んでいるのは、YURIの事務所の先輩で、この映画の日本側実質1番手の平沼優治さんだ。過去に別の韓国映画で共演して以来親交があるらしく、特別出演で出番の多くない先輩の撮影日には、自分の撮影が無くても顔を出して楽しげに話しているのが印象的だった。
「ところでYURI。テオクととうとう付き合うことにしたのか?お似合いだと思うぞ。」
「もう、優治さんまで。テオクは男友達としては最高ですけど、アタシの彼氏にはムリです。絶対ガッチリ抱え込んで不必要に守ろうとしますもん、彼。アタシは、もっと自由に自分の足で歩きたいんです。」
「まあ、確かにそうか。」
「そうですよ。」
オレは、リ・セユン先輩の方を向いた。先輩もオレに向かって小さくうなずく。親しい仲だからこそ感じるこの二人の空気感。傍目にはまったくそんな気配は見せないが、この二人は明らかにお互いに好意を抱いている。
でも、優治さんは、まださほど売れていない若い時に離婚歴があることもあって、次の結婚にはより慎重にならざるを得ないし、現在は事務所の稼ぎ頭でもあるから、おいそれと恋人を作って周りから歓迎される状況にもない。しかもその相手が、年の離れた事務所の後輩っていうのもマズイのだろう。
YURIにしても、本人が望むようにモデルから女優として一本立ちするには、もう少し時間が掛かるだろうし、彼女のキャラクターでは、国民的人気俳優の奥さんに収まるには、イメージ的にそぐわない。…本当は、繊細で優しい子なのは親しくなればよくわかるのだけれど、いかんせん言いたいことをすぐ口にしてしまう強気な性格もあって、誤解されやすいのだ。
その後もポンポンとテンポよく交わされる二人の言葉のキャッチボールを、オレと先輩はたださり気なく見守るしかなかった。
~次回、テオクと百合の本格的な出会いとなります。