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いつまでも君と見続ける夢  作者: オクノ フミ
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13.思いがけない出来事~落胆と喜びと(百合サイド)

 テオクと電話で話した日の翌日の午後、テオクのお祖父様から直接お電話で、スケジュールが調整できたので、約3週間後の5月16日に来日したいとご連絡をいただいた。もちろん、差し支えない旨お返事した。


 テオクにちゃんとケアすると約束したから、このお祖父様の来日のお世話が終わるまで、積極的な就職活動は保留にしている。もちろん、ネットでの情報収集は続けていて、ソウルの情報も含めてチェックはしているけれど、なかなかこれ、という情報が無いのが現状。業界や職種を特定した転職が難しい状況を実感している。


 一方、祖父が候補を絞っているお見合いの方も、実は思ったより難航しているらしい。辞めたホテルの御曹司と婚約寸前まで行ったことは、調べればすぐにわかることなので、実際は先方の身勝手な理由であっても、あれこれ詮索が入り、こちらに何か問題があったせいではないのか?と勘ぐられてしまうため、こちらが希望するような相手とは、すんなり話が進まないようだ。おかげで私はお見合い準備に煩わされることなく、自分の生活を送っていられる。



 あれから、テオクとは連絡を取っていない。きっとテオクはレコーディングのためいつも以上にハードなスケジュールで動いているのだろう。それがわかるから、単に声が聞きたいだけだなんてわがままは言えない。別れた恋人にそんな権利はないし…。その分、買い集めたCDやDVDで、T-OKの歌やパフォーマンスを楽しむことで過ごしている。特にコンサートでのT-OKの歌声は、リアルよりもっと力強くて、見ている人に勇気やパワーを届けたいと願う気持ちが伝わってくる。元々彼はそういう性格なんだな、と今さら理解できた。


 彼と出会えたことは私にとって、とても大きなことだった。それこそ人生が変わるくらいに。前向きで、困った人を助けずにいられない優しさを持った素敵な人なのに、自分のことをろくでもない男だなんて言うちょっと屈折したところもあって。複雑な生い立ちが影を落としているんだろう。私との出会いは、そんな彼にとって少しは意味があったのかな?そうだといいな、と思いながら午後を過ごした。




 その夜8時過ぎ、会食から帰宅したという祖父の部屋に呼ばれ、お見合い相手と日程を言い渡された。


 「東邦産業グループの社長のご子息だ。先方のご都合に合わせて5月15日の日曜日にお目に掛かることになったから。しっかり準備しておくように。」


 有無を言わさぬいつもの冷たい口調に慣れてはいるものの、難航しているらしいと聞いていたのに、相手と日程が決まったことに落胆する。それでも、テオクのお祖父様の来日前日に片が付くのであれば、それはそれでいいのかもしれない。日程が重ならなかったことを素直に喜ぼう、と思った。



 お見合いは、型どおりのものだった。こちらは祖父と私、先方もこちらと合わせたのだろう、社長とご子息の2人だけだった。4人での会食中は、もっぱら祖父と社長の会話ばかりで、しかも中身の無いうわべだけのお世辞や、さり気ない自社の自慢と、いかに息子・孫が優秀であるかの作り話に終始した。どちらが上の立場なのか、相手に知らしめようとしているのが滑稽でもあった。


 これも型どおり、後はお二人で、と振られて、相手のご子息とホテルの庭に出てみたものの、お互いに相手にはほぼ興味が無いのがありありで、それこそ共通の話題など見つけられる訳もなく、ただお天気の話と先程に引き続く会社の話を繰り返すだけ。唯一実のある会話は、結婚後の住まいの話だけだった。


 「結婚後は、もちろんウチの邸宅に住んでもらいます。父母と同居した方が我が家の流儀に慣れていただきやすいでしょうし、長く勤めていてくれる使用人が面倒を見てくれますので。」


 こう言われてうれしい女などいるのだろうか?要は、同居する義父母に長くいる使用人達から、常に監視されているということなのだから。奥田の家を出てこの人と結婚しても、新しい鳥籠が用意されているだけ。いくら財産があっても、そこに心や自由は無い。幸せになれるとも思えない。それでも、この財閥の世界に育った以上は、その世界から出るのは容易ではないことも、また身にしみている。母という人質を取られている以上、祖父の思うとおりの結婚を選択しなければならない運命を、少しだけ呪った。




