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いつまでも君と見続ける夢  作者: オクノ フミ
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12.ソウル-東京・LINEでトーク

 祖父の家から德寿宮前を通っての帰り道。やはり想いが残るオレは、自分が今住む部屋ではなく、母と暮らした、そして彼女と過ごしたあの家へ戻ってしまった。毎週2回、業者がクリーニングに入るから、もうあの日の痕跡は何もないはずなのに、家に入った途端に彼女のほのかな香水の香りがしたようで、ドキッとした。


 「まったくどれだけ百合に夢中なんだか。こんなんじゃ、オレきっともう二度と恋なんかできやしないよな…。」


 そう愚痴ってはみるものの、実は、そんな自分がうれしかったりもしてるんだ。それだけ、彼女に本気で恋してた…いや、今でも恋してるってことだから。少なくとも、いい加減にしか女の子と付き合えない、恋愛感情欠如のヒドイ男ではなく、まともな男になれたんだから。


 この家に来ると、どうしたって子供の頃のマイナスの感情に引きずられて気分が暗くなるのが常だったのに、たった一晩彼女がここにいただけで、その暗さが和らぐのだから、ホントに重傷なんだな。母の刺繍だって、何も思ったことがなかったのに、今、こうしてみると、体は弱かったけど、優しかった母のことを改めて思い出したりもするんだ。


 今ままでのオレは、正義感が強くてお節介で人が弱っている時には助けたいと思う、女の子の扱い以外ではそう悪くはない人間だったと思う。けど、今の自分は、今まで以上にもっと人の気持ちに寄り添い、優しくなれたような気がするんだ。百合を本気で好きになることで、確かにオレは変われた。


 「ねえ百合。百合は変われたかい?」


 そう声に出してみても、彼女の返事はないけれど。



 どうせだから、今日はとことん百合に浸ってやる、と決めて、オレは母が聴いていたレコードを引っ張り出した。百合と話している内に、百合のお祖母様とオレのお祖父様が好きでよく聴いていた曲が同じだったと知ったんだ。それは、母もよく聴いていた曲だったから、ここにもレコードがある。♪Moonlight Serenadeだ。お祖父様や百合のお祖母様はビッグバンドの方を聴いていたんだけど、母が聴いていたのは歌詞のある男性ボーカルの方だ。ゆったりしたメロディーに乗せて、月のキレイな夜、彼女の家の前で、出ておいでよ、一緒にこの夜を過ごそうよ、と歌う甘いラブソングだ。母はどんな想いでこの曲を聴いていたんだろう。お祖父様と百合のお祖母様は、一緒に聴いていたのかな?なんて、思いを馳せてみる。


 今夜のソウルも月がキレイだよ、百合。百合に届くなら、オレだっていくらでもこの歌を歌ってあげるのに…。そう思いながら、夜になるのを待った。




 それは、本当に突然で、あまりにテオクのことを考えすぎて見えない物まで見えてしまっているのかと思ったぐらい予想外だった。LINEに見慣れないお友達名のトーク通知が届いたのは夜10時を過ぎた頃。自室で転職情報サイトをチェックしている時だった。「HI-TAEOK」…って、教えてもらったテオクのプライベート用のアカウントだ!わかったら知らせると言っていた、あのヒスイの件で連絡をくれたんだ。流しているダウンロードしたばかりのMaHTY3枚目のアルバムをかけたまま、少し緊張しながらトーク画面を開く。韓国語だったりしないよね?と思ったけど、ちゃんと英語だった。


 『百合、元気?あのヒスイのこと、やっと祖父に会えてわかったよ。オレもすごく驚いたけど、あれは祖父が「3人目の妹」のユナさんにあげた物だったんだ。百合のお祖母様の名前、ユナだったよね?年とかも一致してるし、あのヒスイは1点物で、祖父は自分で作らせた物だから間違いないって。ビックリだろ?』


 何と返信していいのかわからないぐらい驚いた。まさかの展開、世の中って狭い。祖母がソウル生まれの韓国人で、テオクのお祖父様と兄妹だったなんて…。


 『百合、ビックリしすぎて声も出ないだろ?まあ、当然だよな。…でも、お祖父様すごく喜んでた。ずっと会いたいと思ってた妹は亡くなってて落胆してたけど、でも、孫には会えるんだ、って。元気な内に日本へ行って、お墓参りしたいって言ってるんだ。会ってやって。で、一緒にお墓参りに行ってもらえないかな?』


 本当に急展開で、まだしっかり頭が付いていかない。テオクのお祖父様とお祖母様は兄妹で、それじゃテオクと私は親戚、はとこなの?血が繋がってて、だからこんなに無条件に信頼できるの?すごく近くは無いけど、そう遠くも無い親戚?ホント?


