15.ソウル・思い出をたどって
月日の経つのは本当に早くて、制作に4か月かかったアルバムを11月下旬に発売し、そのアルバムをひっさげて12月から始まった全50公演のワールドツアーも半分以上終わった。残すはあと日本と韓国の計20公演だ。アルバムセールスもツアーも大好評で、元々好調な日本のみならず、久々国内でもセールスの自己記録更新、各種音楽賞での受賞、ツアーチケットも早々に完売と、やや落ち着いた感のあった人気も再上昇しているのを、自分達でも実感できる状況だ。
そんな中、オレにとっては忘れられない出演作「いつまでも君と見続ける夢」のDVD発売イベントが、ソウル・横浜両方で行われる。当初2月下旬発売の予定だったものが、好評につき公開延長となったため、4月1日発売に延期になった。そのため、出演者のスケジュール調整が難航して、結局YURIは、ソウルには来られない。
オレもYURIも、この映画に出演したおかげで、俳優・女優として一段ステップアップすることができた。一部で「見た目だけ」、「演技が平凡に過ぎる」という酷評も出たが、それ以上に「一途な透明さ」や「画面の中で息づく自然な演技」を評価されて、それ以前より明らかにオファーの量も質も上がったんだ。その中から事務所と相談して選んだ次回作の撮影は、ツアー終了直後から始まる。カメオ出演の可能性はまだあるものの、実質それが入隊前最後の映画出演作品になるはずだ。そう思うと、ずいぶんと先のような気がしていた入隊が現実味を帯びてくる。
そんなオレは、発売イベントで久々顔を合わせたリ・セユン先輩からも、優治さんからも、同じ感想を言われたんだ。「男の色気が出てきた。恋でもしてるのか?」って。正直、オレはまだ百合のことを全然忘れられてない。もう1年になろうかというのに、あの日の記憶は薄れるどころか、すぐにまざまざと蘇ってくる。別れた直後は、恋をしていることだけで幸せで、メンバーのセナに「それ、おかしい!」って怒られてた。それがだんだん幸せな気持ちだけじゃなく、他の感情、恋しくて切なくて会いたくて…。そんな気持ちを抱えるようになったんだ。
そんなところで、この作品のイベントだから、思い出すなって言う方が無理だろう?
こんな気持ちを抱えてるから、百合には全然連絡を取っていない。簡単な挨拶なんかで済ませる自信がないからだ。元気なのかどうか確かめたい気持ちはもちろんあるけど、百合からも何も言ってこないので、便りが無いのは元気な証拠だと思うことにしてる。本当にオレを必要とするようなことになれば、きっと連絡をくれると信じてるから。オレでなくても、祖父の方を頼ってくれるならそれでもいい。百合が幸せでいてくれるなら、オレ自身の願いが叶わなくても構わない。…なんてぼんやり考えていたら、また、先輩に突っ込まれた。
「おい、テオク。まさかおまえホントにYURIと付き合い出して、今回YURIが来られないから落ち込んでるんじゃないんだろうな?」
「まさか。だって、YURIは…。先輩だってわかってるじゃないですか。」
「そうだよな。じゃ、おまえの相手は誰だ?まさかのヤン・ミヒとか?」
「うわっ!それ笑えない冗談ですよ。実は、オレ最近ヤン・ミヒ側からドラマの相手役のオファー来たんですから。まったく、どれだけ人のことバカにしてたことか。それが掌返したように依頼してくるなんて、完全にオレの人気に便乗ってことでしょ?イヤですよ、ホントに。」
「おまえもか?オレの所にもCM共演のオファー来てたみたいだぞ。まったく、どれだけ貪欲なんだ?呆れるしかないな。」
「お二人さんのところも?実は、オレの所にも日本でドラマを一緒に撮らないか、ってさ。ここまでくると神出鬼没、妖怪レベルだな。」
「怖い、怖い。」
男3人、映画の撮影中もくだけたこんな会話が楽しかったな、とまた振り返っていると。
「で、テオクの相手は誰だ?業界関係じゃないのか?」
「もう、先輩もしつこいですね。違いますよ。…オレの片想いです。もう、振られてますから。」
「まさか、飛ぶ鳥落とす勢いのMaHtyのT-OKが、一般人の女の子に振られたのか?」
「そうですけど、悪いですか?」
「いや、会ってみたいね、その彼女。どれだけハイレベルなんだ?」
「めちゃくちゃキレイで純粋な子です。オレなんかじゃとても幸せにできないような…。」