 そんな翌日。羽田空港 10:10着の便でテオクのお祖父様が来日された。事前に画像を送っていただいていたし、迎えに行った到着ロビーに入っていらした瞬間にすぐにその人だとわかった。体格こそ違うけれど、そのまとう優しい雰囲気や顔立ちがテオクによく似ていたから。お祖父様もすぐに私に気づいて下さって、スムーズにお迎えすることができた。


 お元気そうに見えてもやはりご高齢なのと、さすが韓国の大企業グループの会長の来日だけあって、仕事上のお付き合いの深い日本の会社が専用の運転手付きの車を手配してくれていて、横浜への往復はそちらを使わせていただくことになった。


 お寺へは車で約40分ほど。そんなに長い時間では無いけれど、初めてお目に掛かる方と隣り合わせに乗る時間としては、決して短くはない。それに、自分にとっても親戚とは言え、テオクのお祖父様なのだからなおさら緊張もする。


 「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。別に取って食おうとしてる訳じゃ無いから。」


 そう言ってにこやかに微笑む様子は、やはりテオクによく似ている。


 「百合さんとおっしゃったね。」

 「はい、あの親戚ですし、さん付けで無くどうぞ百合とお呼び下さい。」

 「うん、そうだね。そうしよう。その方が親しみが沸くからね。私のことも本当の祖父だと思っておくれ。百合、今日は時間を空けてくれてありがとう。百合がテオクと知り合ってくれたおかげで、私はこうしてユナのお墓参りができることになった。人の縁は不思議なものだね。」

 「はい。本当にそう思います。」

 「テオクにも少し聞いたけれど、百合から見たユナがどんなだったか、教えてくれるかい?」

 「はい。」


 問われるまま、私は、私が覚えている祖母の姿を、できるだけ詳しく、些細なことでも思いつく限り、エピソードも交えながらお話しした。お祖父様は、その一つ一つに聞き入り、頷いたり、笑ったり、時にはうっすら涙を浮かべながら聞いて下さった。


 「ユナは、本当に幸せだったのだね。あの時、私にもう少し余裕があれば…。そして、あんな時代じゃなかったら、ユナの恋を祝福し、応援してやることもできたのに、と少し落ち着いた頃に後悔したんだ。ずいぶんと手を尽くして行方を捜したのだけれど、今君と日本に渡った以降は、足取りがつかめなくてね。戦後の混乱の時代だったから、みんな貧しくて生きるのに精一杯で、人のことなんかに構っていられなかったんだろう。それに、韓国人だとわかると、差し障りもあったんだろうしね。」


 そう言って遠くを見るお祖父様。その時代、きっとご自身も大変な苦労をされたのだろう。一代で大きな企業グループを興されたのだから、それは並大抵のことでは無かったはず。


 「大変な時代を乗り越えて、立派に成功していらっしゃるお祖父様を、祖母もきっと天国で喜んでいると思います。本当によく話してくれたんですよ、お祖父様のこと。大好きなお兄ちゃん、優しいお兄ちゃんって。」

 「そうかね。そうだといいが…。」

 「はい、きっとそうです。」


 そんな話をしたところで、ちょうどお寺についた。韓国のお寺とは違う様相に、改めて国の違いを感じられたようだ。


 「こんなに近くても、同じ仏教でも、国が違えば違うものなのだね。お墓も韓国では土葬で盛り土のものだけれど、日本では石造りなんだね。」


 整えられた通路を奥へ進み、祖母が眠るお墓にたどり着いた。「今家」と記された墓石の隣に墓誌があり、祖父と並んで祖母の戒名が記されている。


 「ここに記されているのが、祖母の戒名です。愛に満ちていて信頼できる優しい人だったので、その文字が使われてるそうです。ちなみに祖父は、大らかで朗らかな穏やかな人だったそうで、その文字が入っています。」

 「そうなんだね。これも韓国にはない習慣だね。」


 簡単に作法をお教えして、お水で清めてから、用意してきたお花とお供物を供え、ロウソクを灯してお線香をあげて手を合わせる。


 おばあちゃん、よかったね。大好きなお兄ちゃんがいらして下さって。ちゃんと、私、お目に掛かることができたよ。おばあちゃんが遺してくれたヒスイのおかげ。ありがとう…。


