17.ソウル・再会~そしてジヨンが…
日本から戻ってきて、今日で1週間になる。またいつもの日常が始まって、とにかく仕事漬けの日々。YURIから預かったまま、渡しに行けてないプレゼントが気になってはいるものの、忙し過ぎてこれまで渡しに行ける時間が取れなかったんだ。
今年11月末の入隊まで、できる仕事は全部やって、いない間にもその存在を忘れられないように、形として作品を少しでも多く残して行かなくてはならないから。その一つ、グループとしての久々の写真集の撮影のため、オレ達は明日の夜から10日間、ロスに滞在する。大がかりな撮影旅行も久々で、仕事とはいえ、空き時間にみんなで思い出作りもできそうで楽しみにしている。
そんな今日の午後、予定していたWebドラマのロケが雨で中止になって半日時間が空いた。事務所に確認したら、忙しくて疲れているだろうから、そのまま休んでいいと言われたんだ。それで、この機会を逃すと、次はいつになるかわからないから、思い切ってプレゼントを届けてこようと思った。
念のためYURIに確認入れたら、すぐ返事が来て、『行ってくれるの?ありがとう!私の方から「元カレ」がお使いに行くからね、って連絡しておく。ジヨン、よろしくね~。』って、明るい返事が来た。…幸せなんだろうな。本当に好きな人と結婚するんだもんな。よかったな、YURI。
オレは、自分の胸の痛みに気づかないフリして、幸せなYURIからのプレゼントを携えて、お使いに出かけた。
YURIからLINEで、前から渡したいと言っていたプレゼントを『今日これから「元カレ」が届けに行くからよろしく。』と連絡が来た。ホントに突然なんだから。ま、YURIだから、仕方ないか。
「ジヨン、YURIちゃんからジヨンにプレゼントだって。何が届くか、楽しみだねぇ。」
私がそう話しかけると、ジヨンは笑ったように見えた。まだ3か月なので、ホントに笑顔なのかが曖昧ではあるけれど。3~4時間おきの授乳のサイクルはまだ続いているから、まとまって寝られないのは少々ツライけど、それでもこうしてジヨンをこの手に抱ける喜びは何物にも代えられない。
7月に入国して9か月。あと3か月後の7月にビザが切れる時にどうするかが、目下のところの悩みではある。
テオクのお祖父様を頼ってここに来て、結局生活のすべてを頼り切ってしまっている。最初の約3か月、系列ホテルで働かせていただき、この部屋も用意してくださった。臨月になって以降は、週3回午前中に通いの家政婦さんを手配して下さって、買い物やその他の家事などをサポートしてもらっている。こちらでの病院の手配も、生まれた後の役所への届け出関係も、みんなしてくださった。こんなに手を掛けていただいて本当に申し訳ないと言うと、「本当の孫のつもりでいるから。ユナができない分、代わりに手伝わせておくれ。」とおっしゃって。だから、私はここで何の不安もなく、ジヨンと2人穏やかに暮らしている。
ジヨンは、本当にテオクそっくりだ。
ジヨンが生まれて、駈けつけて下さったお祖父様が、ひと目見るなりそのそっくりさ加減に驚くほど、ジヨンはテオクの赤ちゃんの時に瓜二つなんだそうだ。「まるで時間が遡って、赤ちゃんのテオクを抱いているようだよ。」そう言って、うれしそうにジヨンを抱いて下さった。
そして、もう一言おっしゃられた言葉が私には重かった。「テオクとちゃんと話しなさい。」と。「きっと何か誤解か、話し忘れている事があるよ。それが何かは何となく私にはわかっているけれど、これはやはりテオクと百合、2人の問題だから。話し合いもできないんじゃ、この先もうまくいくことは無いだろうからね。ジヨンのためにも、このままでいちゃいけないよ。」
確かにそのとおりなのはわかってる。でも、テオクには言えない。テオクはこの国を心から愛してる。だから、進んで兵役にも就こうとしている。そして、自分らしく生きていくために必死で仕事もしているんだ。そんな時に、私がテオクの子供を産んだことがわかったら…。テオクに自分の国や仕事を捨てさせるような真似は絶対にさせられない。
ふう、ダメダメ。テオクのことを考えると自分が弱くなる。ジヨンの母親として、強くいなくちゃいけないんだから。TVでも見て、気晴らししようっと。
TVのスイッチを入れ、まず、眠っているジヨンを起こさないように音量を低くする。それで手元の育児雑誌をめくりながら、番組表に切り替えようと目を向けたら、忘れられない風景が。
「徳寿宮…。」
そう、CMで、あのテオクとの思い出の忘れられない大切な場所が映った。引き寄せられるように画面を見つめると、流れてくる優しい声と画面の中を歩いている人の姿に、胸がいっぱいになってくる。
テオク…。
自分を保ち続ける自信がないから、できるだけ、目に触れないようにしてきた。持ってきたCDやDVDもしまい込んだまま出していない。TVを見る機会があれば、番組表でテオクの出る番組は避けてきた。なのに、こんな不意打ちされてしまったら…。涙で滲む画面の中で、アップになったテオクの一言。「会いたい…。」に胸を切り裂かれるほどの痛みを感じて、これまでずっと堪えてきた気持ちがすべて溢れ出て、ただひたすら泣くしかなかった。
受け取った後ちゃんと確認してなかったけど、今見たら、届け先は祖父の持っているアパートで、また、ヘンな所で世の中狭いな、と思った。その上、YURIのヤツ、部屋番号までは書いてあるのに、肝心の名前がないよ。ま、それもYURIらしいの一言で片付くけれど。YURIは、本当に大らかで大胆でまっすぐな気持ちのいいヤツなんだ。そのくせ、実は優しくて、お嬢様らしいしとやかな面もあって、そのギャップに優治さんも惹かれたのかな?なんて考えてる内に、目的のアパートに着いた。