「おまえなぁ…。そんなに自分に自信なくてどうするよ?もっと男としての自信持て。テオクはオレが知ってる中でも5本の指に入るいい男だぞ。」
「ありがとうございます。でも、彼女はダメです。もっと普通に彼女を大事にしてくれる相手と幸せになってくれれば…。」
「テオク、じゃ、おまえは普通の男じゃないのか?ただ単に芝居や歌を仕事にしてるから、ちょっと人の注目集めるだけだろ?それのどこが普通じゃない?」
「そうだよ、テオク。今の考えでいたら絶対後悔する。いや、ホントはもう後悔してるんだろ?だから、そんな元気のない顔してるんじゃないのか?」
「オレ、そんな顔してますか?」
「ああ、結構負のオーラ出てるし。もし、彼女が見たら自分のせいじゃないかって心配するレベルだと思うぞ。」
「彼女が心配…。」
急に黙り込んだオレを、先輩も優治さんも静かに見守ってくれていた。ここまで来ても、オレには入隊という文字が目の前にぶら下がっていて、その文字を無視してまで動いていいものかどうか迷いは消えない。けど、せめて確かめてみようか。百合が今幸せなのかどうか。それぐらいなら、それだけに止めておけば、こちらから動くことも許されるかもしれない。だんだんオレの考えは、そちらに向かって動き出した。
先輩達と話して、迷いながらも動く方向に進もうかと考え出したところで、今日は某ブランドの時計のCM撮影だ。これも、あの映画公開後に来たオファーで、韓国内のこのブランドのアンバサダーとして、1年間、四季それぞれに合わせたCMと、店頭ポスター、販促イベントへの出演契約を交わした。先日、その発表会に出席した後の実質初仕事だ。
けど、どうしてその撮影場所がここなんだろう…。德寿宮、百合と最初で最後のデートをした思い出の場所。昨日のDVD発売イベントといい、今日のCM撮影といい、まるで百合のことをどれだけオレが想っているかを試されているかのようだ。
それでも、仕事だからコンセプトに沿って監督の指示に従うだけ。最初は、引きで宮内の何か所かを一人ゆっくり歩くシーンから。3月もあと残り数日という德寿宮では、桜の花も3分咲きで、百合と歩いたあの日とは少し違う風景のはずなのに、目を閉じるとまざまざと浮かぶその光景に惑わされてしまう。百合と恋人つなぎで歩いたこの道。この辺りの芝生に座って、テイクアウトしたハンバーガーを食べたな、とか。この噴水の前で、2人で変わろうって約束したな、とか。どこを歩いても、百合との思い出につながる。極めつけは、あの2ショットを撮った枝が今年も同じように下がっていて、そこだけいっぱいの桜が開いていたのを見た時だった。思わずその枝に手を伸ばし、オレはじっとその花たちを見つめるしかできなかった。その花をバックに微笑んでいた百合の姿が勝手に浮かんで…。
「会いたい…。」
思わず、オレはそうつぶやいていた。
「カット!」
その声に一瞬ビックリした。もっと先まで歩いて行くはずだったからだ。オレは監督に不思議そうな顔を向けた。すると監督から声が掛かった。
「テオク、今のセリフのカット最高だった。今日はこれでアップだ。あれ以上の画はもう撮れないよ。できあがりが楽しみだ。お疲れさま!」
「ありがとうございました。お疲れさまでした。」
オレは監督始めスタッフみんなに挨拶して回った。付いてくれてたサブマネージャーから、早く終わったのでこの後どうするか尋ねられた。明日は午前中事務所で打合せの後、横浜でのイベントのため日本へ向かう。その準備のため早く帰宅するかどうかを確認したいようだ。
「先に帰っていいよ。オレ、もう少し散歩していこうかと思って。」
「そうですか?では、明日9時に事務所で。遅刻はなしでお願いします。」
「了解。って言うかおまえが遅刻すんなよ。」
「ヤバっ、やぶへびだ!お疲れさまでした~!」
元気に駆けていくサブマネージャーを見送って、オレはまた歩き出した。こう立て続けに百合にまつわる場所へ連れてきているのは、運命の神様なんだろうか?このままでいいのか試されている?…だったら、日本へ行ったら百合に連絡しよう。そうすればきっと迷いの答えが出るはず。これ以上悩んでも仕方ない。どんな運命でも受け入れよう。どんな結果になっても、後悔しない。
「オレは百合が好きなんだ。」
今さらだけれど、今のオレにはそれだけだった。
次話は、横浜に舞台を移します。決意の末、日本へ降り立ったテオクでしたが…。
よろしかったら、またお付き合いください。