 心の中で、そう報告した。お祖父様も手を合わせ、何か熱心にお伝えしていたようで、しばらくお参りが続いた。その間、ゆらゆらと立ち上るお線香の煙が、ゆっくりと空を目指して上っていく。おばあちゃんの元に届いてくれるといいな、と思った。



 帰りの車に乗り込んでしばらくは、お祖父様は思うところがあったのだろう。静かに何か考えていらっしゃるようだったので、あえてお声を掛けず、車窓を流れていく景色を見るとも無く眺めていた。


 「せっかくですので、お急ぎで無ければ少し海の方へ回っていきましょうか?」


 熱心に外を見ている風だった私を気遣って、運転手さんがそう言って下さった。


 「いえ、お気遣い無く。」

 「いや、そうしてもらおう。お願いしますね。」

 「はい。承知しました。」



 お祖父様は、今度は車窓からの景色に目を細めた。今日は本当に穏やかで心地いいよく晴れた初夏の日で、海の煌めきの美しい日だった。


 「この美しい海で、日本と韓国はつながっているよね。陸は途切れているけれど、海の道は途切れることは無い。私と百合の縁も、ユナが亡くなってしまうことでいったん途切れたかのように見えたものが、テオクを通じてちゃんとつながっていた。それが確かめられて、本当によかった。神様に感謝するよ。生きている内にこうして百合と会えて本当によかった。今度は、百合がソウルにおいで。できるだけ長くね。いろいろ案内したいところがあるんだ。そして、私も今度はゆっくり日本に来たい。その時は、百合、また付き合ってくれるかい?」

 「はい。お祖父様のいらっしゃる時には、いつでもお供いたします。ソウルにもぜひまた行きたいです。」

 「待っているよ。私だけじゃなく、テオクもね。」


 そう言ってクスッと笑うお祖父様。


 「昨日、今日から私が日本へ行くからと挨拶に来てくれたんだが、百合に会えることを本当にうらやましがっていたよ。よろしく伝えてくれと言っていたから、確かに伝えたからね。そのことを、ちゃんとテオクに伝えておいておくれ。きっと、テオクが連絡が来るのを待っていると思うから。」

 「わかりました。必ず連絡します。」

 「よろしく頼むね。」


 そこで、私はあることを思い出して、お祖父様に尋ねた。


 「あの、お祖父様と祖母は兄妹なんですよね?だったら、私とテオクさんは、はとこになると思うのですが、テオクさんがややこしい関係だから、また今度説明するっておっしゃったんです。お祖父様に笑われたって。何か違うんでしょうか?」

 「なんだ、テオクは説明していないのかい?でも、それは、テオクから直接聞くといい。私に笑われた理由も合わせてね。ふふふ。」


 何だか楽しそうに笑うお祖父様。その様子は、悪戯好きな子供みたいで、こんなところもテオクに似て、いや、テオクがお祖父様によく似ているんだ、と思った。隔世遺伝っておもしろいな、と思った。



 お祖父様と楽しく過ごした時間も終わり、都内に戻ってきた。ホテルまでお供するつもりだったのだけれど、逆に帰りの足を心配されるお祖父様が家まで送る、とおっしゃるので、素直にお言葉に甘えることにした。今夜はこの車を提供して下さった会社の社長さんとのご会食、明日以降も関係各社との打合せや会食のスケジュールがびっしりだとおっしゃっていたし、お帰りの便も予定が不確定な部分があるので、終わり次第の帰国となるそうで、今回はここでお別れとなる。