 お祖父様が私に会ってみたいっておっしゃってるなら、是非お目にかかりたい。おばあちゃんもきっと喜んでくれるはず。そうか…。あのヒスイは親戚の証なんだ。高く売れるとかじゃなく、将来私が困った時に頼れる親戚が他にもいるから、って伝えるためだったんだ。そうなんでしょ、おばあちゃん…って、ああ、ここで1人で浸ってちゃいけない。テオクが返事を待ってる。


『ゴメンナサイ!本当に本当にビックリしました。テオクのお祖父様と私の祖母が兄妹だったなんて、信じられないけれど、ホントの話なんですよね?私には、奥田の家以外にも親戚が居たことがわかってうれしいです。もちろん、お祖父様の来日・お墓参りケアさせていただきます。今のところ無職なので、時間の調整が難しいことはありません。お祖父様のご都合が付いたらいつでも大丈夫だと思います。ただ、東京は6月初旬くらいには梅雨の時期に入ってしまいます。できればその前にいらっしゃれたらいいと思うのですが。』

『そうしてもらえるとオレもうれしい。祖父と連絡取って日程調整する。早く行きたい風だったから、案外今月中か来月初めになると思う。あ、日程決まったら、祖父か祖父の個人秘書から直接連絡させてもいいかな?その方が話が早いから。それと、そっか、現在求職中なんだね。うまくいくように祈ってるよ。』

『ありがとう。就職活動がんばります。それと、連絡直接で大丈夫です。どうせ当日のこともあるから、連絡先はお伝えしておかなきゃいけませんから。』

『了解!あ、それと、親戚の話だけど、ちょっとややこしいんだ。オレ、祖父に笑われたんだから。ま、それは、また説明する。』

『そうなの?わかりました。』


ここで、テクからの返信にちょっと間が空いた。


『何してた?オレは♪Moonlight Serenade 聴いてた。しかもレコード!』

『ネットで求職活動です。今♪Spring has come By MaHTY (from 3rd AL)流れてます。』

『ホント?聴いてくれてるの?』

『はい。元気もらってます。』

『うれしいよ。明日のレコーディングもがんばる!』

『期待してます。』

『ありがとう。』



 百合がオレ達の曲聴いてくれてるんだと思うと、ホント単純だけどめちゃめちゃうれしくて、明日からのレコーディングが今から楽しみで仕方なくなった。いっぱいいっぱいお礼が言いたいけど、そうすると余計なことまで書いて消す羽目になるからな。一言だけにしておこう。


『じゃあ、ノドのために早く寝なくちゃいけなくないです?』

『百合もお肌のために睡眠は必要だろ?せっかくのキレイな肌なんだから。オレは、それを知ってる!』


 ここで百合からの返信に間が空いた。オレのジョークにまた怒ってるのかと思ったら、返ってきたトークにオレの胸は甘くうずいて止められない。


 『今夜は、まだ寝たくありません…。』


 通話に切り替えて、百合と話したくて。言いたい言葉があり過ぎて、苦しくなってくる。百合がどんな気持ちでこれを書いたのか。きっと百合も言いたいことがたくさんあるんだろう。就職が決まらなくて苦しんでるんだろうか。オレと話せば、元気になってくれる?


 そうだ、どうせ今日は百合に浸ってやるって決めたじゃないか。結果オレ自身のためにもなってしまうけど、とにかく今は百合のために動こう。オレは、LINEを通話に切り替えた。




 思わず本音を書いてしまって、あっと思った時には送信してしまってた。きっとテオクを困らせる、それがわかってるのに…。と、LINEが通話を知らせてる。テオクから!