デビュー後みんなが合宿所暮らしを辞めた一時期、オレもここに住んでいたことがあるから、勝手は知っている。教えられた部屋番号に連絡し、ロックを解除してもらわなきゃ。インターフォンを鳴らすと、少し間を置いて部屋の住人が出てくれ、YURIのお遣いである旨告げると、ロックを解除してくれた。…にしても、オレはどれだけ百合に気持ちがあるのだろう。今の住人の声が、百合に似ていると思うなんて。百合がソウルにいるなんて聞いてないし、ましてや子供を産んだなんてことあるわけない。バカなこと考えてないで、さっさとお遣いを済ませ、明日の出発準備をしなくちゃな。エレベーターで移動しながら、オレは、自分の想いの深さに呆れた。
泣き続けて涙がやっと収まった頃、インターフォンが来客を告げた。YURIのプレゼントを持ってきてくれた方がいらしたのだ。きっと泣き顔ではあるだろうけど、プレゼントを受け取るだけなのだから、特に問題ないだろう。…でも、ホントダメだな。さっきTVで見たからって、テオクの声に聞こえちゃうなんて。YURIの元カレって言ってたもの。テオクはYURIと付き合ったことはないし、顔の広い彼女のことだから、男友達の誰かがこっちに仕事で来るのがわかって頼んだんだろう。しっかりしなきゃ。私は、鏡の前でささっと髪だけ整えて、来客を待った。
ドアのチャイムが鳴った。「は~い。」と返事してしまって、あ、またやっちゃった、と思う。いつまで経っても最初に出てくるのは日本語だ。せめて英語にしようよ、と自分に念を押して、ドアを開けた。
開いたドアから、住人の顔が見えて、オレは驚き過ぎて、危うく壊れ物のYURIのプレゼントを落としそうになった。そこにいたのは、紛れもなくオレの人生で唯一の恋人、どんなに忘れようとしても忘れられない百合だった。オレも驚いたけれど、百合も相当驚いたようで、二人して玄関先で呆然と立ち尽くしてしまった。
「なんで?…。」
その一言しか出てこない。さっきまでTVで見ていたテオクその人がそこに立っていて。YURIがお遣いを頼むと言った元カレが、どうしてテオク?2人はいつ付き合ってたの?私、何も聞いてない…。混乱し過ぎた頭は、ヘンな方向に思考が向かって、YURIの元カレがテオクであることの方にショックを受けた。本当に呆然として立ち尽くしていたら、「ア~ンア~ン!」とジヨンの泣き声が聞こえてきた。その声にハッとする。
「ゴメンナサイ!子供が泣いてるから、とりあえず玄関の中で待ってもらっていい?」
「あ、ああ…。」
まだ、呆然としたままのテオクを玄関に放って、私は子供部屋に入り、泣いているジヨンを抱き上げる、
「どうしたの?ジヨン。ママがいなくて寂しかったの?それともお腹が空きましたか?」
ユラユラ揺すりながら、ジヨンに話しかけると、泣き声が小さく甘えた声になった。どうやらお腹が空いているらしい。授乳するには少々時間が掛かる。玄関で待たせているテオクをそのままにしておく訳にはいかないから、とりあえず部屋の中で待ってもらおう。私は、とにかくジヨンのお腹を早く満たしてあげたくて、あまり深く考えずジヨンを抱いてテオクの待つ玄関に向かった。
状況をさっぱり把握できず、混乱しきった頭のまま呆然としていたオレの所に、子供を抱いた百合がやってきた。「ごめんなさい。この子お腹が空いているみたいなの。少し時間が掛かるから、中で待ってもらえる?」そう言う百合の言葉がまったく頭に入ってこない。オレは百合の抱くその子供の顔から目が離せなかった。その子は、どう見てもオレにそっくりだったからだ。オレの子供の頃の写真と並べても、まったく違いのわからないぐらい瓜二つで、聞くまでもなく、その子がオレの子供であることがわかった。
「名前、何て言うの?」
「え?」
「その子の名前。」
「あ、ジヨンって言うの。」
オレは、百合の腕からその子を抱き取った。
「テオク!」
驚く百合の声も無視して、オレはその子に話しかけた。
「初めまして、ジヨン。パパだよ。会えてうれしいよ。」
すると、グスグス泣いていたその子がピタリと泣き止んで、キョトンとした顔の後、ニッコリ笑ったんだ。
いきなりテオクがジヨンを抱き取って、驚いて声を上げてしまったのに、テオクは私の声を無視してジヨンに話しかけた。「パパだよ。」そう言っているのが聞こえて、動揺するしかない。迂闊だった。ジヨンがテオクにそっくりだというのに、テオクにジヨンを会わせてしまったのだから。しかも、お腹を空かしてぐずっていたジヨンが、テオクに抱かれ話しかけられるとピタリと泣き止んで、その後、はっきりとわかるぐらいニッコリ笑ったのだから。やっぱり、初めて会っても血の繋がりは隠しきれないのか、と今さら思った。
「とりあえず上がらせてもらうよ。話は、ジヨンのお腹を満たしてやってからだ。」
「はい…。」
オレからジヨンを受け取って、百合は子供部屋に入った。オレは作りのわかっているアパートのリビングのソファーにぼすっと座り込んだ。一体何から話せばいいのだろう?現実離れした、下手なドラマ以上に予想外の展開に、まだまだ頭がついていかないオレだった。
次話は、突然の再会に衝撃を受けたテオクの心情と、こちらも予想だにしなかった再会に混乱する百合の様子を描きます。
よろしかったら、またお付き合いください。