 「今日はありがとうございました。祖母もきっと喜んでいると思います。」

 「こちらこそありがとう。次は、ソウルで。待っているからね。」

 「はい。必ず参ります。」


 別れを惜しんで下さるお祖父様と最後に握手を交わして、車が見えなくなるまでお見送りした。本当に次はソウルでお目に掛かりたいなと思った。



 家に入ると、また家政婦の峰さんが祖父が呼んでいると伝えてくれた。その足で部屋に向かうといきなり祖父に尋ねられた。


 「今のは誰だ?何だか仰々しい送りだったようだが。」


 まさか、ここから様子を見ていたのか、と驚いた。


 「ホテルで働いていた時の、有里の関係であったパーティーの関係者の方なんです。その時のお礼と横浜の案内をお願いしたいとのことでご一緒させていただきました。」

 「なんだ、芸能関係者か。だったら、用は無い。下がっていいぞ。」

 「はい。失礼します。」


 ドアを閉めて、また気持ちが重くなる。祖父は、送ってきた車を見て、財界関係者だと思ったのだろう。面倒な関わりを持ちたくなかったので、有里の名前を出したのは正解だった。どんなことでも商売につなげようとする貪欲さが何故か哀しく思えた。同じ財界人でありながら、大らかで優しいテオクのお祖父様とのあまりの違いに改めて落胆する。そして、初めてお会いしたテオクのお祖父様とは、和やかで楽しい時間を過ごせたのに、どうしてより強く血が繋がっているはずの本当の祖父とは、こんなに冷たい関係なのだろうと思った。


 その夜、今日お祖父様に無事お目にかかれて、お墓参りも済ませることができたのを、短くテオクに報告した。どうも深夜までお仕事だったようで、簡単な御礼に「眠くて死ぬ。」という一言が添えられて、翌朝遅くに返信があった。「テオク、がんばって。」と一言だけ返しておいた。




 その後、お見合い相手とは週に1度程度会うのが義務になり、今日が5回目だ。お互いに相手に全く関心が持てず、でも、ビジネスだから仕方ないと思っているので、楽しくもなければ、せっかくの食事もおいしく感じない。特に今日のフレンチはことのほか重くて、何だか胸がムカムカする。これ以上食事を続けると本当に粗相をしでかしそうだったので、体調が悪いと伝えて失礼することにした。確かに顔色も悪かったのだろう。先方もお大事に、と特に残念そうな素振りも見せず、軽く送り出してくれた。


 帰宅して常備している胃腸薬を飲み、横になったら楽になったので、その夜はそのまま休んだ。その後も特に不調は無かったので、特段気にしてもいなかったのだが、また、翌週お見合い相手と和食を食べに行ったところ、同じように気持ちが悪くなった。それでも、2度続けて中座するのはあまりに失礼なので、何とか堪えて会食を終わらせたのだが、相手と別れたところで限界が来て、ビルの化粧室で吐いてしまった。よくよくお見合い相手との会食がイヤなのかと自分でも呆れたが、その日以降、家での食事中にも気持ちが悪くなることが重なった。祖父とは別なので、気づかれることはなかったが、家政婦の峰さんがあまりに心配するので、念のため病院に行くことにした。


 そこで、ふと思い出したことがあった。元々体質的に不順ではあったが、ホテルを退職して以降生理が無い。最後にあったのは、たぶん、有里とテオクの映画のパーティーの直前。もしかしたら…。自分で確かめるキットは不正確だと聞いたことがあるので、使いたくなかった。かかりつけの病院に行くのも憚られる。どうしよう…と思った時に頼れるのはやっぱり親友の有里しかいなくて。私は、有里に頼んでしかるべき病院を調べて予約してもらい、密かにそこを尋ねた。


 「おめでとうございます。妊娠していますよ。最後の月経からして、3か月に入っていますね。まだ、不安定な時期ですので、くれぐれも無理なさらないように。母子手帳の発行のための証明書をお出ししますね。次は特に変わりなければ4週間後にいらして下さい。」


 はっきりした口調の女医さんがそう告げてくれた。自分の状況から、自覚は無いけれどそうかもしれないとは思った。今、実際にその事実を告げられて、私は戸惑いより先に喜びが沸いてきて、顔が綻ぶのを止められない。私の赤ちゃん。テオクの子供がお腹の中にいる。こんな幸せがあっていいのだろうか?産むことには、何の迷いもなかった。けれど、どうしたら、祖父の鳥籠から脱出できるだろう?できなければ、大事なテオクの子供を奪われてしまう。それだけは、死んでもイヤだ。


そして、テオクにはいつどんなタイミングで伝えればいいのだろう。いや、そもそも伝えてもいいのだろうか?未来のない恋だと最初から言われていた。演技ドルとしての立場もある。そして、来年には兵役がある。


幸せな妊娠には間違いないけれど、実際は問題だらけで、ちょっぴり不安になる私だった。



 次話は、引き続き百合サイドのお話です。テオクの祖父、そしてYURIが関わってきます。

 よろしかったら、またお付き合いください。

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