 「百合、話そう。話したいことがあるんだろう?」


 ああ、テオクの声だ…。曲の時とはまた、違う声。柔らかくて響きの優しいテオクの声を聞くだけで、気持ちが癒やされる。


 「大丈夫ですか?明日に響きません?」

 「大丈夫。オレの歌録り、明日は朝イチからじゃないから。それに百合の声を聞けてうれしいよ。」

 「私も、ホントにうれしいです。」


 話したいことはたくさんあるのに、いざこういう時になるとうまく言葉が出てこない。


 「不思議だね。何だかうまく言葉が出てこないや。とりあえず百合の話聞くよ。就職大変?」

 「はい。時期が悪くて…。日本だとこの時期新卒者採用シーズンなんです。それが終わらないとわからないって言われて。」

 「そっか…。まあ、好きな仕事、やりたい仕事に就くためには、焦っちゃダメってことかな。でもさ、百合。就職先、日本じゃなきゃダメかな?英語も韓国語も日本語ももちろん話せるだろ?いっそのこと、こっちに来たら?お祖父様ならきっと力になってくれるよ。」

 「ソウルに…ですか?」

 「そう。」


 自分では思ってもみなかった。でも、ソウルなら近いし、飛行機の便もたくさんあって、国内の辺鄙なところにいるよりはずっと簡単に東京に戻ってこられる。それに、たとえ監視付きになったとしても、この家から出ることができる。まあ、祖父はきっと反対するだろうけど。行けるかな?本当に行けたら…。


 「自分では、全然思いつきませんでした。でも、確かにありかもしれません。祖父は反対するでしょうけど、検討してみます。」

 「そう?オレの考えが役に立ったならよかった。」

 「やっぱり、いろんな国で活動されてるから視野が広いですよね。」

 「そうでもないけど。百合にとっていい仕事、好きな仕事をすることが1番大事なんだろうから、と思ってさ。」

 「はい。2年しかできなかったけど、ホテルのお仕事好きだったんです。続けたいです。」

 「うん。できるといいね。」

 「はい。」


 ホントは、「ソウルならきっと会えるね。」って言いたいけど、言っちゃいけない。放した手を無理に引っ張るようなことはしちゃいけないから。これ以上贅沢したら、ホントにハマって抜け出せなくなる。話題を変えなきゃ。


 「ところでお祖母様のお墓ってどこにあるの?」

 「横浜です。街の中心からそう遠くないお寺なんですけど、私も、しばらく行けて無くて…。」

 「じゃあ、ちょうどよかったね。お祖父様と行ってきてよ。」

 「はい。」

 「明日、お祖父様に連絡するから。さすがに夜は早いから、今夜の内の連絡は無理だからさ。」

 「そうですね。わかりました。」



 話がここでちょっと途切れて、テオクのBGM♪Moonlight Serenadeが聞こえてくる。窓から空を見ると、ちょうどキレイな月が見えた。


 「ソウルは晴れていますか?東京は晴れて、とてもキレイな月が見えてます。今日は空気がキレイなんですね、きっと。」

 「ソウルも晴れて、月がキレイだよ。~♪I stand at your gate and the song that I sing is of moonlight~~」


 テオクが電話口で、♪Moonlight Serenadeを歌ってくれる。低くて甘く優しいテオクの声にピッタリで、その歌声で私はあの夜を思い出してしまう。夢のように幸せだったテオクに愛された夜。テオクの歌声で、またこの体にあの時の幸せな感覚が蘇ってくる。この夜の思い出さえあれば…と思ったとおり、あの幸せな記憶はきっと、私をこれからも支えてくれるだろう。


 「テオクありがとう。すごく素敵な歌。あのMaHTYのT-OKに、私だけのために歌ってもらえるなんて贅沢過ぎますよね。私、テオクにいっぱい幸せをもらえてるんだな、って改めて思いました。テオクと出会えて、それだけで私、今も幸せです。本当にありがとう。」




 百合の声がはっきりわかるくらい明るくなった。オレが電話した甲斐があったな。よかった。


 「どういたしまして。オレの歌で喜んでもらえて、オレもうれしいよ。オレの方こそ百合に出会えて、いっぱい幸せをもらった。感謝してるよ。離れてても、あの思い出はきっと一生消えない。大切にしまっておくから。ありがとう、百合。」


 二人して、ほんの少しの間沈黙する。たぶん同じようにあの日のことを思い、胸を熱くしてるんだな、ってお互いにわかってる。言葉が無くても、心が通じ合えてるオレ達。電話する前よりずっと心が満たされてる。もう、きっと大丈夫。百合もまたちゃんと前を向いて歩いて行けるだろう。オレも、そう。



 「さ、そろそろ休まなきゃ。それこそ、お肌に悪いよ。ずっとキレイでいて欲しいから、おやすみ、百合。」

 「はい。おやすみなさい、テオク。」

 「うん。オレの夢を見てね。おやすみ。」




 電話を切った後も、耳に残るテオクの「おやすみ」の声。私はその夜本当に幸せなテオクの夢を見た。



 次話は、百合サイドのお話です。盛りだくさんな怒涛の展開となります。

 よろしかったら、またお付き合いください。

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